第103話:「約束……忘れないでくださいね?」
「さて……、そろそろ探索を再開するとしようか」
コップの水を一気に飲み干したダリアが立ち上がると、全員の顔付きが変わった。
誰が最初にキスするかで揉めていたアイラ達も、今は『探索者』の顔に戻っている。
「俺達は20階層に潜るけど、リン達はどうする? 10階層に入り直す?」
「そうですわね……。シーナお姉様の事も気がかりですので、今日はこのまま街に戻って、お姉様のお手伝いをしてきますわ」
リンの言葉に護衛メイド達がホッとした顔をしている。
自分達が仕えている家の『お嬢様』に任せる形になってしまっていたので、ずっと気になって仕方なかったのだろう。
「うむ、それではシーナの方はリン達に頼むとしよう。我々は20階層に突入だ。行くぞ」
「いってらっしゃいませ。くれぐれもご無理をなさいませんように……」
「大丈夫だよッ! アタシ達が付いてるんだから!」
そう言って俺の腕にしがみ付いてくるアイラに、一瞬リンが鋭い視線を向けるが、すぐに視線を俺に戻して顔を近付けてきた。
「約束……忘れないでくださいね?」
吸い込まれそうになるくらい澄んだ瞳に頭の中がクラクラしまう。
何とかコクコク頷くと、満足したのか街へと帰っていった。
「むぅ……。ほら! 行くよ!」
「痛ッ!?」
ぼ~っとリンの後姿を見送っていた俺の脇腹をアイラが抓ってくる。
そのまま走ってダリア達と合流すると、20階層への転移魔法陣の中に入り姿が見えなくなった。
「モタモタすんな! あたい達も行くぞ!」
早く探索したくてうずうずしてるのか、サーシャが足踏みしながら俺達の事を待っている。
「今行くよ。それにしても、20階層か……ちょっと緊張するな」
「ぼくは……楽しみ」
サーシャもドルチェも頼もしい事この上ない。
リーダーである俺が弱気になっているわけにもいかないので、バシッと自分の顔を叩いて気合を入れると、転移魔法陣の中に足を踏み入れた。
「か、硬ッ!」
俺の渾身の一撃が、『ジャイアントクラブ』……蟹のバケモノの身体に直撃するが、僅かに傷が付いただけであまりダメージを与えたようには見えない。
「ちゃんと関節を狙え! 武器の性能に頼るな!」
ダリアの叱責が飛んでくる。
俺の首を狙って突き出されたジャイアントクラブの鋏を盾で弾き、ダリアに言われた通り関節を狙おうと試みるが、思った以上に動きが早いのでなかなか上手く攻撃を当てる事ができずにいた。
「シュンにぃ……がんば」
「ほら! 早く倒さねぇと次のが来ちまうぞ!」
ドルチェとサーシャが声援を送ってくるが、難しいものは難しい。
彼女達と3人で戦った時は、魔法と両手槌による攻撃で割りとあっさり倒せたのだが、それでは俺の特訓にならないという事で、1人で戦う事になってしまった。
「シュンならできるよ! そこだ! いけーーーッ!」
アイラもすっかり観戦モードだ。
探知スキルで周囲を調べると、少し離れた場所に居る魔物がジワジワとこちらに近付いてきているので少し焦る。
「ふぅ~……」
一旦距離を取って目に前のジャイアントクラブに意識を集中させると、ドルチェの父親であるベルダさんとの決闘の時のように雑念がどんどん消えていく。
目の前のジャイアントクラブが右の鋏を振り下ろしてくるのをギリギリのところでかわし、剣を一閃させると、ボトリと地面に鋏が落ちた。
「よし。ドルチェ、サーシャ、止めを刺せ」
ダリアの合図で俺の頼もしいPTメンバーがジャイアントクラブに襲い掛かる。
容赦なく叩きつけられた両手槌によって甲羅が無残に砕かれたところにファイアボールが炸裂。
炎に包まれたジャイアントクラブにドルチェが更に止めの一撃を加えると、煙になって消えていった。
迷宮内に立ち込める蟹の香りに、食事をしたばかりにも関わらず涎が零れそうになる。
ドロップアイテムである『カニ』を手にしているドルチェの口元にも光るものが……。
マツタケにカニ。今夜の夕食は昨夜の王宮での料理よりも凄くなりそうな予感がする。
「最初はどうなるかと思ったが、なかなか良かったぞ」
「うんうん! アタシは信じてたよ! あ……ファイアランスッ!」
突然アイラが通路の奥に杖を向けたかと思うと、炎の槍がいつの間にか近付いてきていたジャイアントクラブの身体に突き刺さった。
「い、一撃かよ……!」
そのままピクリとも動かなくなって消えていくジャイアントクラブ。その威力にサーシャが唖然としている。
「ジャイアントクラブって水属性だよな……?」
「あはは、一応レベル4の魔法だからね!」
アイラは俺達……特にサーシャからの視線に恥ずかしそうに笑っていた。
「あと何匹か倒したらボス部屋に行くとしよう。ボスは更に硬いからな。覚悟しておけよ、シュン」
ダリアが嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「うわぁ……」
ボス部屋に突入した俺は、姿を現した21階層のボスを一目見るなりUターンしたくなった。
大きさは先程まで戦っていたジャイアントクラブと同じなのだが、問題はその身体だ。
「……鉄?」
ドルチェの言う通り、どう見ても鉄でできた蟹としか思えない。
「『アイアンクラブ』か……鉄だね」
『鑑定』してみると予想通りの結果だった。
たとえ関節を攻撃したとしても、一撃ではとても斬り落とす事は不可能だろう。
「さっきみたいに『1人で戦え』って言われてないだけマシだけど、これは厄介だな……」
「あたいが『焼きガニ』にしてやるぜ!」
「ぼくとシュンにぃとで……足止め」
「了解! 俺が攻撃を防ぐから、ドルチェは脚を攻撃してくれ。……サーシャ、頼むぞ!」
動きはジャイアントクラブよりも若干速いが、攻撃手段はあまり変わらないようなので、足止めする事自体は問題ない。
隙を見てアイアンクラブの関節を狙ってみるが、やはり攻撃が弾かれてしまう。
「やっぱり硬いな……。サーシャ! 右の鋏の……関節を狙えるか!?」
「外れても文句言うなよな!? ……ファイアアローッ!」
文句なんてとんでもない。サーシャの攻撃が見事に狙い通りの場所に直撃した。
炎によって赤く焼けている関節目掛けて剣を振り下ろす。
「よし! 右の鋏は斬り落とした!」
「脚も……潰した」
「よっしゃ! ファイアボールッ!」
真っ赤になった甲羅へドルチェが両手槌を叩き込む。
焼いては叩く……まるで、鍛冶をしているようだ。
「……粉砕」
「アーンド、ファイアボール!」
砕かれた甲羅の中身を炎が焼き尽くす。
炎が消えると、そこには鉄でできた『ハサミ』が落ちていた。
蟹の鋏ではなく、裁縫で使うようなハサミだ。
「もう、俺はつっこまないぞ……」
アイテムがわざわざ小瓶に入った状態でドロップされるような世界だ。もうこれくらいでは驚かない。
ハサミをアイテムボックスにしまい22階層の小部屋に入ると、俺はドルチェに鉄の剣のメンテナンスをして貰う事にした。
ジャイアントクラブにアイアンクラブ……やたらと硬い魔物との連戦になってしまったので、剣が欠けたりしていないか心配だ。
「大丈夫だけど……そろそろ……新調」
「そっか、かなり長く使ってるからなぁ……」
「帰ったら武具屋に直行だな! 予備は銅の剣しかねぇんだろ?」
「あぁ、銅の剣1本だけ。……本当はドルチェが作った剣が良いんだけど、しょうがないか」
「素材があっても……鍛冶できない」
どこの工房もよその人間に工房を使わせる事はまずないので、もし仮に素材が手に入っても装備を作る事ができるようになるのはダーレンに戻ってからになる。
「でも、『鉄』は早く手に入れたいな」
「ん? 鉄なら次の階層で手に入るよ?」
背後からの声に振り向くと、ちょうどアイラ達が入ってきたところだった。
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