第101話:「口は災いの元だな」
「……幸せ」
スリスリとマツタケに頬ずりしているドルチェ。
それ自体は別に良いのだが、何故か意味ありげに流し目を送ってくるので反応に困る。
俺の身体の一部を凝視しながら頬ずりするのだけは止めて頂きたい……。
「あはは、今夜の夕食のメニューは決まりだね!」
「楽しみですわ」
アイラとリンも無事に11階層のボスを倒したので、それぞれ戦利品を手にしているのだが、俺は何だかドルチェと同じような目で手の中のモノを握り締めている2人の事が気になって仕方なかった。
12、13階層もダーレンの迷宮で戦った事がある魔物だったので一気に駆け抜ける。
このまま14階層をというところで、アイラの提案でしばし小休憩を取る事になった。
ボス戦で消費したMPを回復させる為にもこまめな休憩は必要だ。
俺とサーシャのレベルが1つ上昇。ドルチェもこの階層を突破する頃には上がるだろう。
残念ながらスキルポイントもボーナスポイントも少ししか貯まっていないので変更はなしだ。
「この階層の魔物は結構強いから注意してね!」
「一応シュンの特訓なのでギリギリまで手は出さないようにするが、危なくなったらすぐに我々も加勢するので安心してくれ」
いつの間にかアイラとダリアが真剣な表情になっている。
2人がここまで言うのだからかなり厄介な魔物なのだろう。
それでも、やはり前情報は貰えないらしい。これも特訓の一環なので文句は無い。
気合を入れ直して14階層の探索を開始した。
探知スキルがあるので魔物の位置は分かるのだが、2、3匹固まっているので気付かれないように慎重に進まないとすぐにピンチになりそうだ。
「この先に2……いや、3匹居る。魔物の攻撃は俺が引き受けるからドルチェは1匹ずつ確実に仕留めて。サーシャは可能ならファイアウォールで分断してくれ」
「……分かった」
「任せておけって。腕が鳴るぜ!」
奥へと進むと少し開けた場所に魔物を3匹発見した。
見覚えがある魔物なのだが、念には念を入れて『鑑定』をすると、やはり『ダークウルフ』だった。
「ダークウルフか……確かに厄介な魔物だ」
小声で背後のドルチェ達に囁くと、助っ人をする気満々で前のめりになっていたアイラがガクッとうな垂れてしまった。
「また……知ってる魔物……?」
そんなに俺が慌てふためく姿が見たかったのだろうか?
何だか気の毒になってしまったが、ダークウルフも十分強敵なので場合によってはアイラ達の助けが要るかもしれない。
いつも魔法陣で転移したらすぐに11階層に進んでしまうので、10階層のダークウルフと戦うのはかなり久しぶりだ。
「作戦に変更はなし。いくよ」
俺は3匹がある程度バラけた瞬間を見計らって飛び出し、一番近くに居たダークウルフに斬り掛かった。
流石に一撃で倒す事はできなかったが、もうすでに瀕死なのか反撃してくる気配が無い。
すぐにこちらに気付いた2匹が真っ赤な目をギラつかせて襲い掛かってくるが、そのうち1匹は突然目の前に現れた炎に驚いて飛びずさる。
もう1匹の噛みつき攻撃を盾で受け止めると、すぐ横では最初に俺が攻撃したダークウルフにドルチェが両手槌の一撃を叩き込んでいた。
「あと2匹!」
「いや、1匹だぜ!」
サーシャの声に、足止めされていたはずのダークウルフを見ると、炎に焼かれてのた打ち回っている。更に追い討ちのファイアボールが直撃。
「……粉砕。……こっちも……終わり」
「え?」
慌てて最後の1匹に目を向けると、そこには頭を粉砕されて横たわるダークウルフの死体が……。
俺はそのまま煙になって消えていく魔物達の姿を呆然としながら見つめていた。
「ダーレンで戦ったダークウルフよりも弱いような気がするのですが……?」
2匹のダークウルフを倒したリンが首を傾げている。
俺達があまりにもあっさり倒した事に刺激されたのか、リンが自分も戦ってみたいと言い出したので代わりに戦って貰ったのだが、さほど苦戦する事もなくダークウルフを倒していた。
「俺もそれは思ったよ。最初は俺達が強くなったからかもって思ったけど、明らかに弱いよね?」
最初のマジカルマッシュの時から何となく違和感を感じていたのだが、ここに来てその違和感の正体がハッキリした。
ダーレンの迷宮で相手をしているリザードマン等と比べると魔物の強さが違いすぎる。
「もしかして迷宮によって難易度とかあるのかな? ダーレンの迷宮って確か一番新しいんだっけ? 」
「そういった話は聞いた事は……いや、ちょっと待てよ?」
ダリアが俯いてブツブツと呟きながら何かを思い出そうとしている。
「カロの事?」
それまで一言も発しなかったヘルガの言葉にダリアがパンと手を叩く。
「あぁ、思い出した! 以前カロの迷宮に入った事がある探索者が『あの迷宮は何だか変だ』と言っていた」
「カロ……『最古の迷宮』ですわね。あの『英雄』ロメルス様でさえ攻略が叶わなかった……」
シェリルの故郷を壊滅させた迷宮だ。どうやらあの迷宮がこの世界では最も古い迷宮らしい。
そんな迷宮だったのなら領主にはもっと対策をしっかりしておいて欲しかったが、それだけ『ロメルス』という英雄に対する信頼が厚かったのだろう。
もしかしたら、バードンさんが言っていた「魔物が強くなっている」という話と何か関連があるのかもしれない。
「でも、そんなにココとダーレンの迷宮って違うの? オルトスの迷宮もこんな感じだったよね?」
確かにアイラの言う通り、俺もオルトスの迷宮ではそのような違和感は感じなかったが、その時の俺はまだ10階層にも到達していないド素人状態だったので、そこまで考える余裕が無かったのだと思う。
「ダーレンの迷宮は、12階層で殆どの探索者が足止めになってるよ」
「リザードマンがあんなに浅い階層に出てくるのは、確かに異常ですわね」
「えぇ!? リザードマンってここでは20階層に出てくる魔物だよ!? 中ボスはソルが倒したんだけど、かなり苦戦したって……」
リンから飛び出した『リザードマン』の名前にアイラが驚いている。
やはりあの魔物は他の迷宮でもかなりの脅威のようだ。
「12階層に出るのならそれだけレベルも低いだろうが、それでも危険である事に変わりは無いな」
「シュン達ってそんな迷宮で戦ってたんだ。それじゃ、こんな浅い階層じゃ『特訓』にならないよ!」
「それにはわたくしも同感ですわ。わたくし達はこのまま探索を進めますが、シュン様達は一度迷宮からお出になって20階層に入られた方が『特訓』になると思います」
2人共あくまでも俺に『特訓』をさせる気満々らしい。
俺もその方が効率が良いとは思うが、ここでひとつ問題がある事に気が付いた。
「俺としては問題ないけど、アイラ達はシーナが居ない状態なんだから拙いんじゃないかな?」
「シュンにぃ……」
先頭を歩く俺の服をドルチェが引っ張りながらヤレヤレといった感じで頭を振っている。
それに何故か怯えた表情を浮かべたサーシャが俺から距離を取っていた。
「フフ……フフフフ」
「あはは、シュンは面白い事を言うよね!」
突然背後に居たダリアとアイラが笑い出したので、ビックリして振り返ると、2人が能面のような顔で口だけ笑っていた。
ヘルガもいつものニコニコ笑顔ではなく、珍しく苦笑を浮かべている。
「まさか、シュンにそんな心配をされるとはな……」
「ここはあれだよ、シュンにアタシ達の実力を見て貰う良い機会なんじゃないかな?」
どうやら俺の不用意な一言が彼女達のプライドを傷つけてしまったようだ。
2人がガシッと俺の肩を掴んでくる。
「さっさとボスを倒して外に出るぞ」
「そうだよ、シュン。20階層からが本番だよ!」
背中にチクチク突き刺さるような視線を浴びながらボス部屋を目指して探索を進めていると、後ろからサーシャの呟きが聞こえてきた。
「口は災いの元だな」
この世界にも俺が以前居た世界と同じ格言がある事に驚いたが、サーシャ……お前にだけは言われたくなかった……。
「シュンにぃ……がんば」
やるせない気持ちで歩いている俺の尻を、ドルチェがポンポン叩いてくる。
慰めてくれているのは分かるのだが、その手付きが段々と撫でるような動きになっているように思えるのは気のせいだろうか?
「なんだかぼく……興奮してきた」
気のせいではなかった。
読んでくださりありがとうございました。




