第99話:「今夜はシュンと2人きり?」
「ふぅ……リメイアのお茶、懐かしいですわ」
リビングのソファに座っているリンが、後ろに控える護衛メイド達が淹れたお茶を美味しそうに飲んでいる。
だが、一息つくと少し恨めしそうな目を向けてきた。
「それにしても、一体どちらに行ってらしたのですか? とても寒かったですわ」
「あぁ、カーラ女王に呼ばれて王宮にちょっとね。それにしても驚いたよ。まさかダーレンで別れたばかりのリンがここに居るなんて……」
「うふふ。わたくしはただシーナお姉様に会いに来ただけですわ。偶々シュン様達と日時が重なっただけです。……偶然って面白いですね」
どこからどう見ても嘘だとバレバレなのだが、ニコニコと笑顔を崩さずにしれっとそんな事を言ってくるリンに俺の隣に座っているドルチェが溜息を吐いている。
その反対側に俺を挟む……と言うより、俺をガードするような形で座っているアイラは、リンの名前を聞いてからというもの、過剰なくらい俺にしがみ付いてリンの事を警戒していた。
ギュッと俺の腕に押し付けられているアイラの胸を見て微かにリンのこめかみがひくついている。
どうやらお互いをライバルだとハッキリ認識しているようだ。
「それはそうと、やけに俺達に追いつくのが早かったけど、もしかしてあの後すぐ?」
「はい。シュン様達を見送ってすぐにわたくし達も……。あ、もちろん事前にボルダス様には話を通してありますわ」
「そ、そうだったんだ。……ずっと周囲の警戒はしていたはずなのに気付かなかったよ」
ここまでの道中、何者かに跡をつけられていないか十分注意をしていたはずだったので、少し自信が揺らいでしまう。
「それは当然ですわ。わたくし達はオルトス経由で参りましたから」
そんな俺を見て、リンが悪戯が成功した子供のように無邪気に笑っている。
そこまでして俺を驚かせたかったのだろうか?
出会った当初は『清楚なお嬢様』だと思っていたが、今の俺のリンに対するイメージは『お転婆お嬢様』だ。
「でも、まさかシュン様達が昨夜はわたくしの実家にお泊りになっていたとは思いませんでしたわ。お父様に捉まらないようにとわざわざアスペルに泊まったのは失敗でした。……結局捉まってしまいましたし」
「お父様の情報網は、わたくしやリンが家を出てから更に強化されていますね」
シーナの苦笑交じりの言葉にリンもこめかみを押さえて頷いている。
「そのお陰で、こうしてシーナお姉様にお会いできたのですが、代わりにシュン様との関係をあそこまで執拗に聞かれたのは予想外でしたわ。幸い、二日酔いが酷かったらしく何とか誤魔化す事ができましたが……」
「困ったお父様ね」
「お父様のお話では『性格や人柄は何となく分かったが、素性がさっぱり分からん』という事らしいですわ」
そう言ってリンが意味ありげに俺の事を見てくる。
異世界から来た事はリンには話していないのだが、薄々おかしいと感じているのかもしれない。
どうやって話題を逸らそうか悩んでいると、玄関のドアがノックされた。
「サーシャが戻ってきたようだな」
ダリアがリビングから出て行くと、すぐにサーシャを伴って戻ってきた。
「ふぃ~、ただいま! って、リンじゃねぇか!」
「お帰りなさいませ、サーシャ様」
立ち上がって丁寧にお辞儀をしてくるリンにサーシャが目を丸くしている。
事情を聞いたサーシャが俺の肩をポンと叩いて一言。
「骨は拾ってやる」
「う、うぐっ……。それよりもカーラ女王に話って何だったんだよ?」
他の皆も気になるのか視線がサーシャに集まる。
「お茶、淹れてきますね。寒かったでしょう?」
そんな中、シーナだけは話の予想がついているのか、サーシャに微笑みかけるとキッチンへお茶を淹れに行ってしまった。
その後ろを慌てて追い掛ける護衛メイドの3人。
「あ~、別にそんな大した話じゃねぇよ。ただ、水魔法を極めた『氷結の魔女』にコツを教わってたんだよ。それと……ちょっと悩みを聞いて貰ってただけだ」
「……悩み?」
ドルチェの瞳が何だか据わっている。
自分に相談して貰えなかった事で、彼女のプライドに傷が付いてしまったのかもしれない。
「うぁ……。お、怒んなよぅ。魔法の事についてだったから相談し辛かったんだよぅ……」
「それでも……ぼく達はPT。……家族」
すっかり弱気モードになっているサーシャの手をドルチェがギュッと握り、俺達の方に振り向いた。
「今日は……サーシャと寝る」
「あぁ、ドルチェに任せる」
「あ、それじゃ、今夜はシュンと2人っきり?」
アイラの言葉にリンが過剰に反応する。
「ど、どういう事ですか!? ふ、2人っきりって……?」
「本当はアタシとシュンとドルチェの3人で寝るはずだったんだけど、しょうがないよねッ! シュンと2人っきりの夜かぁ~。何だか照れちゃうね!」
そう言ってグイグイ身体を押し付けてくるアイラに、とうとうリンの怒りが爆発してしまった。
「そ、そのような事、わたくしが許しません! シュン様! 今すぐここを出て宿屋へ参りましょう!」
先程までドルチェが座っていた場所に飛んできたリンが、アイラから引き離そうと俺の腕を引っ張る。
反対側では負けじとアイラががっちり俺を掴んで離さない。
「シュンがここに泊まるのはもう決定してるんだよッ! 今夜はアタシと熱い夜を過ごすんだから邪魔しないで!」
「シュン様と熱い夜を過ごすのはわたくしですわ! あの日の続きをするんですッ!」
まずい。この2人がここまでライバル心剥き出しになるとは……。
ドルチェとアイラのように『ここはひとまず手を組んで』という訳にはいかないようだ。
「「ガルルルル!」」
牙を剥き出して威嚇し合うアイラとリン。
俺が何を言っても火に油を注ぐだけになってしまいそうだ。
周囲に助けを求めようとするが、あからさまに目を逸らされてしまった。
「リン、はしたないですよ」
すると、ティーポットとカップを持った護衛メイドを従えたシーナがリビングに入ってきた。
その姿はまさに救いの女神。後光が差している。
「でも! シーナお姉様!」
リンは自分でもはしたないと自覚していたのか耳まで赤くなっているが、それでも譲る気は無いらしくなおも食い下がる。
「リン。貴方は今夜はわたくしの部屋に泊まりなさい」
「そ、そんなぁ~……」
涙目で姉を見上げるリンの姿にガッツポーズをしているアイラだったが、シーナの提案はそれで終わりではなかった。
「アイラの部屋にはドルチェとサーシャに入って貰いましょう。シュンはサーシャが寝る予定だった部屋を使ってください」
シーナに名前を呼び捨てにされるとゾクゾクしてしまうのは何でだろう?
俺達の事を『仲間』として扱ってくれている証拠なのだが、ダリアやヘルガに呼ばれた時にはあまり感じないある種のこそばゆさがある。
何となく照れくさそうに頷く俺の横で、アイラがテーブルに突っ伏している。
「アイラとサーシャは同じ『火魔法』の使い手ですから、いろいろと為になるお話ができるのではないですか?」
「うぅ……、それを言われたら断れないよ~」
起き上がったアイラがドルチェとサーシャに「よろしくね」と声を掛けると、2人も気の毒そうな顔で頷いていた。
「残りの空いている部屋には3人に入って貰います。ベッドはありませんが掛け布団はあるので今日のところは我慢してください。後日買い揃えましょう」
「勿体無いお言葉です、シーナお嬢様」
テキパキと部屋割りを決めていくシーナの手際に思わず感心してしまう。
護衛メイド達へのフォローもばっちりだ。
「どうやら決まったようだな。明日に備えて今日はもう寝るぞ。アイラ達もあまり夜更かしをし過ぎないようにな」
「分かってるよ、ダリア。明日からシュンの『英雄計画』を開始するんだもんね!」
「シュン様の……『英雄計画』ですか?」
リンがきょとんとした顔をしている。
「……『みんなでお嫁さん計画』」
「何ですか? ドルチェ様!? その素敵な計画は!?」
もの凄い喰い付きっぷりを見せてくるリンにドルチェ達が丁寧に説明している。
俺に関する計画なのに、何故か俺が蚊帳の外に居る気がしてしまうのは気のせいだろうか?
「そ、それは……素晴らしい計画ですわ! これならドルチェ様もエミリー様もシルビア様も……そして、わたくしもシュン様の『お嫁様』になれるのですね!」
「ちょ、ちょっと! アタシもだからね! って……多すぎだよ~ッ!」
「でしたら、辞退なさってもよろしいのですよ?」
「するわけないよ! リンこそ、領主の娘なんだから自重しなよッ!」
「「ガルルルルッ!!」」
もうこの2人の事は放っておこう。
明日の探索に備えて俺達はそれぞれの部屋へ向かった。
その日、俺は数ヶ月ぶりに1人だけの夜を過ごした。
読んでくださりありがとうございました。
次話は火曜日の予定です。




