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夢喰い  作者: けせらせら
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介護人・8

 田川寿美の死はニュースでもとりあげられることとなった。ワイドショーでは老人問題や夫の愛人の問題をコメンテーターが難しい顔をして解説している。それは世間にとってほんの一つの事件にすぎない。一週間もすれば、また別の事件に興味を寄せることになるのだ。

 しかし、由美にとって寿美の死は少し違う意味を持っていた。

 あの〈男〉が寿美の死に関わっているはずだという思いが由美の心のなかで蠢いている。なぜそう思うのか、具体的な確証があるわけではない。ただ、その考えは間違ってはいないという確信があった。けれど、それを口に出すことは出来ない。あまりに現実離れしたその考えは夫の伸一にすら相談出来ないことだった。

 しかし、他の二人にとっては違っていた。

「寿美さん、ノイローゼになってたんですって」

 杉原麻里はまるで寿美と仲が良かったことなど忘れたかのように噂話に花を咲かせた。そして、それは川辺洋子にしても同じだった。

「ご主人、葬儀の席に女性を連れてきてたらしいわ。どうやら愛人らしいの。普通、連れてこないわよねぇ」

「寿美さん、愛人がいるってこと知ってたんじゃないのかしら。だからおじいさんを殺して自分も飛び降り自殺だなんて……」

 マンション前での立ち話はいつもと変わらず続いていた。ただ、そこに寿美の姿がないだけだ。つい先日まではこの場に寿美も存在していたことが嘘のようだ。由美はその二人の話題についていけず、黙って彼女たちの様子を眺めていた。

 なぜ、彼女たちはこんなふうに気軽に寿美の話題を出来るのだろう。まるで遠い他人のことを話しているようだ。

 不思議だった。

「それにしても――」

 そう言いかけて杉原麻里は言葉を区切り、ぼんやりと空を見上げた。

「どうしたの?」

「電話――」

「何?」

「携帯電話……部屋に忘れてきちゃった。電話が鳴ってるみたいなの」

 突然、モゾモゾと麻里は落ち着きがなくなった。

「電話が鳴ってるって……? どうしてわかるんですか?」と、由美が訊いた。

「聞こえるのよ。今、部屋で鳴ってるわ。それじゃこれで私は失礼するわね」

 突然、麻里は驚いている由美と洋子に軽く頭を下げ走り去っていった。

「電話って言ったわよね」

 麻里の後ろ姿を見送りながら、洋子は確認するように由美に声をかけた。「聞こえた?」

「いえ、普通聞こえないですよ」

「そうよねえ」

 二人は4階にある麻里の部屋を見上げた。

 麻里の奇妙な行動がやけに心にひっかかった。

 その時、誰かの笑い声が聞こえたような気がした。


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