再びプロローグ
投げつけたグラスが壁にぶつかり、大きな音を立てて弾けとんだ。
それでも高浦吾郎の苛立ちが消えることはなかった。
先日の妻の美佐子との会話が脳裏に蘇ってくる。
(ちきしょう)
ゴロリとソファに横になる。
当時、吾郎の勤める病院で看護婦として働いていた美佐子と結婚してから今年で10年が過ぎる。
開業した当時は苦労も多かったが、やっと生活も落ち着いてきた。これまで家庭というものを顧みなかったぶんを取り戻すときだ。
「子供を作らないか?」
そんな吾郎に対し、美佐子はキツイ目をして言った。
「嫌よ。私、子供は嫌いなの」
「そんな……おまえ、結婚する前は子供が好きだって言ってたじゃないか。ただ、すぐには産みたくないって言うから……」
「あれは嘘。第一、今更あなたの子供なんて欲しくないわ」
「じゃあ、何のための結婚なんだ? 俺は子供が欲しいんだ。別れたほうがいいんじゃないか?」
「嫌よ。私ももう34歳よ。今更、あなたと別れてどうすればいいの? もし、どうしても別れたいっていうなら、慰謝料たっぷり払ってもらいますから」
美佐子はそう鼻で笑った。
唖然としていた。
(じゃあどうして俺と結婚したんだ?)
その言葉を飲み込んだ。
そんなことは聞くまでもない。『医師』という肩書き、そして安定した生活を望んだだけのことだ。
(許すものか……)
このままではずっと愛のない家庭のために働かされるだけだ。
子供の頃から描いていた理想の家族。その夢を美佐子のためにぶち壊されたくはない。
爪を噛んで考える。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
(誰だ?)
吾郎はソファから起き上がると玄関へと向かった。
ドアを開ける。
そこに一人の男が立っていた。黒いコートを着込み、黒い帽子を深くかぶり、サングラスで目元を隠している。
「おまえの夢を叶えてやろう」
小さく笑いながら〈男〉が言った。