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夢喰い  作者: けせらせら
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喪失・6

 あの時、自分は何を考えていたのだろう。

 麻里は部屋に戻り、ぼんやりと考えていた。

――もう少し待っていて!

 あの時、頭のなかを走ったイメージ。あれはなんだったろう。

 勝人と別れる事?

 いや……江口に待っていてもらったところで、勝人は自分と別れるはずがないことはわかっている。

(それなら何を?)

 何を考えていたのだろう。

 咄嗟にその場から逃れるために言った言葉ではない。

 あの時、確かに何かを考えていたはずだ。それなのに、それが今では思い出せない。

 自分が何をしようとしているのか、それを考えるのが怖かった。

 西日が部屋に射していた。


   *   *   *


 頭が痛かった。

 由美はキャンパスの前に座り、頭を押さえ続けていた。

 ほんの少し熱があるようだ。

(嫌なことがおきなければいい)

 妙な不安が胸のなかでザワついている。

 由美にとって、田川寿美は何よりも大切な存在というわけではなかった。仲良くはしていたが、どちらかというと寿美に無理にグループに引き込まれたというほうが近いかもしれない。それでも身近な人間には違いなかった。その身近な人間の死、それも殺されたのかもしれないとしたら……

(殺された)

 由美はそう思いはじめている。

 殺人者には心当たりがあった。

(あの男)

 あの日に現われた〈男〉の姿が改めて思い出される。あの男がどうやって寿美を殺したのかそれはわからない。いや、わかりっこないのかもしれない。

 なぜなら……

 頭が痛い。ズキズキと頭の奥で誰かが叫んでいるようだ。

(これは昔の私? あの男を私は知っている?)

 記憶のどこかに〈男〉のことがあるように感じていた。

 由美は気分転換のため、部屋を出ると自らのために紅茶をいれた。ソファに腰掛、ゆっくりと紅茶を啜る。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 由美は立ち上がると、早足で玄関に向かった。チャイムが2度、3度、連続して鳴らされている。

(誰かしら?)

 そう思いながらもドアを開ける。

 その瞬間――

 小さく開けたドアを無理やり押し広げ飛び込んできた塊があった。その動きに由美は小さく悲鳴をあげた。

 見ると汚れた着物を纏った老婆が目を大きくして、由美を睨みつけている。

 笹山喜久子だった。

「あの……何か?」

「おまえが奴を連れてきたんだ! 私がおまえと奴を追い出してやる!」

 そう叫ぶと手に持った数珠を由美に向かって突き出す。

「奴……奴って誰です?」

「奴は人間の心を喰らう! 奴は闇で光を隠す!」

 憤怒の形相で喜久子が由美に向かい一歩踏み出した。

(まさかこの人)

 あの〈男〉のことを言っているのだろうか。だとすると喜久子には〈男〉の姿が見えているのかもしれない。

「笹山さん、あなたにはあの男のことがわかるんですか?」

 だが、その言葉を無視するように喜久子は数珠を高く由美のほうに向け、金切り声をあげた。

「キェーーーーーイ! エイ! エイ! エイ!」

 その時、再びドアが開いた。喜久子の娘だった。

「おばあちゃん、またそんな格好して!」

 そう言ってすぐに喜久子の体を後ろから抱きつくようにして押さえつける。

「あ、あの……」

「ごめんなさい。ごめんなさいね。迷惑かけちゃって」

 押さえつけながら女性は由美に軽く頭を下げた。その間も喜久子は相変わらず由美を睨みつけ悲鳴に近い声をあげている。

「いえ、いいんです。それより少し話を聞かせてもらえませんか?」

「話? なんの話ですか?」

「おばあちゃん、さっき変なことを――」

「いつものことですよ。気にしないでくださいな。それじゃ」

「あ、待って――」

 慌てて呼び止めようとしたが、女性は喜久子のことを抱きかかえるようにして部屋を出て行ってしまった。

 閉まるドアを由美は呆然と見つめた。

(あの人はあの男のことが見えるんだ)

 そのことに少しホッとしていた。その反面、喜久子が言った言葉がさらに強い不安にもなっていた。

――おまえが奴を連れてきた!

 あれはどういうことだろう。

 居間に戻ってくると、部屋の隅に置いてあったダンボールが目についた。先日、弟の浩也が送ってくれたものだ。

 由美は立ち上がると、ダンボール箱を開き中身を取り出した。母の指輪、髪留め、古いアルバム。どれも母の部屋に置かれていたものだ。

 アルバムも今までほとんど開いたことなどなかった。

 若い頃の母の姿、そして、行方不明になった父の姿がそこにあった。

 ページを捲っていくと、一枚の写真がハラリと床の上に落ちた。由美は落ちた写真を拾い上げた。それは両親がそれぞれの腕に一人ずつの生まれたばかりの赤ん坊を抱いているものだった。

 二人の赤ん坊。

 そっと写真を手にして裏返す、そこに『5月16日 高村琢磨、高村由美』の文字が読めた。

(私?)

 5月16日というのは確かに由美の誕生日だ。だが、琢磨とは誰なのだろう。そう考えた時、子供の頃に母から聞いた話を思い出した。

 自分には双子の兄弟がいたが、まだ子供の頃に病死したというようなことを聞いた覚えがある。

 由美はアルバムを閉じると、再び箱のなかに視線を向けた。

 箱の底のほうに古ぼけたノートが何冊も重なっている。由美は手にしていたアルバムをテーブルの上に置くと、箱のなかにあるノートの一つを手にとって開いてみた。


『2月1日

 今日から新しい生活が始まる。幸せな家庭をつくっていこう』


 どうやら母の日記らしい。

 由美はノートを閉じると、また脇に置いたアルバムを見た。

 なぜだろう。やけにさっきの写真が気になっている。


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