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夢喰い  作者: けせらせら
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プロローグ

<秋田県能代新報・10月11日朝刊より>

 秋田県K村の山中にて白骨死体が発見された。

 遺体は白骨化しており、その身元を特定するものも見つかっていない。秋田県警での検視の結果、遺体は30歳から50歳の男性のものということがわかった。さらにそれとは別に幼い子供のものと見られる頭部の骨も見つかっており、警察では殺人、自殺の両面から調査している。だが、いずれも死後20年以上経過していると見られ、捜査は難航すると予想される。


   *   *   *


 西日がマンションの白い壁を赤く染めている。

 日中はまだ夏の暑さがわずかに残っているものの、日も暮れ始めると秋の気配が街を包み込み、冷たい風が立ち並ぶマンションの隙間を抜けて吹きこんでくる。

 岡野由美、田川寿美、杉原麻里、川辺洋子の四人は、いつものようにマンションの前で他愛もない雑談に時間を費やしていた。

 それぞれ年齢も家庭環境もばらばらの四人だったが、同じマンションに住む者同士いつしか仲良くなっていた。家族のこと、夕飯のこと、芸能人のスキャンダル、話題はいつもバラバラだった。その時が楽しいと感じられるならばそれで良かった。皆、それぞれに現実を忘れさせてくれるものが欲しかった。これまでずっとそうやってきた。そう、これまではそれで良かった。

 29歳になったばかりの岡野由美は、そろそろ娘の奈美が帰ってくる頃だと、時間を気にし始めていた。奈美は今年10歳になり、近頃はずいぶんと大人びた喋り方をするようになってきている。今では由美にとってもっとも身近な存在となっていた。

 36歳の田川寿美は四人のまとめ役で、由美がこのマンションに引っ越してきた時、もっとも早く知り合った相手だ。上品で世話焼きの寿美は、何かあるたびに由美に声をかけてくれる。それはありがたくもあり、ちょっぴり迷惑なことでもあった。由美に他の二人を紹介してくれたのも寿美だった。

 杉原麻里は由美よりも一歳年上の30歳。少し派手気味の麻里は常に、香水の香りを強く漂わせている。子供がいないためか、麻里はまだまだ20代前半と言ってもいいほど若く見える。

 川辺洋子は32歳。事故で夫を亡くしており、娘二人と共に暮らしている。地味な風貌に律儀な性格。麻里とは対照的な存在だ。

 皆、退屈な毎日をこうして話をすることでストレスを発散させていた。

 マンション内には娘の奈美が通う学校の同級生の母親たちも住んでいたが、それよりもこの三人と一緒に話をするほうが由美にとって妙に居心地が良いものだった。

 その〈男〉がやってきたことを由美たちはすぐには気付かなかった。

 まだ秋の風が吹きはじめたばかりだというのに、その〈男〉は黒いロングコートの襟を立て、俯きながら歩いてくる。深く被った黒のハット、黒く丸いサングラスがいっそう〈男〉を異様に見せていた。

 だが、そんな〈男〉の姿に気付く者は誰もいなかった。唯一、マンションの前で寝そべっていた一匹の野良猫だけがいち早く〈男〉に気付き、飛び起きると尻尾の毛を逆立てながら裏手のほうへと走って逃げていった。

 〈男〉はゆっくりとした歩調でやってくると、由美たち四人の傍らを通りかかった。それでもまだ由美たちは、その〈男〉の存在にまったく気付くことはなかった。

 そして、〈男〉が通り過ぎた瞬間、その時になって初めて由美は何か異様な空気が自分たちを包むのを感じた。それは他の3人にとっても同じだった。

 4人の頭のなかにはそれぞれ異なった光景が浮かび上がっていた。それはほんの一瞬の出来事だった。時間にして1秒にも満たないだろう。だが、その瞬間、頭のなかに浮かび上がった光景に4人は息を飲んだ。

 後味の悪いどんよりとした空気が4人を包む。皆、言葉を失って黙り込んだ。

 やがて、最初に口を開いたのは由美だった。由美は他の三人の顔が青ざめ、微かに身体が震えていることに気が付いた。

「あの……」

 由美はやっと口を開いた。それに弾かれるように寿美が反応した。

「え……何?」

「今、何か感じました?」

 由美はおそるおそる三人に尋ねた。だが、三人は由美の問い掛けに答えようとはせず、身体をびくつかせそれぞれの顔をうかがうだけだった。

「わ……私、そろそろ戻ろうかしら。なんか肌寒くなってきたし」

 そう言って寿美が輪のなかから抜けていく。

「それじゃ私も――」

 麻里と洋子も、その寿美の言葉に救いを得たように、足早にマンションのなかへと吸い込まれて行った。

 3人の後ろ姿を見送った後、由美はその時になってやっと、〈男〉が自分たちのすぐ横を通ってマンションのほうへ歩いていったことを思い出していた。


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