◇栞と直樹の過去。百合亜の出生の秘密
私達が乗った車は木漏れ日荘の敷地からほどなくして学園に辿りついた。
こちらも立派な柵があったが、今は開け放たれている。
そのまま祐兄様は車を走らせ、学園の玄関の横に停車した。
「祐介さん、悪いけれど少し待ってて貰えるかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。ゆっくりしてきて下さい。」
「ごめんなさい。祐兄様。」
「百合亜、あんまり緊張しないで。いつもの百合亜で大丈夫。」
「ありがとう・・・。」
私は祐兄様に勇気をもらって皐月さんと一緒に学園の中へ入った。
受付に行き、学園理事長との面会をお願いする。
受付の女性は一旦中へ入り、確認を取ってきたのか「こちらへどうぞ。」と言って理事長室へ案内してくれた。
理事長室の扉を案内の女性が叩く。
「理事長、紫藤様と黒瀬様がいらっしゃいました。」
「どうぞ。」
中から男性の声が聞こえた。
案内の女性が理事長室の扉を開け、皐月さんと私を中へ促した。
2人が中に入ったのを見届けて女性は一礼して扉を閉めた。
理事長室には中に居た男性、皐月さん、私の3人だけだ。
「理事長、お久しぶりですね。」
「皐月さん・・・・。何年ぶりですかね。今は別荘にいらっしゃるのでしょう?
まさかこんなに近くに居るなんて、思ってもみませんでしたよ。まったく、あなたと言う人は・・・・。」
「悠馬さん、その話はまた後で・・・・。百合亜さん、こちらがこの八重桜学園の理事長、芹沢 悠馬さんよ。」
「初めまして。黒瀬 百合亜です。この度はこの学園に推薦して頂きまして、ありがとうございます。」
「初めまして。・・・・君が百合亜ちゃんか・・・・。確かに、栞さんの面影がある・・・・。」
「・・・・?母をご存知なのですか?」
「ああ・・・・、・・・・いや、少し面識がある程度だよ、うん。
黒瀬くん、我が学園に入学してもらえて本当に良かったよ。君は剣道もかなりの腕前と聞いていたからね。我が学園の剣道部をより盛り上げてもらいたい。」
何だか母の事を逸らかされた様な気がする。
ちらりと皐月さんを見ると、理事長に向かって睨みをきかせていた。
私は少し驚いてまじまじと皐月さんを見てしまった。
それに気づいた皐月さんはにっこりと私に笑いかけた。
「百合亜さん?」
「は・・・はい。」
「私は少し理事長とこれからのお話をするから、百合亜さんは先に祐介さんの所へ戻っておいてもらえるかしら?」
「あ、はい。分かりました。それでは理事長、これからよろしくお願いします。」
私は不思議に思いながらも理事長に挨拶をした。
「ああ、これからこの学園で頑張ってくれたまえ。」
「はい、頑張ります。」
私はそう言ってお辞儀をし、理事長室から退室した。
***************
-----百合亜が出て行った後の理事長室で-----
「皐月さん・・・・、なぜ今まで彼女を隠していたのですか?
あいつが、・・・・直樹が必死になって探していたんですよ。あなたもご存知でしょう?」
「・・・・先に栞さんを裏切ったのは直樹さんでしょう。
いくら彼が栞さんの事を愛していたとしても、栞さんと別れて別の女性と結婚したのは事実なのよ。
例えそれが彼の意に沿わなくても・・・・。
それに、彼女。・・・・真由美さんは栞さんと直樹さんとの間に子どもがいる事を知って、百合亜を栞さんから取り上げようとしたのよ。」
栞は直樹と別れた後、百合亜がお腹の中に居る事を知った。
直樹は春日部財閥の子息だったし、自分は令嬢でも何でもないただの一般市民だ。直樹と別れさせられるのは仕方がない事だとなんとか自分の中で無理やり諦めようとしていた。
だけどこのお腹の中の子どもは誰にも取り上げられたくなかった。
栞は直樹の事が本当に好きだった。好きな人の子どもが自分のお腹の中にいるという事実が、
好きな人と無理やり離され、しかも相手は自分ではない人と結婚してしまったという悪夢に絶望していた栞にとって、これから生きていく為の希望になった。
これで自分1人でも生きていける。この子は私と直樹さんの大切な赤ちゃん。
・・・でも、直樹さんとの間に子どもが出来た事が春日部に知られたらきっとこの子は殺される・・・・。
だから栞は百合亜がお腹の中に居る事が分かっても直樹に知らせず1人で百合亜を育てるつもりだった。
栞は教員免許を持っていた事もあり、住み込みの家庭教師をして何とか身重な体をしながらも生活費を稼いで生活していた。
無事に百合亜が産まれ、その後も栞1人で働きながら百合亜を育てていた。生活は苦しかったが栞はとても幸せだった。
しかし、百合亜が2歳になろうかという頃、直樹の妻になった令嬢の真由美はどこからかその存在を嗅ぎ付けてきた。もちろんそれを許せなかった真由美は、まだ幼い百合亜を誘拐し、百合亜の存在をこの世から消そうとした。
・・・・誘拐だけでも犯罪なのに、それ以上・・・・。
居なくなった百合亜に気づいた栞は、栞の親友の明日香に助けを求めた。
直樹と別れて2年経つが、もしかしたら・・・と思った。
明日香は直樹と兄妹だ。兄の妻、真由美とも面識があるので百合亜を連れ去った場所を真由美から聞きだせるかもしれないと思った。
明らかに態度がおかしかったにも関わらず、やはり真由美は知らないと言い張った。
明日香は激昂してその事を兄の直樹に伝えた。
その時初めて自分と栞との間に子どもがおり、しかも今まさに殺されかけていると知り、直樹はありとあらゆる手を使って百合亜を探させた。
無事に百合亜は見つかったが、直樹は自分が昔も今も変わらず愛している栞と自分との間に産まれた子を殺そうとした真由美を許せなかった。
真由美と離婚しようとしたが、この時すでに真由美のお腹の中にも直樹の子どもが居た。
直樹は真由美と別れる事も出来ずに、せめて百合亜を認知し、春日部の家で育てたいと栞に申し出た。
それを聞いた栞は百合亜と離されるという展開を恐れ、百合亜と共に再び姿を消した-----
「栞さんは何かと窮屈な思いをする春日部の家に百合亜が縛られる事が嫌だったのよ。
しかも、それまで自分の生きる希望になってくれていた百合亜を奪われるなんて考えられなかった。
どこか春日部の手の届かない所へ行こうとしていた栞さんを引き止めたのは直樹さんの妹の明日香さんよ。
明日香さんは自分の大切な親友が春日部のせいで苦しんでいるのをこれ以上見たくなかった。
だから遠くに逃げるよりは敵の懐に居たほうが分かりにくいと言って私の所へお願いに来たの。
もちろん、私は快く引き受けましたよ?・・・・そんな、春日部家の事情だけで何の罪もない彼女をこれ以上手酷く扱い、ましてや追い出すなんて事私には出来ませんでしたからね。」
「・・・・・・・。」
悠馬は何も言えなかった。
親友の直樹が栞さんとその娘の百合亜を必死に探していて、今までどれだけ心を痛めていたか知っている。
しかも、探し出した今となっては直樹が愛していた栞さんは亡くなっていた。
それを知った直樹はしばらく仕事もままならない状態だった。
百合亜が生きている事を聞き、ようやく直樹は立ち直りかけていた。
だが、皐月さんの話を聞いて栞さんの気持ちも痛いほど分かってしまった。
「そういう事情で百合亜さんを隠していたのよ・・・・。今はそれほど不穏な動きはないけれど、また真由美さんが百合亜さんに何かをしないとは言い切れないからね。
しかも、今は春日部も百合亜の存在を知っている。その状態で真由美さんが何もしないとは思えないわ。」
「・・・・だから、私たちの手が行き届いたこの学園に百合亜ちゃんを匿ったんですよ。
栞さんを失って、さらに百合亜ちゃんまで居なくなったら、きっと直樹は壊れてしまうでしょう。・・・・しかも、真由美さんは一度百合亜ちゃんと接触を試みたらしくて・・・・。」
「やっぱり、そうだったの。」
「・・・と言うと?」
「いつだったか、百合亜さんが友達の家から帰る途中で黒尽くめの男の人に声をかけられたと言っていた事があって、もしかしたらと思っていたのよ。・・・・調度この学園に入学する事が決まった頃だったから。」
「そうでしたか・・・・。でも、真由美さんの手の届かないこの学園なら安全です。」
「ええ、分かっているわ。いくら春日部の奥様と言えど、芹沢家所有のこの学園に手出しするなんて馬鹿な事はしないと思いたいわね。彼女に関してはしないと言い切れないところが辛い所だけど。理事長、・・・・百合亜さんは栞さんの大事なお嬢さんなのよ。絶対に守ってもらわないと・・・・。」
「約束します。」
「必ずよ。・・・・お願いね。」
皐月は悠馬に念を押してお願いした。
春日部財閥の娘-----百合亜。
そして、一部の者にしか認知されていないが、不思議な力を持った一族の末裔でもある-----。
皐月は理事長室の窓から仄かに蕾を開き、所々花びらを見せている桜並木を見つめた。
***************
-----その頃、百合亜は-----
少し好奇心が顔を覗かせ、散歩してみようと外に出てみたら、そこは沢山桜の木が植えられた桜並木だった。
私は花が開きかけた桜の木の下から多くの蕾を付けている桜の枝を見上げながら歩いていた。
すると桜並木が途切れ、少し離れた場所に今まで見上げてきたどの木とも違う古く歴史を感じさせる大きな桜の木が1本佇んでいた。
他の桜たちと違ってこの木は少し早めに花を咲かせているらしい。
半分くらい桜の花が咲いていた。
私はしばらくその花たちが風に揺れるのを眺めていた。
すると、何かが私の目に入った。
地面で小さな何かが動いている。
よく耳を澄ますと、”ピー、ピー”と鳴いている様だった。
私はその小さな物に近づいてみた。
すると、そこには羽をバタつかせた小鳥がいた。でも片方の羽は怪我をしているのか動いていなかった。
私は大きな桜の木を見上げた。
きっとこの小鳥は木から落ちたのだろう。
羽を痛めているせいか、その場から動けないみたいだった。
私はその小鳥をそっと掌に乗せた。
そして、もう片方の手で潰さない様に気をつけながらその小鳥を覆う。
目を閉じて祈った。
すると、淡い光が小鳥を包み込んでいる私の掌を優しく覆い、やがて光が治まった。
私は手をそっと開き、その中の小鳥は幾度か羽をパタつかせ、羽が動く事を確認すると少し首を傾げながらも元気に羽をバタつかせた。
さっきまで動いていなかった羽も大きく力強く広げられている。
小鳥は何度か飛ぶことに挑戦し、失敗していた。
けれど、何度目かでようやくよろよろと木の上に飛んで行った。
私はその光景を見ながら微笑んだ。
よかった。巣に帰っていった-----。
そう安心したところで、カサッと草木を掻き分ける音がした。
驚いて音がした方向を見てみると、そこには男の人が立っていた。