◇新しい生活
あの試合の日から秋君のファンに呼び出しを受けることもなくなった。
きっと秋君が女の子達に”百合亜は幼馴染だから”ときちんと伝え、彼女だという誤解を解いてくれたのだろう。
それから3月に入り、卒業式当日になるのはあっという間だった。
私は無事卒業式を終えた。
今は剣道部の後輩や顧問の先生、他の卒業生達と一緒に部室でお別れの挨拶をしている所だ。
私は全国大会に出場している事もあり、後輩たちからもそれなりに慕われていたと思う。
花束や手紙を沢山受け取った。
きっと今頃秋君も花束や手紙を沢山受け取っているだろう。
因みに美咲は帰宅部だ。部活には入っていないが、才色兼備、容姿端麗という言葉がぴったりの美咲にはファンクラブが当然の様にあり、彼らからの贈り物はきっとすごいだろうと簡単に予想出来た。
「百合亜姉さま!一緒に写真撮ってください!」
「あーっ!ずるいっ!!私もお願いします!百合亜先輩!」
「私だって撮りたい!!!」
私が2人の事を考えていると剣道部の後輩達が声をかけてきた。
「そうだね、じゃあ記念に皆で撮ろうか?」
「私は百合亜姉さまと2人きりの写真が欲しいんですっっっ!!!」
そう言って私の腕を取ったのは、私を崇拝していると豪語している1つ年下の女の子、五反田美羽だ。
美羽がこの中学校を受験したのも、たまたま訪れていた剣道の試合で私を見かけて一目惚れしたからだと言っている。私と一緒の学校に通いたいと必死になって私の事を調べ、追いかけてきた様だ。
いわゆる私の強烈な追っかけだ。
しかもどこかしらのお嬢様らしい美羽は普通の女子中学生と少し違った。
お嬢様らしい我儘を言ったり、突拍子のない事をしたりする。
でも、自分の気持ちに素直で根は優しく一生懸命な美羽を私は本当の妹の様に可愛いがっていた。
部活内容に関しては他の部員と同じ対応にするが、素直に私を慕ってくれているのが分かるので、私もついつい可愛がって甘やかしてしまう。
そんな美羽とも今日でお別れだ。
「分かったから。じゃ、一緒に撮ろう。」
「やったぁ!じゃあ、これ、お願いします!!」
美羽はデジカメを他の部員に渡して私と腕を組んだ。
カシャッ。
美羽は上機嫌でデジカメを確認する。他の部員達も私と写真を撮りたがり、それからしばらくは撮影大会になった。
「百合亜姉さま!きっと、美羽も姉さまと同じ学園に行ってみせます!来年まで美羽が居なくて寂しいと思うけど、美羽を待っていてくださいね?」
そんな可愛い事を言う美羽を抱きしめたくなったが、ここには他の部員達もいるのでぐっと我慢をして、にっこり微笑み、美羽の頭を撫でた。
「ええ。楽しみにしているから・・・・。」
そう言うと美羽は百合亜に抱きつき、泣き始めた。
私は美羽が落ち着くまでポンポンと背中をたたいた。
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それから剣道部の皆とお別れをし、校門の前で待ち合わせをしていた秋君と美咲の所へ向かった。
そこには美咲だけが立っていた。
「あれ?秋君はまだ?」
「あー・・・。さっきまで居たんだけど、女の子に呼び出されてどっか行った。」
「そっかぁ。今までみたいに毎日会えなくなっちゃうもんねぇ。女の子も必死だなぁ。」
「まったく、私みたいにスッパリ、キッパリ振ればいいのよ。噂になるくらい、こっ酷く!!」
「ははは・・・。美咲ったら。そんな事してたら誤解されちゃうよ?美咲が冷たい子だって。」
「いいのよ。誤解したいヤツは誤解してれば!実際冷たいんだし。・・・・それに私には百合亜が居るから平気。」
「美咲。でも、これからは離れ離れになっちゃうから・・・・。私が居なくなったらそんな事言ってられないよ?ちゃんと美咲の事分かってくれる人が居るはずだから。ね?」
「・・・・そんなの・・・・。」
「美咲?」
そんな話をしていたら、秋君がやってきた。
「百合亜!ごめん、待たせて。ちょっと呼び出しくらって・・・・。」
「うん。ご苦労様!じゃあ、最後に皆で一緒に帰ろっか。」
「百合亜?あの・・・・呼び出されてた事、ちょっとは気になったりとか。」
「何で?」
「何でって・・・・。」
「須藤、百合亜を妬かせたいなら、もっと頑張らないとダメね。」
「・・・・はぁ。ま、分かってたけどさぁ~。」
「?????何?」
「いいのよ、百合亜。じゃ、帰ろっか。3人でこの道を通るのもこれが最後かもしれないし。」
「・・・・・それは大げさだろー。この街に家があるんだから、来ようと思えばいつでも来れるだろ~。」
「でも、もうこの学校にはそうそう出入り出来ないし、中学生でもなくなるからね。」
「・・・・そっか、そうだよね。ホントに最後かも。」
百合亜、美咲、秋は校舎を振り返った。
3人は目に焼き付ける様に学び舎を眺める。
ここで百合亜達は3年間同じ時間を過ごした。
秋君とはもっと幼い頃からの付き合いだが、美咲とは中学に入ってからの友達だ。
ある事件がきっかけでお互い信頼し合う仲になった。
本当に色んな事があったから、3人はその場を離れ難かったが、これからはお互い自分が決めた道へと進んでゆく。
春からは新しい生活が始まる。前へ進まなければならない。
3人は前を向いて歩きだした。
そして、お互いの家へと続く分岐点に辿り着く。
3人は笑顔でお別れを言った。
「じゃあ、百合亜、美咲、またな!」
「ええ、須藤。気を抜いて取り返しのつかない事にならない様にね!百合亜・・・・変な人に付いて行っちゃダメだよ?」
「大丈夫だよー。私知らない人には付いて行かないし、逃げ足速いもん。」
「・・・・もう百合亜は自分がどれだけ可愛いのか分かってないんだから・・・・本当に気をつけてね?」
「あはは。そんな事言ってくれるのは美咲くらいだよ?平気へいき。」
「や・・・平気じゃないような・・・。1人にすると危なっかしいし。でも言っとくけど俺はそんなヘマしねーぞ!」
「そう?あんたはやりそうだけどね。」
「俺はそんなに馬鹿じゃねー!」
そんな何時もの3人のやり取り・・・・。
最後までいつも通りの私たち。
「・・・・じゃあ、美咲、秋君。元気でね?」
「百合亜も次に会うときまで泣かないでよね。」
「百合亜!すぐまた会いに行くからな!」
「うん!また会おうね!」
「「「じゃあ!また!」」」
私たちはそれぞれの道へ歩きだした-----。
きっと、またすぐ3人で会える。そんな気がするから・・・・。
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私は木漏れ日荘へ入寮する為の準備を始めた。
取り敢えず教科書や制服などの学園生活で必要な物は学園側が準備済みという事なので、身の回りの物をボストンバックに詰める。
入寮時には、祐兄様が寮まで送迎をしてくれる事になった。
どんな所だろう-----。
八重桜学園には基本的に寮はないはずだから、一部の生徒が使っている寮という木漏れ日荘が少し気になった。一部の生徒・・・・。私みたいに通えない人の為の寮かなぁ?
私は新しく始まる生活にドキドキしていた。
秋君や美咲と離れ離れになったのはすごく寂しいけれど、きっと新しい場所でも大切な仲間は出来るはず。それに、2人は会おうと思えばいつでも会ってくれると思うし。
ふと机の上の宝箱が目に入り、私は手に取った。
これはとても大切なものだから、持って行こう。
側に置いておくとすごく安心するし。
私は宝箱が壊れない様に丁寧に包装し、ボストンバックの中に入れた。
もう私も高校生になる。
あの約束の日からずいぶん年月が経ったけど、あの男の子とはまだ1度も会えていないなぁ。
でも、あの時の約束が私に元気をくれている。
私は部屋の窓からもう少しで花を咲かせそうな大きな桜の木を眺めた。
この桜の木ともしばらくお別れだなぁ。
しばらくぼんやりとその桜の木を眺めていたが、私は気を取り直して荷造りを再開した。
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「百合亜さん、忘れ物はない?」
「はい、皐月さん。」
「百合亜、荷物後ろに乗せちゃっていい?」
「あ、ありがとうございます。祐兄様。」
私は木漏れ日荘の入寮の日を迎えていた。
祐兄様の車に荷物を詰め込み、私は皐月さんと一緒に後部座席へ乗り込んだ。
外の空気はまだ少し肌寒い。
でも木々は青々とした葉をつけていて、もうすぐ春が来ることを知らせていた。
「百合亜さん、入寮手続きが済んだら一緒に学園へ挨拶に行きましょう。理事長には話しをしてありますから。」
「はい。私を学園に推薦して下さった方ですよね・・・・。
嫌われてしまわないか不安です。・・・・すごく緊張します。」
「そうねぇ・・・・。でも、きっと大丈夫よ。心配する事ないわ。」
「そう・・・でしょうか。」
「そう、大丈夫よ。」
私は皐月さんの心強い言葉に気持ちを落ち着かせる。
まだ不安はあるけれど、きっと大丈夫だよね。
自分にそう言い聞かせて外の流れる景色を眺めた。
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祐兄様が運転していた車がある門の前で停車した。
「着いたよ。」
「ここですか?」
「そうみたいだね。」
「でも、寮が見当たりません。」
「おそらく、この塀の向こうにあるのかな。
ちょっと待って。インターフォンで聞いてみるから。」
祐兄様は車から降りてインターホンを鳴らし、何やら喋っていた。
そして車に戻ってきた時、大きな柵が開いた。
「うわぁ・・・・。自動で開くんですね、この柵。すごい。」
私が感心している内に祐兄様が戻ってきて車は進み、庭を通ってある建物の前で停車した。
「ここかな。」
「そうみたいね。百合亜さん、降りましょうか。」
「はい。」
私は皐月さんと一緒に車から降りてその建物を眺めた。
白い壁に緑色の屋根。
かなり昔からそこに佇んでいたのか歴史を感じさせる建物だが、汚れているわけではなくきちんと手入れされていて趣きがある。
庭も手入れされていて、向こうには噴水やベンチも置かれている。
天気の良い日にベンチに座って読書も良さそうだ。
「なんだか寮って言うより・・・・本に出てくる洋館みたいですね。」
「そうだね、少し小さい洋館って感じかな。確かに寮って感じじゃないよな。」
「元は寮ではなくてどなたかの別荘だったみたいだから。」
「そうなんですか?・・・皐月さん何だか詳しいみたいですけど、この建物の持ち主の方とお知り合いなんですか?」
「そうねぇ、顔見知り程度の知り合いかしら。」
そう言って皐月さんは木漏れ日荘の入り口にあるインターフォンを鳴らした。
しばらくして扉が開き、中年の女性が出てきた。
仕事着なのか、エプロンを着けているので、おそらくこの寮を管理している人だろう。
「お待ちしておりました。紫藤様、空賀様、百合亜お嬢様、どうぞお入りください。」
紫藤というのは皐月さんの、空賀というのは祐兄様の苗字だ。
この人は私たちの名前を全部知っている・・・・。
まぁ、今日入寮する事になっていたから、当然と言えば当然だけれど。
でも入寮するのは私だから、入寮者本人の名前と”ご家族の方”くらいの認識が普通じゃないのかな?
少し不思議に思いながら私は皐月さん、祐兄様の後に続いて木漏れ日荘の中に入った。
中に入ると、正面中央に左右に分かれる階段があった。
照明は小振りだがシャンデリアだ。
中年の女性は、私達を入って右側の扉へと招き入れた。
そこは温かい雰囲気の客間になっていた。
女性は私達をソファに座るよう進めて、自分はその部屋にあるミニキッチンへ行き、お茶の用意をし始めた。
しばらくすると入ってきた扉が開き、若い男の人が入ってきた。
「お待たせしました。・・・皐月さん、お久しぶりです。」
「隼人さん、大きくなりましたね。こうやって会うのは何年ぶりかしら・・・・。」
皐月さんと今部屋に入って来た男性は知り合いのようだ。
私達は立ち上がり、皐月さんは男性と握手を交わす。
そして男性は祐兄様へ視線を移した。
「雄介も久しぶりだな。俺らが高校卒業した時以来・・・かな。」
「・・・・はい、お久しぶりです。隼人様。」
「はは・・・。様はやめろよ。これまで通り気軽に話してくれていい。」
そう言って男性は祐兄様の肩をポンポンと親しげに叩いた。
祐兄様は苦笑して男性と握手を交わした。
・・・祐兄様とこの方、随分親しいみたいだけどお知り合い?
私はやはりそこでも疑問に思いながらその場を眺めていた。
その後、ソファへ座る様に促され、さっき案内してくれた女性がお茶を目の前に置いてくれた。
一頻り皐月さんと隼人さんとの間で挨拶が行われ、ふと隼人さんがを見る。
「初めまして。あなたが百合亜さんですね?僕は芹沢 隼人と言います。
この木漏れ日荘の管理人をしています。」
そう言って隼人さんは私に手を差し出した。
「あ・・・初めまして。黒瀬 百合亜です。これから、色々ご迷惑をおかけすると思いますけど、よろしくお願いします。」
「そんなに緊張しないで。この木漏れ日荘には君の事を取って食おうって輩はいないからね。安心してくれていいよ。八重桜学園の理事にも頼まれているから、何かあったら遠慮なく僕に相談してくれていいから。」
「はい、ありがとうございます。」
私は穏やかな雰囲気の隼人さんにホッとしながら、隼人さんの手に自分の手を重ねた。
隼人さんはにっこり笑いながら頷いた。
「隼人さん、早速で悪いけれど学園理事長にご挨拶したいの。学園にいらっしゃるかしら?」
「はい、今日は訪問される事を伺っていましたから、いらっしゃると思いますよ。きっと早く会いたくてうずうずしているんじゃないですかね。」
「まぁ・・・。それじゃあ、あの人が待ちきれなくなってこちらに乗り込んでくる前にこちらから伺いましょうか。」
皐月さんは私にそう言い、困った顔をして見せた。
皐月さんは学園理事長ともお知り合いなのかしら?
私はそう思ったが、そのことを口に出さずにその応接室から外へ向かった。
「祐介、今日はご苦労様。百合亜さんの荷物はこちらで部屋に運んでおくから、武雄に渡してもらえるかな?」
玄関まで来ると中年の男性が立っていて、こちらに一礼した。
祐兄様は車から私の荷物を取り出して、武雄さんに手渡した。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
「畏まりました。確かにお荷物お預かり致します。」
そう言って武雄さんは階段を上り、消えて行った。
「じゃあ、学園理事長に挨拶に行ってまた戻ってくるわね。」
「はい、分かりました。百合亜さんが戻って来たら、ここに住んでいる住人を紹介するよ。」
「ありがとうございます。」
こうして隼人に見送られながら私は皐月さんと一緒に祐兄様の運転する車に乗り込んだ。