◇それぞれの道
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・・・はぁ、はぁ・・・・・はぁ。
・・・・はぁ~・・・・。
追ってきてない。
私は見知らぬ黒ずくめの男に声をかけられた。
なんだか嫌な予感がして咄嗟に足払いをし、男が倒れている間に全速力で駅に向かった。
電車に乗り込み、家へ向かう。
・・・・あの黒ずくめの男。
なんで私の名前知ってたんだろ?
あんな人、見たこともない。・・・・なんかコワイ。
私は男が追ってきていないと分かってはいたけれど家の中に入るまで何度も後ろを振り返った。
*******
「大河。」
「はい、美咲様。」
「百合亜が”ご馳走様でした””とっても美味しかったです”って言ってたわよ。」
「ふふふ・・・・はい、ありがとうございます。」
「・・・・何笑っているのよ?」
「いえ・・・・、美咲様は百合亜さんの仰る事は素直に聞かれるのだなと思いまして。」
「何か文句でもあるの?」
「いえ、ありません。」
美咲は大河が入れ直した温かい紅茶を一口飲んだ。
「大河、例の件はどうなってるの?」
「はい、滞りなく進んでおります。」
「そう・・・・。で、例の出所は?」
「申し訳ございません。実は全く掴めませんでした。」
「・・・・そう。」
「引き続き調べますか?」
「・・・・今はいいわ。百合亜に害が及ばないならこのまま様子をみましょう。」
「畏まりました。」
大河は一礼して部屋から出て行った。
美咲は外の冷たい風が当たり、カタカタ揺れている部屋の窓を眺める。
―――――――春まであと少し―――――――
美咲はゆっくりと瞳を閉じた。
*******
私は家に無事辿り着き、玄関の扉を開けて急いで中へ入り、後ろでに扉を閉めた。
そして鍵をかける。
気づかないうちに早足になっていた様で、私は上がった息を落ち着けた。
そして何時ものように声をかけた。
「ただいま帰りました。」
「おかえりなさい。」
挨拶をすると皐月さんが出迎えてくれた。
なんだかホッとする。
「・・・あら、どうしたの?そんなに息を切らして。何かあった?」
「いえ・・・・何にも。」
「百合亜さん?だめよ、嘘をついては。私を騙せると思ってる?」
「いえ、あの・・・・騙すなんて。」
「分かってるわ。とりあえずお茶を飲みましょう?外は寒かったでしょう?」
そう言って皐月さんは私を温かいリビングへ促した。
皐月さんが温かい紅茶を入れてくれる。
急いで帰ってきたから体は暑かったけれど紅茶の良い香りで気持ちも落ち着いてきた。
「・・・それで?何があったの?」
皐月さんは有無を言わさぬ笑顔で私を追い立てた。
こうなっては言うまで話してもらえないだろう。
私は一つ息を吐いて先ほどあった事を話し始めた。
「実は・・・・美咲の家から帰る途中に、変な男の人に声をかけられて・・・・。」
「変な男?まぁ、ナンパか何かかしら?百合亜さんは可愛らしいから気を付けないと。」
「え?いえ・・・そんな。そうじゃなくて、ナンパとかじゃなくて・・・・その男の人、全身黒ずくめで、サングラスをかけた少し細めには見えるけれど、鍛えてるんだなって分かるような・・・・ボディーガードをしていそうな?・・・そんな男の人で。」
「全身黒ずくめ・・・?それで、百合亜さん何もなかったの?大丈夫なの?」
皐月さんの顔色が悪くなっている。
私はそれを見て、やっぱり心配をかけてしまった。話さなければ良かったかも・・・と後悔していた。
これ以上心配させるわけにはいかない。私は不安に思っている気持ちに蓋をして笑顔で皐月さんに答えた。
「大丈夫でしたよ?声をかけられただけです。見た目が怪しかったから少し動揺してしまって・・・・。でもその後追ってこなかったし、きっと道を尋ねたかっただけだったのかも。・・・・それより、明日なんですけど、祐兄様は家にいらっしゃるかしら。」
「・・・・祐介さんならきっといると思うけれど・・・。」
「良かった!!祐兄様は休日どこかへ出かけてしまう事が多いから。明日祐兄様に渡したいものがあったんです。」
「そう。じゃあ明日もいつも通りの時間に朝食を用意しておくわね。」
「はい、お願いします。あ、それと明日は秋君がサッカーの試合に出場するらしくて御呼ばれしているので行ってきます。」
「まぁ・・・そうなの。それじゃあ秋さんをしっかり応援してあげないとね。」
皐月さんは私が何かを隠していると気づいている様だったけど苦笑しながらも何も聞かないでいてくれた。
きっと、それ以上聞いてしまうと私が困るのが分かっているから何も聞かないでいてくれた。
私はそんな皐月さんが大好きだった。
そんな皐月さんだからこそあんまり心配させたくはないと私も思ってしまう。
「じゃあ、私お風呂頂いてきます。」
「そうね。外は寒かったでしょうから、しっかり温まっていらっしゃい。」
「はい。」
私は皐月さんをこれ以上心配させたくなくて何か言ってしまう前に自分の部屋に急いだ。
だからその後皐月さんが呟いた言葉を私は聞くことはなかった。
「・・・・もしかして、あの人まで・・・・?」
そんな皐月の呟きがリビングに響いた。
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「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。」
「皐月さん。」
「なあに?百合亜さん。」
「これ・・・・、いつもお世話になっているので、もらってください!
いつも私が寂しくないように気を配ったり、沢山の事を学ばせて下さったり。本当にありがとうございます。」
「まぁ・・・・。嬉しいわ。ありがとう。」
皐月さんは微笑んでいたけれど、瞳にうっすらと涙が見えた。
私は何だか恥ずかしくなって、席を立った。
「後、祐兄様にもあるんです。そろそろいらっしゃるかな?」
私は食べ終わったお皿をシンクに持って行き、外へ様子を見に行った。
今日はバレンタイン。出来れば今日中に祐兄様にもチョコを渡したいなと思い、昨夜祐介に電話で渡したいものがあると伝えると、朝家に来てくれると言った。
遠くに祐兄様の車が見えた。
私が部屋に戻り、チョコを持って外に出るとちょうど祐兄様が家の前に車を止めるところだった。。
「あれ、百合亜?おはよ。もしかしてこんな寒い中ずっと待ってたの?」
「いえ、今玄関を出てきたところです。」
私はラッピングされたチョコブラウニーを祐兄様に差し出した。
「祐兄様、いつも私と一緒に居てくれてありがとう。これ、今日はバレンタインだから。一応私の手作りなんですよ?」
「ああ、そういえば今日はバレンタインだったね。ありがとう、有難くいただくよ。でも百合亜、俺なんかに渡してていいの?これを知ったら秋が煩いんじゃない?」
「ふふふ。うん、この前祐兄様にチョコ渡す話を美咲としていたら、秋君が大騒ぎして、大変だったの。」
「はぁ、やっぱりな。・・・んで?百合亜が”秋君にもちゃんとあげるから”って言ってあいつ大喜びしてたって?」
「すごい!祐兄様、何で分かるの?」
「そんなの、単純バカのあいつの事だからね。想像つくよ。」
そう言って祐兄様は苦笑した。
「今日、秋君が出場するサッカーの試合を観に行ってその後渡そうかと思って。」
「そりゃまた・・・・。その試合、今日は女の子の観客が多そうだな。」
「あ、そっか。秋君人気あるもんね。どうしよ。そうなるとちゃんと渡せるか不安だなぁ。明日にしようか・・・・。うーん。」
「百合亜。今日渡さないと、きっとあいつはヘコむと思うよ?ちょっと大変だと思うけど今日にしてやって。」
「・・・・?はい、分かりました。」
「でもそれを聞くとちょっと心配だなぁ。俺も一緒に行こうか?」
「え?試合って言っても会場は学校だし、全然平気ですよ?」
「いや、場所とかの問題じゃなくてね、バレンタインと言ったら女の戦いでもあるからね。あの単純バカが良く気のまわる奴なら心配いらないとは思うけどそうじゃないからね。・・・・百合亜を1人で送り出すのは少し心配だ。」
「あ、1人じゃないですよ?美咲も一緒ですから。学校で待ち合わせしてるんです。」
「そうか、舞島嬢が一緒なら安心かな。じゃあ気を付けて行っておいで。」
「はい、祐兄様わざわざ来てくれてありがとう。」
「こちらこそ。百合亜のチョコ、味わって食べるからね。」
「あ・・・あんまり上手に出来てないかもしれないから、そんなにじっくり味わわないで欲しい・・・かな?」
「大丈夫。百合亜の作るものは全部美味しいから。それじゃあ、何かあったらすぐ連絡するんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
祐兄様は私の頭に手を乗せて優しく撫でた。
私は昔から祐兄様に頭を撫でてもらうのが好きだったからついうっとりしてしまう。
祐兄様は暫くそうやって私を撫でた後、困ったように微笑んで「気を付けて」と言って車で帰って行った。
私は祐兄様の車が見えなくなるまで見送ってから家の中に入った。
うーん、今日の試合には秋君のファンが沢山来る・・・・よね。きっと。
皆に誤解されるのも嫌だしなぁ・・・・・。
ま、せっかく作ったしもし渡せないとしても一応持って行っとこ。
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「じゃあ、行ってきまーす。」
「はい、行ってらっしゃい。変な人に声をかけられても付いて行かないでね?
くれぐれもあまり1人にはならないで。・・・・やっぱり祐介さんに送ってもらう?」
皐月さんは、昨日美咲の家からの帰り道で変な男に声をかけられたと言った私の話が気になっているらしく、私が出かける寸前まで大丈夫か心配していた。
「大丈夫ですよ!私は自分の身は自分で守れます!幼い頃から色んな武道を学んできたんです。皐月さんだってご存知でしょう?」
「ええ、そうだけど・・・・、でも。」
「平気です!ちゃんとなるべく人の多い所にいますから。」
「本当に、気をつけてね?」
「はい、今度こそ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい・・・・。」
私は玄関の扉を開け、振り返って心配そうな皐月さんににっこり笑って手を振り、扉を閉めた。
・・・・皐月さん、どうしたんだろ?何だかいつも以上に心配し過ぎの様な気がする。
もしかして、今回の八重桜学園入学の件と何か関係あるのかな?
・・・・まさかね。
いくら突然の入学決定だからって、考え過ぎだよね?
私はふるふると頭を振ってモヤモヤする今の頭の中の状況を振り落とそうとした。
結局考えたって分からない事ばかりだ。
とにかく今は学校に行って秋君の応援!
私は学校へと向かった。
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「百合亜!おはよう!」
「美咲ー!おはよう!待った?」
「ううん、少し前に来た所だから。ちゃんと忘れずにチョコ持ってきた?」
「うん、持ってきたけど・・・・。」
「どうしたの?何かあった?」
「今日はバレンタインでしょ?」
「うん。そうだね。」
「だって、秋君人気があるから。」
「・・・・何を今更。そんなの百合亜も分かってた事でしょ?あいつのファンに何回呼び出し受けたと思ってるのよー。」
「・・・・うん、だからね、チョコ渡しちゃったらきっと皆にまた誤解されちゃうし。」
「はぁ~。百合亜、あんたそんな事気にしてたの?」
「だって・・・・。もし秋君の好きな人とか。それ見てたらきっと良い気はしないと思うし。」
「百合亜?あいつは、”百合亜に”チョコくれって言ってたでしょ?」
「そうだけど・・・・。」
「あいつがくれって言ったんだから、それを他の誰かが誤解しようがどう思おうがあいつの責任でしょ?
百合亜はあいつにチョコ渡したいの?渡したくないの?」
「・・・・渡したい。」
「じゃ、決まりでしょ。周りなんて気にしないの!百合亜はもっと自信持って!」
「そうだよね。いつも秋君にお世話になってるんだもん。感謝の気持ち、伝えないと!」
「・・・・・やっぱり。・・・・そうなるか。あいつも報われないな・・・・。」
「美咲?どうしたの?グラウンド行かないの?試合始まっちゃうよ?」
「はいはい、行くわよー。」
私は美咲と一緒にグラウンドへ向かった。
グラウンドへ着くと、やはり大勢の女の子達が試合を観に来ていた。
「「「キャーッ!!!」」」
と言う一際大きい歓声が上がったと思ったら、ちょうど秋君が蹴ったボールがゴールに入った所だった。
・・・・・やっぱり秋君ファンは多いみたいだな。
私はそう思ったが気を取り直してそこから少し離れた所へ移動し、秋君の応援をした。
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サッカー部の卒業生追い出し試合は3-1で卒業生が勝利し、3点の内の2点は秋君がゴールを決め、どちらの時も女の子の歓声がすごかった。
試合後、秋君は後輩や同級生達と一緒に盛り上がっていたが、数人の女の子達が秋君に話しかけた事が引き金になり、あっという間に女の子たちに取り囲まれてしまった。
私と美咲はその光景を少し離れた処で見ていた。
「あら、すごい人気ねぇ。あいつ、そんなにかっこいいかしら?」
そんな声が少し離れた所から聞こえた。
声のする方を何気なく見ると、綺麗な女の人が立っていた。
・・・・綺麗な人だなぁ。
私がボンヤリその人を見ていたら、その人も私の視線に気付いたらしく、にっこり微笑んだ。
「・・・あっ!すみません。」
「ふふふ。いいえ、慣れているから。」
その女の人はそう言って立ち去ってしまった。
・・・・?慣れているってなんだろ。
私が不思議に思っていると、秋君がこちらに走って来た。
「百合亜!!見てくれた!?オレがゴール決めたトコ!!!」
秋君は沢山のチョコを両手に抱えていた。
すごい量のチョコだなぁ。
なんだか女の子達がこちらを見てる。ちょっと怖いよ。
「百合亜?」
「・・・あっ!うん、ちゃんと見たよ?すごかった!」
「でしょ!?試合始まっても百合亜居なかったから、今日は来ないかと思ってヘコんでたんだけど。百合亜が来たの見えて、俺すっげぇ頑張ったし!!」
秋君がすごく嬉しそうに話す。
そこへ・・・・。
「ちょっと、すどー!私も居るんですけどっっ!!!」
「おわっ!!舞島!居たの!?」
「あんたねぇ、本当に百合亜しか見えてないんだから!」
「んだょ、ちょっと両手が塞がってて前が見えなかっただけだろ。」
「あ、そう。百合亜、須藤はファンの女の子達から沢山チョコもらったから私たちからチョコは要らないって!昨日作ったチョコ、すごくおいしく出来たのに、残念だったわね。」
美咲はそう言うと私の腕を取って帰ろうとした。
それを見た秋君は慌てた様子で「ちょっと!待って!!!」と引き止めていた。
「ごめんなさい!俺が悪かったです!今日は来ていただきまして、本当に嬉しくて感謝しております!!!だから舞島さまー。美咲さまー。お代官さまー!俺に百合亜のチョコを恵んでくださいー。」
「・・・・仕方ないわね。」
「ありがとうございます~!!!」
そんな二人のやり取りを笑いながら私は見ていた。
秋君はユニフォームを着替えて帰る準備をしてくるから、一緒に帰ろうと言って部室へ向かった。
美咲は帰る前にお手洗いに行ってくると言って校舎へ入って行った。
百合亜は静かになったグラウンドをボンヤリ眺めながら2人を待った。
「ちょっと!!!」
いきなり背後から女の人の声が聞こえた。
私は驚いて後ろを振り返った。
そこには5人の女の子が居た。
・・・・これは結構やばい・・・かな?
そう思って後ずさると、2人の女の子が私の後ろに回った。
「あんたさぁ、いつも秋様の幼馴染とか言って秋様の周りウロウロして、目障りなんだけど。」
「そうよ、今日だって図々しく彼女面してこんなコトまできて。」
「マジうざい。」
・・・・はぁ、やっぱりそうなるんだね。
私は思った通りの展開にウンザリした。
ま、そのうち秋君か美咲のどちらかが来るよね・・・・。
そう思ってやり過ごそうとした。
「ちょっと、何シカトしてんの!?ちょっと可愛いからって私らの事バカにしてんのっ!?」
「何とか言いなさいよっ!!」
1人の女の子が百合亜の髪を思いっきり引っ張った。
「!?っっぃった!!」
私は、これはさすがに無視出来ないかな、と思い髪を引っ張っている子に止める様声をかけようとした。
すると、近くからまた女の人の声が聞こえた。
「・・・・・ちょっと。」
私が”また秋君のファンが増えたのか”と落胆しかけたその時-----。
掴まれていた私の髪がフッと自由になった。
痛くて瞑っていた目を開けてみると、そこには・・・・・
さっき私が見惚れてしまった女の人が居た。
「あんた達、見苦しいわねぇ。自分が好きな男に相手にされないからって他人を追い落とそうなんて、
そんな考え持ってる奴等は一生好きな男に振り向いてもらえないわよ?
そんな他人を貶める時間作るくらいなら、もっと自分を磨く時間を増やしなさい?」
私も、周りの女の子達も何も言えなかった。
その人はとても綺麗で、堂々としていて、何だか人を惹き付ける・・・・そんな雰囲気を持っていた。
そんな人にそんな事言われたら、皆何も言えないよね。
「何?まだ何かあるわけ?」
その女の人がそう言うと、ショックを受けていた女の子達は慌てた様に走って行った。
私は、とりあえずホッとして、その綺麗な女の人にお礼を言った。
「あの、ありがとうございます。助かりました。」
私がお辞儀をすると、その人はにっこり笑った。
「いいのよ。だって、全てあのバカが悪いんだもの。」
「・・・・?え?」
「あいつのファンでしょ?あの子達。
ちょっと遠目から様子を見させてもらってたけど、あなた秋の彼女でしょ?
だから、あなたは秋のファンに嫌がらせを受けた。・・・・でしょ?」
この綺麗な人、秋君の知り合いかな?
・・・・なんだか、そうに決まっている!っていう言い方だな・・・・。
でも私は秋君の彼女じゃないし。ちゃんと誤解解かないと。
「あの・・・・、私は秋君の彼女じゃありません。」
「あら、そうなの?じゃあ、もう1人のお姉さま系美人の子があいつの彼女?」
「・・・・あいつって、秋君ですよね?
私は秋君とは幼馴染です。さっきまで私と一緒に居た女の子は美咲と言いますけど、私と秋君の友達です。」
「ん??あなた、今秋の”幼馴染”って言った???」
「え??は・・・はぃ。私は秋君に幼少の頃からお世話になっています。」
「じゃあ!!もしかして、あなたが”百合亜”ちゃんっ!!???」
「えっ?ええっ!?あのっ!」
秋君の知り合いらしい女の人は私の両肩を掴んでマジマジと私の顔を眺めた。
私は何がなんだか分からなくて、動くことを忘れてその人にされるがままになっていた。
そこへ美咲が帰ってくる。
「・・・・百合亜?何やってんの?」
「・・・・あっ!み、みさきっ」
そこで我に返り、美咲に助けを求めようとしたその時。
「んあーっ!!?何やってんだよ姉ちゃんっっ!百合亜虐めてんじゃねぇっ!!」
”えっ!?”
私と美咲はお互い見詰め合っていた顔を、部室で着替えを済ませこちらに走ってきた秋君へと向けた。
・・・・”姉ちゃん”!?
私と美咲は私の肩を鷲掴みしている秋君のお姉さんへと視線を向ける。
お姉さんはにっこり微笑んで、「失礼。」と言って私の肩から手を離した。
そして、腰に左手を当てて、右手を走って近くまでやって来た秋君のおでこに近づけ、
思いっきり額を指で弾いた。
「ぃいっってえ〜〜っっ!!!!」
秋君はその場に座り込み、額を押さえる。
「秋、私の事はお姉さまとお呼びなさい!!まったく、何回言ったら良いのかしら?
次言ったらただじゃおかないわよ?・・・・それと」
ぐいっ!とお姉さんは秋君の胸倉を掴み、無理やり立たせて睨み付けた。
その行為に驚いて秋君は抗議の声を上げる。
「姉ちゃん!いきなり何っ!!?」
すると、お姉さんは首を絞めながら言った。
「あんた、自分の大切な女の1人や2人、守れないくせに粋がってんじゃないわよっ!!」
いきなり怒鳴りだした自分の姉にびっくりしていた秋君が、その言葉を聞いて真剣な表情になった。
「・・・・どういうこと?」
事の重大さに気付いた秋君を見て、お姉さんは胸倉を絞めていた手を離した。
「この子、百合亜ちゃんでしょう?」
「あぁ、そうだよ。」
「百合亜ちゃん、ここであんたを待ってる間に、女の子達に囲まれていたわよ?・・・・あんたのファンの女の子達にねっ!!!」
それを聞いた秋君と美咲が驚いて私を見る。
「百合亜!!大丈夫だったのかっ!?何もされてないかっ!?」
「百合亜!!ごめん。私が百合亜を1人にさせちゃったから・・・・」
2人は泣きそうな顔で私に詰め寄った。
2人がこんなに心配してくれている。
私はそれが嬉しくて、さっきまで女の子達に囲まれていた時に感じた最悪な気持ちがなくなっていくのを感じた。
幸せな気持ちでいっぱいになる。
「ふふふ。大丈夫だよ?私は強いもん。2人とも知ってるでしょ?
それに、今回は秋君のお姉様が助けてくださったの。すごくかっこよかったのよ?」
私が笑いながらそう言うと、2人はまだ納得してなさそうだったが、ホッと息をついた。
「そっか。・・・・姉ちゃん、ありがと。」
「・・・まったく、百合亜ちゃんはあんたの大切なお姫様なんでしょ?
ちゃんと気を付けてあげないと、こんなに可愛いんだもの。きっと周りもほっとかないわよ?
・・・・ホント可愛いわねぇ。秋が、”百合亜、百合亜”ってあなたの話ばかりするから一度会って見たかったのだけれど。・・・・百合亜ちゃん、これからもよろしくね?」
秋君のお姉さんはぎゅっと私の手を握った。
それを聞いていた秋君が真っ赤になりながらその手を引き剥がした。
「姉ちゃんっっ!!余計な事言わなくていいからっ!!
それより、何でここにいるんだよっ!用もないのにこんなトコ来んなよなっ!!」
それを聞いたお姉さんは腕を組んで秋君を見下ろした。
「秋、あんた。このわたくしにお願い事をしていた事、忘れているんじゃないわよねぇ?」
そうお姉さんが言うと、秋君は見るからに顔色が悪くなった。
「あっ!あぁ、忘れてないけど・・・・でも。」
「”でも”じゃないわよ?今日はその書類をわざわざこのわたくしが持ってきてあげたのよ?」
そう言って薄緑色の封筒を秋君の前に差し出した。
それを見た秋君が慌ててその封筒を奪い取る。
「あ・・・ありがと・ぅ・・・ございます。
・・・・姉ちゃん、上手くいったって事だよな?」
「当たり前でしょ?私が手配したんだもの。・・・・でも、条件はちゃんと呑んでもらうわよ?」
「うん、分かってる。」
秋君がそう言うと、満足したのかお姉さんは「また会いましょうね、百合亜ちゃん。」と私の手を握って、美咲に手を振って帰っていった。その様子を近くで見守っていた美咲が口を開いた。
「何か・・・・かっこいいわね。あんたのお姉さん。・・・・あんたと違って。」
「おい、どういう意味だよっ!!」
「そういう意味だけど。」
2人はいつもの調子で言い合いを始めた・・・・と思ったら、
「百合亜、ホントに大丈夫だったの?一緒に付いて来てもらえば良かった。・・・・1人にしてごめんね?」
と美咲。続いて
「ちゃんと、あいつ等には言っとくから。
もう百合亜を危険な目に合わせたりしないから!俺が百合亜を守るし。ホントごめん!!」
温かい気持ちになる。
2人の気持ちがすごく嬉しい。
この気持ちをどうしたら2人に伝えられるだろうと思って、
そういえば鞄の中の物を渡していない事に気がついた。
私はきれいにラッピングされたチョコブラウニーを取り出し、2人に差し出した。
「2人とも、いつも私を心配してくれてありがとう!その気持ちが私はすごく嬉しい。
それに私が寂しくない様にいつも一緒に居てくれた。今までありがとう。2人とも大好きだよ?
これから離れても、ずっとずっと友達でいてね?」
私はにっこり微笑んだ。
その姿に秋と美咲は泣きそうになった。
美咲が私をぎゅっと抱きしめる。
秋君が私の頭をそっと撫でた。
-----春から2人と離れ離れになっても、きっと大丈夫-----
だって離れていたって2人はきっと私の事を思ってくれているもの。
皐月さんも、祐兄様も。そしてお母様も-----。
あの桜の木の下で出会った男の子・・・・。
きっとその子も私の事思ってくれている。
きっと今でも-------。そうだよね・・・・・?
私はそっと目を閉じた。
頬に一粒の涙が流れ落ちた。