◇明かされた存在
-----2月に入った-----
教室の窓から見かける木々は葉っぱが全て落ちてしまっていてとても寒そうに見えた。
実際2月だから外はかなり寒い。
今日は空も曇っていて今にも雪が降りそうだった。
あれから、秋くんや美咲はこれまで通りに接してくれている。
2月に入ると卒業式の練習も始まり、いよいよ2人とのお別れも近づいてくる。
外で佇んでいる木々の様に私の心もなんだか寒く感じた。
「ゆ~りあっ!」
「ひゃっ!?」
後ろから美咲が抱き付いてくる。
これはもう美咲の癖の様なものだ。
「どうしたの?浮かない顔しちゃって?」
「うん。・・・・もうすぐ皆とお別れだなぁって思って。」
私は自分でお別れと口にして余計に寂しくなった。
でも美咲はそんなこと無いみたいで、いつもの調子で私の頬をつついた。
「百合亜~。そんな落ち込んだ顔してたら幸せ逃げちゃうぞ!
ほら~。そんな暗い顔してないで、2月といったらバレンタインでしょ~!
百合亜は誰かチョコあげないの!?中学生生活最期のチャンスだぞ~?」
「チョコかぁ。て、美咲、私にそういう人いないの知ってるでしょ?・・・・でも祐兄さまにあげるかな。あと、皐月さんにも。」
「ちょっと待ったぁ~!!!」
美咲とバレンタインチョコの話をしていると、秋くんがこちらに向かって走ってきた。
「百合亜!俺にはっ!?」
「えぇっ!?」
いきなり秋くんに両肩を掴まれて揺すられ、頭がガクガク揺れた。
「なんで祐介にはやんのに、俺にはないわけ~っ!?」
目が回ってくる・・・・。
目が・・・・・・・・・・・・。
パコンッ!
「いっっってぇ~~っ!!!!」
秋くんに両肩を掴まれ揺すられていた私は美咲に助け出された。
「こんっの!!単純バカ男!!百合亜から手を離しなさいよっ!!!
百合亜、目が回ってんでしょっ!?たかだかチョコくらいで、取り乱してんじゃないわよっ!!?」
「ふぁぁぁ~・・・・。」
目が・・・・・。
「ぅっわ!ごめん、百合亜!つい勢い余って!!
だって百合亜が祐介なんかにチョコやるとか言うからさぁ・・・・。」
「まったく、これだから単細胞は困るのよ。」
「んだとぉ~!?俺はれっきとした人間で、単細胞じゃねぇぞっ!!」
「あら?人間だったの~?行動がワンパターンの直球型動物か何かだと思ったわ。」
「くっそぉ~!!」
「ふんっ!!」
ようやく眩暈が治まってきた私はいつもの2人のやり取りを聞きながら苦笑した。
やっぱり2人の近くにいると落ち着くなぁ・・・・。
そんな事を考えているとまた卒業後の事を思い出して少し寂しくなる。
「てやっ!!」
「った!!?」
少し考え事をしていたら、秋くんに指でおでこを弾かれた。
「何考えてんだよ?ちゃんと俺の話聞いてた?俺にもチョコ!くれるよな!?
・・・もしくは俺にチョコくれて、祐介にはやんなくていーぞ。」
「まったく、あんたはどんだけ図々しいのよ・・・・。」
「ふふ・・・。うん、ちゃんと秋くんにも祐兄さまにも用意しておくね?」
「まじっ!!?やったぁー!!貰えなかったらやばかった!!もう立ち直れねー!!
って、祐介にもってのがちょっとあれだけど!!ま、百歩譲ってやっか。
・・・あ、そーだっ!そのバレンタインの日、日曜で学校休みだけどさ、サッカー部で卒業生追い出し試合あるから、2人共見に来いよ!勿論チョコ持って!」
「・・・はぁ。あんたねぇ。」
「ふふ・・・・。」
美咲は秋くんのテンションに付いていけないという風に顔の半分を掌で覆った。
私は2人と接している内に心が温かくなるのを感じた。
・・・うん、そうだよね。2人と一緒に居られるのも後少しなんだから、やっぱりいつも笑っていたいよね。なんだかまた2人に励まされちゃったな・・・・。
そんな事を考えつつ百合亜は帰る準備を始めた。
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----- 2月13日 土曜日 -----
百合亜は美咲の家に来ていた。
明日皆に渡すチョコレートを作る為だ。
「・・・・いつ来ても美咲のお家は広いねぇ。」
「そぉ?そんな事ないわよ。それより、百合亜は何作るか決めた?」
「う~ん、何にしようかなぁ。
・・・やっぱチョコブラウニーかな?失敗なさそうだし。美咲は?」
「私は毎年これ!トリュフ~!」
美咲はチョコレートのお菓子のレシピ本を指差しながらにっこり笑った。
「ぅわぁ~!美咲、難しいの挑戦するんだねっ!?すご~い!!」
「んんっ?ま・・・・まぁね。チョコって言ったらやっぱトリュフでしょ?
じゃぁ早速作り始めようか。材料はそこにあると思うからどれでも好きなの使っていいよ。」
美咲のお家は専用の調理人さんが居るらしく、今日バレンタインのチョコ作りをすると前もって伝えていたのでおおまかな材料を揃えてくれていた。
私は早速オーブンを180℃に設定し予熱で温めておく。それからチョコブラウニーを作るために材料を量り始めた。
美咲は計量しないでそのままチョコをブツ切りにし始めた。
・・・・?大丈夫かな?
私は隣でトリュフを作っている美咲が気になりながらも自分の作業を続けていく。
私はメレンゲを作り、卵黄や砂糖、バターや小麦粉等と混ぜ合わせて生地を完成させた。
生地を型に流し込み、それをオーブンに入れて時間をセットした時に美咲が「出来た!」と言って完成させたトリュフを百合亜に差し出した。
・・・・・美咲・・・・・。
「百合亜、どう!?上手く出来てるでしょっ!?」
「みさき、このトリュフ、何入れたの・・・・?」
「何って?ちょっとアレンジしてみたんだけど、マッシュルームとか、コーンとか?後、生クリームの変わりにコンソメ入れてみたの。」
「・・・・・・・・。」
アレンジ・・・・違う方向に行っちゃってるよ、美咲。
これはやばいかな・・・・?私がその物体を直視出来ずに目を泳がせていると扉の外から声がかかった。
「美咲さま?百合亜さん?どうですか、作業は順調に進んでいますか?」
そう言ってキッチンに入ってきたのは美咲のお目付け役、鮫島大河さんだ。
「何よ大河、順調に決まってるでしょ。どう?これ、完っぺきでしょっ!?」
そう言って美咲はボコボコの何が入っているか分からないトリュフを大河に見せた。
大河さんはそのトリュフを見て、一瞬考え込んだ。それから美咲に向かい、にっこり微笑んだ。
「美咲さま?コレ、もちろん人間の食べ物ではないですよね?
もしかして、美咲さまが可愛がってらっしゃるポニーに差し上げるおやつかなにかですか?
それなら早速ポニーに持って行ってやらなければ。
さっ!!その気色悪い物体をこちらにお渡し下さい!!間違って食べてしまっては食中毒もいいトコですよね。もしかしたら死に至るかもっ!!?」
・・・・・・・・・。
美咲が怖い。
大河さんがつらつらと言葉を並べる度に美咲がどんどん怒りで震えていった。
確かにあれは食べたらお腹壊すかなって思ったけど、大河さんてばわざと美咲を怒らせる様な事言って・・・・。
「たいが・・・・。」
「何ですかっ!?美咲さま。今すぐポニーにぶん投げてきましょうかっ!?
もしかして、ポニーじゃなくて水槽にいる熱帯魚用のエサでしたか?」
「・・・・・たいがっっ!!!」
ぐしょぉぁっ!!!!
折角作った美咲のトリュフは美咲自身の手によってグシャグシャに握り潰されていた。
そしてそれを美咲は大河さんの顔面に思いっきり叩きつけた。
「ぐぅああっっ!!!」
大河さんは顔面チョコまみれになった。
・・・・結局こうなるんだから大河さんも美咲を怒らせなきゃいいのに。
美咲はそれでもまだ怒りが納まらないらしく、美咲の作ったトリュフをこれでもかと大河さんの口に押し込んでいた。
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「まったく、大河!あんたのせいで私の完璧なトリュフが台無しじゃないのっ!!ちゃんと責任とってあんたも手伝うのよっ!!」
「はい。申し訳ございません、美咲さま。」
そう言って大河さんはテキパキとトリュフを作り始めた。
あっという間に見た目が綺麗なトリュフが出来上がる。
その間、美咲は大河さんの入れてくれた紅茶を百合亜と一緒に堪能していた。
「美咲さま、素晴らしいですっ!!美咲さまが作ったトリュフ!味見なさいますか?」
・・・・いや、それは美咲ではなくあなたが作ったトリュフですよ、大河さん。
そう思いながらも何も言えない百合亜は、美咲が作った事になった大河さんが作ったトリュフを一つ摘まんで口に入れた。
口に入れた瞬間にチョコが溶けて、なんともいえない幸せな気分になる。
「おぃしぃ~っ!!」
「そぅ?それほどでもないわよ?」
美咲は自分が作ったわけでもないのに、まるで自分が作った物の様に胸を張った。
私は美咲にバレない様に大河さんと一緒にこっそり笑った。
それから百合亜が作っていたチョコブラウニーが焼きあがり、粗熱をとって型を外し適当な大きさに切ってラッピングを完成させる。
これでバレンタインのチョコは完璧だ。
「これで明日の準備は万端ね!!」
「うん、そうだね!秋くんのサッカー部の試合は10時開始だったかな?」
「そうそう。じゃ、学校に直接集合で大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。10時頃に校門前に集合!」
「オッケー!じゃあ百合亜、折角作ったチョコ、家に忘れない様にね!!」
「もぅ、そんなに慌てんぼうじゃないよ〜。」
「ん〜、なんだか心配だなぁ〜。」
「大丈夫!!私ももう高校生になるんだからっ!!しっかりしないとっ!!」
「ぷっ。高校生になったからって百合亜が急にしっかり者になるわけじゃ、ないじゃなぃ〜?」
「美咲!ひどいよ!私だってしっかり者になれたりするかもよっ!!?」
「はいはい、じゃあ百合亜、気をつけて帰ってね?」
「うん、今日は台所使わせてくれてありがとう、お邪魔しました。
大河さんにもご馳走様でした、とってもおいしかったですって伝えておいてね?」
「あいつは別にいいのよ。」
「みさき!ちゃんと言っておいてね?」
「・・・・分かったわよ、じゃあ、また明日ねっ!」
「うん、また明日!」
私は美咲に手を振って別れた。
外に出ると周りは薄暗く、空は赤、うす紫、濃紺のグラデーションになっていた。
もう少し時間が経つと完全に夜の空になってしまう。
そうなる前に家に帰らないと・・・・。
でも、無事にバレンタインのチョコ出来て良かったな。
最近は寂しい気持ちがいっぱいで気分が落ち込んでたけど、美咲と一緒に今日一日過ごして、
なんだか元気を補充しちゃった。
今まで皆に、沢山助けてもらったなぁ。
”今までありがと!”って感謝の気持ちと一緒に明日このチョコを皆に渡そ。
私は明日の事を考えながら歩いて駅に向かった。
暫くすると後ろから足音が聞こえてきた。
・・・・なんか嫌だな。人通りが多くなるのはもう少し先だし。
私は歩調を速める。
するとその足音も私に合わせて歩調を速くした。
・・・・ナニっ!??
道聞きたいとかっ!?
だったら早く声かけてよぉ〜!!
と思っていると、
「すみません。」と男の人が声をかけてきた。
・・・・えっ!?私の声、聞こえたのっ!?
私は驚いてその声に返事をするのを忘れる。
「黒瀬百合亜さんですよね?」
・・・・・・・・・。え?
私は振り返ってその男を見た。
黒いスーツに黒いサングラス。背は高くて体つきはガッシリ。
・・・・私、知らない、こんな人。なんでこの人私の名前を知っているの?
背筋に悪寒が走る。
「黒瀬さん?」
男が再び私に声をかけて、一歩踏み出した。
私はまずい、と思ってその男に足払いをかける。
「うわぁっっ!!」
ガツッ!!という音がしてその男は左肩から地面に倒れた。
このチャンスを見逃す事なく、私は全速力で走った。
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「・・・・はい、確かに黒瀬百合亜を確認いたしました。はい、引き続き身辺を調べます。」
ピッ!
百合亜に足払いをされた男は無理に百合亜の後を追わず、ある場所に携帯電話で連絡を取った。
その存在は綿密に隠されていた。
ここまで直隠しにするのは真実を語っているようなもの。
こうして本人を確認した以上は今までのようにはいかないだろう。男は百合亜が走って行った方角をじっと見つめた。