モテたい!
良い子はマネしないでください
※縦書きでも横書きでも一応読めるようになってますのでお好きなほうを
陸上部 長尾洋子
「ごめんなさい・・・。」
「何度目だよ!!」
フラれた直後にこんな言葉を発してしまった。
もちろん女の子は意味も分からず驚いて、気まずそうに去っていった。
今年に入って何度目だろうか。こうも続くとさすがの俺でもへこむ。
いったい俺の何が悪いのだろうか・・・・。
「そしてこれからも卓真はフラれていくのであった。完」
「うっせぇよバカ!てか終わりみたいにすんじゃねぇよ!」
昼休みの教室で、俺は竜二と窓際の席で先日の出来事を話していた。
「だってそうじゃねーか。フラれんの何回目だ?そろそろ世界記録更新するくらいか?」
「くっ・・・確かにフラれ続きなのは確かだ・・・ってか、そんな寂しい世界記録なんかこの世にねぇ!切ないだけだ!」
「いやいや、オマエ。無いからこそ作るのじゃないか。もしそれでギネスにでも載ってみ?一躍有名人でモテモテだぞ?」
「え・・・モテモテ・・・?」
卓真は本気で考えはじめてしまった。だいたいそんな記録の時点でモテていないことに気づいてないようだ。
そんなアホな友人を心底憐れみの目で眺めていた竜二であった。
「なんでそんなにフラれるかねぇ?数打ちゃあたるじゃないが、1人くらいOKもらってもおかしくないのにな」
「そうなんだよ~俺もそれが不思議なんだ。いやいや、みんな恥ずかしがり屋さんなのだな。それもまた可愛いがっ!」
「・・・・・。」
はぁ。こんなアホと話していてはアホがうつるとばかりに竜二は窓の外に目を向けた。
誰もいないと思った校庭には数人の生徒がいた。ジャージ姿で走っているとこをみると、どうやらそれは陸上部のようだ。トラックをぐるぐる走っている。その中に一際目立つ生徒が目に付いた。
その生徒は黒く長い黒髪を優雅に舞い散らせ、ハーフパンツからは白くしなやか脚が伸びている。その脚は引き締まっていてカモシカのような脚である。
「カモシカ・・・・」
竜二はつい口に出してしまった。
そんな竜二をよそに卓真はまだ女の子の可愛さを語っている。
こいつは止めないと延々と女の子について語り続けるのか?
そんな一抹の不安を抱きながらも卓真に話しかけた。
「おい!もういいから!モテない奴の話なんかもう聞きたくねぇ!」
「んだとコラ!モテなくたって語るぐらいいいだろうが!それにまだ女の子の可愛さを語り尽くしてねぇ!」
「んなこたぁもうどうでもいいんだよ!それより外見てみろ!カモシカいるぞ!」
「どうでもいいってなんだよ!むしろ重要だろが!ったく、外だぁ?カモシカってなんだよ・・・・」
ぶつくさ言いながらも窓の外を見てみた。どうやらまだ走っているようである。
「どうだ?あの女の子?けっこう奇麗だと思うんだが?カモシカみたいな脚してるよな。名前は・・・だめだ、ここからじゃさすがに見えないな。遠すぎる」
「長尾洋子」
卓真が喋った。あの女の子の名前なのだろうか?確かに学校の体育着には名前が書いてはいるが、いかんせん遠い。ここは3階なのである。校庭まではかなり離れているはずだ。
「なんだタク?あの子知ってるのか?」
「いや知らん。知らなかったのが不思議なくらいだ」
「じゃあなんで名前知ってんだよ?」
卓真は怪訝そうな目で竜二を見ながら言った。
「んなもんちゃんと書いてあるじゃねぇか。あの可愛らしい胸のとこに」
「なんだその気持ち悪い表現は・・・・ってオマエ見えるのか!?この距離で!?」
「あぁ。当たり前だろう?見えないのか?」
「普通見えねぇよ!これでも視力2・0だ!」
卓真がとんでもない視力をしていることが判明した瞬間である。いや、普段見えてるはずの黒板でさえ「せんせ~みえませ~ん」てなことを言うくせに・・・。
恐るべき女の子パワーである。
そんな凄いようなアホのような何ともいえない気持ちで竜二は卓真の横顔をしばらく眺めてしまった。
その間も卓真は校庭に釘付けである。正確には《長尾洋子》にであるが。
眺めつつも時たま「あぁ・・・なんて麗しいんだ・・・あのカモシカのような脚になりたい」だなんて口走っている。こやつは陸上選手にでもなるのだろうか。
そんなアホ面全開の卓真に竜二は呆れたように声をかける。
「ま、まぁ確かに綺麗だよな。えっと、長尾洋子だっけ?」
「おい。気安く名前を呼ぶんじゃねぇ」
「・・・・は?」
「俺の洋子を気安く呼ぶんじゃねぇって言ったんだ」
「な、なんだよそれ?てかオマエの洋子でもねぇし!」
「いーーや!もう俺が射止めることは確定した。邪魔するなら例えリュウでも容赦しねぇぞ?」
こいつ、目が本気だ。人を殺すような目をしてやがる。
こうなるともうダメだ。止められない。そしてはっきりいってめんどくさい。
こうなった時の卓真はほっとくに限る。竜二は長年の教訓から傍観を決め込んだ。
(それにまぁ・・・どうせフラれるんだしな・・・・。)
惚けてる卓真の横顔を眺めながら、竜二は大きな欠伸をひとつした。
それからというもの卓真の行動は早かった。昼も食わずに教室を飛び出してしまったのだ。せわしなく走り回っていると思ったら急に教室に戻り、机に突っ伏してなにやらノートに書き込んでいるではないか。テストでもないのに。だいたいこいつが勉強しているとこなんか見たことはないのだが。
しかしだいたいは予想が付く。どうせ長尾洋子のことなのだろう。それしかない。むしろそれ以外、頭にないはずだ。
竜二は一心不乱に何かを書き続けている卓真をみて、躊躇いつつも声をかけることにした。何となく怖いので明るい感じを心がけてもみた。
「お、おいタク~。なーに書いてんだよ?今さら勉強してもオマエのアホさは治らないぞ?それとも女の子の可愛さを文章化でもしてんのか?あっはっは」
「ぬ?キサマ、俺が女の子の可愛さを世に広める為に書き記していることを知っていたのか?フッフッフ。だが残念ながら今は違う。それは家でしかやらんのだ」
「(ま、マジでやってたのかよ)そ、そうかー、それじゃあ今はなにやってんの?」
「長尾洋子について情報を集めてる」
「ストーカーか!!」
何をくそ真面目にやってるかと思えばついに犯罪にまで手を出し始めていたのか。何てことだ。こんな奴だが一応今まで信じていたのに。俺らが過ごしてきた時間は何だったのか。そして、俺は何で今の今までコイツのキモい変態性に気づかなかったのか。しかしこうなってはもはや手遅れ。早く卓真と縁を切らなければ俺まで変態犯罪者扱いされてしまう。それだけは嫌だ。嫌すぎる。
「おいリュウ。なーに1人でぶつくさ言ってんだ?変態だがなんだか。俺からしてみればキサマの家にある『純粋☆素朴!猫耳メガネっ娘♪』の方がよっぽど気持ち悪いと思うがな。写ってる子は可愛いが」
「だよな~可愛いよな~猫メガネちゃん♪アレは地球が生んだ奇跡といっても過言ではない!・・・・って、なんで知ってんだよ!隠してるはずなのに!」
――類は友を呼ぶようである――
2人はお互いを変態と罵り合っているが、結局はお互い同じ穴の狢のようだ。周りの目はいつの間にか汚いものを見るかの如く軽蔑の眼差しを向けていた。そもそもここは教室なのである。そんなことはお構いなしの2人であった。
「あーもーわかったよ!わかった!それで結局タクは何を書いてんだよ?」
「ん?あーこれか?これはだな、長尾洋子について一通り調べたものをメモしてるのだ。いやーあの子けっこう有名なんだな!俺全然知らなかったよー」
「ほほう?どんなことわかったんだ?」
ふふん、と卓真はいかにも誇らしげに説明し始めた。実際はなにも誇らしくない。所詮、只のストーカーなのだから。
「えーっと、彼女(あ、いま自然に彼女とか言っちゃった)は現在3年生。俺らの1学年上だな。身長165㎝、体重は非公開。好きな食べ物はシュークリーム。好きな音楽は以外にもパンクでクロマニョンズとかが好きらしい。兄弟は下に中学2年生の弟がいる。陸上部のエースとして活躍中。主な種目はスプリント。都大会に出場経験もあるようだ。だがその他の競技もオールマイティにこなす。得意科目は英語と数学。苦手なのは音楽ということ。なにやら歌うのが苦手らしくてカラオケなどにはあまり行かないし、行っても殆んど歌わないようだ。アチャー、彼女とカラオケっていうデートプランは無しかぁ。残念」っと、頭をかきながら本気で悔しがっている。
竜二は驚愕した。いつからコイツは探偵になったんだ?それも探偵よろしく事細やかに調べ上げている。それもこの短時間に。俺なんかまだ昼休みに買ったジュース(イチゴ☆オレ)を飲んでいるというのに。
俺はコイツと友達でいていいのか本気で心配になった。
しかしコイツのアホは今に始まったことではない。それに長尾洋子の姿を見せたのは誰でもない、この俺なのである。ここは腹を決めて卓真に付き合うしかない。
「それにしてもこの短時間によく調べ上げたなー。スゴイな。どうやって調べたんだよ?」
「フッフッフ。それは企業秘密なのだ」
怖いから聞きたくない。
「そ、そうか。それでどうすんだ?これから?」
「そうだなぁ。難しいなー。ああいう爽やかで可愛い子の攻略って苦手なんだよねー」
いやいや、キサマは攻略が成功したことがないだろうが。
「なんだ、こんだけ調べときながらなんもないのか?調べ損じゃん」
「うーむ」
「まぁ、無いなら直接会ってみるしかないな。そういえばタクって体力だけはあったよな?」
「まぁな。女の子を扱うには体力がいる(って、雑誌に書いてあった)からな。けっこう自信あるぞ」
「なら陸上部の練習に参加してみるとか?なんてな♪」
竜二は冗談で言ってみた。
「それだ」
卓真はいきなり立ち上がった。あまりの勢いで椅子が倒れたほどだ。竜二は急なことに一瞬何のことかがわからず立ちすくんでしまった。そして恐る恐る聞いてみた。
「た、卓真くん?それってなんのことかな?」嫌な予感がする。
卓真は竜二の方にくるっと向いて言い放った。
「今日の陸上部の練習に参加して仲良くなってくる!!」
その時の卓真の顔は、とても輝いていたという。
我が都立九流節高校は一応進学校である。だが『文武両道』を掲げているため部活動なども盛んなのである。進学校ゆえわりと校則などは緩く、髪型や髪の色などにはうるさくない。その証拠に卓真に至っては殆んど金髪のようだが、本人曰く地毛なのだそうだ。そしてこの学校は女子の入学倍率が男子より高い。制服が他と比べ可愛いのだ。まったくもって嬉しい限りである。
放課後になり、竜二は学校の裏手側にある非常階段の下でアホの権化、卓真を待ちながらタバコを吹かしていた。
ここは夏でもジメジメと湿っていて薄暗いが、それゆえ殆んど人が来ない。なので竜二達はよくここでタバコを吸ったりしている。卓真のアホなど枕まで持ってきて寝るほどだ。
しかし呼び出した張本人の卓真はまだいない。なんでここで待ってるかと言うと、それは帰りのホームルームが終わったあとに卓真が
「リュウ!今日はまだ帰んないで裏で待っててくれ!すぐ行くから!」と言われたからである。嫌な予感しかない。
真っ白な煙を真っ青な空に吹きかけ、そろそろ帰ろうかなぁっと思い始めたときに奴がやってきた。しかもジャージ姿で。
「待たせたなリュウ!色々準備してたら時間かかっちまった!なんだタバコなんか吸ってたのか?身体に悪いぞ!健康第一!」
やけにテンションが高い。見てて暑苦しいほどだ。
「やかましい遅いぞ。タバコはオマエも吸ってんだろうが。それにそのジャージどうした?今日体育なんかないのに」
竜二の声が耳に届かないのか、ニマニマしながら屈伸を始めている。あぁ帰りたい。
一体これから何をおっぱじめる気なのだろうか。不安だ。それに何かの袋まで提げている。
そんな竜二の不安を他所に卓真が「ヨッシャ!」と声を張った。
「よし準備完了!リュウ!今から陸上部の練習に参加するから!付いてきてくれ!」
やはりそれか・・・・。不安は的中した。
だがそれなら一人でもいいじゃないか。何で俺まで行かなくちゃいけない。それを卓真に言うと、
「1人じゃ不安だからな!」と、当たり前のように言った。
グラウンドでは陸上部がトラックに沿って走っていた。今日は他の部活が無いのかグラウンドには陸上部しかいなかった。陸上部の中にはもちろん長尾洋子その人もいた。
卓真は長尾の姿を見つけるやいなや「ほほーう」などと気色悪い声を上げて見つめていた。そして「んじゃ行こうか」とグラウンドの方に進んでいった。竜二もはぁっと溜息をつき、その後ろについていった。何やってんだか。足取りが重い。それに卓真が手に持ってる袋も気になる。
卓真は陸上部の顧問の先生らしい人に近づき話しかけた。
「すいませーん。陸上部の練習に参加したいんですけどいいですか?」
直球だ。全くもって無駄がない。ストレートすぎて見てるこっちが怖くなる。
顧問の名前はたしか武田だっただろうか。武田は急に話しかけられ一瞬ビックリしたが、その後怪訝そうな目で卓真を眺めた。完全に怪しまれてる。そして事実怪しい。しかも参加理由が長尾と仲良くなりたいからという不純ときたものだから武田の警戒は正解である。
武田は怪訝そうな顔のまま
「なんだね急に。練習に参加したいだって?ダメだダメだ。今我々は忙しいのだよ。大会も近いし。それに君みたいな奴は参加しても無駄だよ。すぐにバテるだろうね」
武田は卓真の申し入れを断った。まぁ当たり前だろう。こちらも無茶を承知で言っているのだから。
それにしても武田の喋り方は鼻に付く。さっきまでどうでもいいと思っていた竜二でさえむっとする。なにが忙しいのだよ、だ。
卓真はそれをものともせず笑顔のままそこを何とかと返した。
「ダメだダメだ。やめときなさい。それに君みたいな髪を染めてるような奴には練習についていくだけで精一杯だろう。今はそんな余裕ないんだ」
「この髪は地毛です先生。それに髪の色で能力が変わるとは思いませんけどね。それともなんですか?先生の言うこんな髪の奴に負けるのが怖いのですか?それなら諦めますが」
なんと安い挑発だ。こんな挑発で乗ってくるはずが
「なに?負けるのが怖いだと?そんなわけないだろうが。ふん、おもしろい。そこまで言うならやってみなさい。自分の自惚れに気づくってものさ」
乗っちゃったよ。卓真も卓真だが先生も乗るなよ。そんな安っぽい挑発に。
卓真は笑顔のまま「ありがとうございます!」と元気に言って屈伸を始めた。
やる気マンマンだなおい。
「君は何の競技が得意なんだ?」
「短距離です!物凄く短距離です!」
長尾に近づく為に短距離を選んだのはいいが、テンションが上がりすぎて少しおかしくなっている。武田は
「短距離か、それなら今練習してるから混ざってきなさい。おい!鈴木!ちょっとコイツと走ってみてくれ!」と鈴木という男子生徒を呼んだ。鈴木ははぁと言いながらこちらに駆けてきた。
「じゃあ今から100メートル走やるから準備しなさい。鈴木一応うちの大会選手だ。これで満足したら帰りなさい。どうせ勝てないだろうし」と言った。
あれま。主力が来ちゃったよ。そう思いながら卓真を見ると、
「先生!俺は長尾先輩と走ってみたいんですけど!」と文句をつけていた。
確かにそれが目的だがさすがにそこまで上手くいかないだろう。武田は
「長尾?長尾は鈴木よりも速いうちのエースだ。君となんか走らせるわけないだろう」といった。それはまぁ当然だな。
卓真は「チェッまぁいいや。次に長尾さんと走らせてもらおっと」などと暢気なことを言っていた。
そもそも卓真は速いのだろうか。体力測定の特もめんどくさいと言って適当にやるからその実力はわからない。それにしたって相手は陸上部。勝てないだろう。
竜二は能天気にスタート地点まで歩いている卓真に聞いてみた。
「おいタク!大丈夫かよ?勝てんのか?」
「あーぁ。長尾さんと走りたかったなぁ。誰だよ鈴木って。どの鈴木だよ」
まだそんなに鈴木出てきてねぇよ。よくいる名前だけど。質問に取り合わない卓真にもう1回話しかけてみた。
「だいたいタクは最高タイムいくつなんだよ?」
「タイム?うーんちゃんと計ったことあんまないんだよなぁ。めんどくさくて。いくつだろ?」
こんなんで勝てるわけが無い。今回は長尾さんに近づく前に消えそうだな。それにどちらにしたってフラれるわけだが。
「12くらいかな?」
12くらいっておまえそんなんで勝てるのか・・・ん?12?12秒!?
「オマエ100メートル12秒なの!?」竜二は慌てて聞き返した。しかし
その時にはもうスタート地点についていて返事をしなかった。
よそよそしくクラウチングスタートのポーズをとっている卓真を見ると嘘くさく感じる。やはり12秒というのは適当なのだろう。奴がそんなに速いわけが無い。
竜二は馬鹿らしくなり顧問のいるゴール地点に戻った。竜二に気づいた武田は
「君はなんなんだい?」と聞かれ、
「アホの付き添いです」と答えた。もちろん変な顔をされた。
周りにいた陸上部の奴らも面白そうだと野次馬で集まってきていた。傍から見れば卓真が道場破りでもしているような格好だしな。
そんな集まってきた陸上部を眺めていると、その中に長尾洋子もいた。
ほほう。近くで見るとより奇麗だな。周りの女子に比べると長身でいてモデルのようだし、長い黒髪を後ろで束ねてポニーテールにしている。爽やかであり凛々しい。
長尾が見てる中でタクは惨めな姿を晒すのか・・・・と、思いながらその時を待った。
武田が100メートル離れた2人の準備が整ったことを確認すると、おもむろにスタート合図の拳銃(名前は忘れた。そもそも名前あったのかな)を空に向けた。
晴れ渡る空に、突き抜けるような破裂音が響いた。
辺りは静まりかえっていた。なにせこの俺でさえ目を疑ったほどだ。今俺の前には1人浮かれた卓真が飛び跳ねているからである。
コイツの挙動の気持ち悪さに声が出ないわけではない。確かにそんな時もあるが今回は違う。
卓真は勝ったのだ。陸上部の佐藤・・・・じゃなくて鈴木に。それも呆気なく。見てるほうからすると卓真には余裕すら感じられた。
そもそも卓真は緊張とは無縁で入学式に寝るほどのデリカシーの無いアホではあるが、ここまでとは思わなかった。まるで、勝つのが至極当然当たり前のような感じだ。今目の前で「ひゃっほーい♪勝った勝った♪」とアホみたいに喜んでる友人が、俺の知らない人のように思えてくる。
武田が口を開いた。
「は、速い。うちの生徒でここまで速い奴がいたのか?確か1年の時の体力測定であらかた目ぼしい生徒には声をかけたはずなのに・・・・」
そらそうだ。その日に卓真と俺は遅刻したから急いで測定を行ったのだ。もちろん適当に。卓真なんて半分眠りながら走ってたようなもんだったしな。
それにしても驚いた。コイツがここまでやりよるとは。だいたい体力だって女の子にモテる(はず)為だからあるような事を言っていたがそれにしても限度ってもんがあるだろう。
これが愛の力なのか。いや、ただのアホなだけだろう。考えるだけ無駄だな。
竜二は溜息をついて変な視線を一身に浴びる友人の下へいった。
「すごいなタク!めちゃくちゃ速いな!驚いたぞ!」
「おぉリュウ!俺そんな速かったか?こんなに真面目に走ったのなんて女の子を追いかける以外久しぶりだぞ!」
多少なりともあったかっこよさもこれでは台無しだ。やはりアホであった。
「そ、そうか。うん、まぁ速かったぞ。鈴木君なんて今にも死にそうな顔してるぞ。それに他の奴らも驚いてる。ほら、長尾先輩も・・・・
「長尾せんぴゃい!?」
驚きすぎて言えてないよ。なんだよせんぴゃいって。
「そうそうほら。あそこで」
そういって俺は長尾の方を示した。長尾は口元に手を当てて驚いてる。お上品だね。
「ほほーう見てたのか・・・・・。フフフ。にゃるほどにゃるほど」と、何やら呟いた。
ゾクッ。またまたいやぁ~な予感がした。
卓真は気持ち悪い笑みを浮かべながら陸上部顧問の武田の下へ歩み寄った。
「せんせーい♪俺勝ちましたよ!どうでした?俺速いみたいですね」
なんだそりゃ。武田は多少困惑しながら
「そ、そうみたいだな。それにしても君はそんなに速かったのか!驚いた。陸上部に入部する気があるかね?」
さっそくスカウトかい。まぁそれもそうだな。可哀想に先生。卓真の目的が陸上部なんかじゃないのに・・・・。
俺は卓真が何を言い出すかハラハラしながら見守った。卓真は「そうですかそうですか。うーん」と考えてから
「とりあえずエースの長尾先輩と走ってみたいです」と言った。武田は
「そうだな、先生も長尾と比べてどう速いか見てみたいし。いいだろう。おーい長尾!今すぐ準備してくれ!」と、長尾を呼びつけた。
長尾はビックリした表情をした後、「あ、ハイ!」と返事をして駆けてきた。長尾洋子が近くにまでやってきた。
近くで見ると長尾はより奇麗だった。横を見ると卓真がニヘラニヘラとにやけているバカ面が目に入った。正直かなり気色悪い。
それにしてもうまい具合に事が進んだな。走ってどうするのか知らないが、一応長尾に近づけたわけだ。卓真の計画は順調に進んでいるのだろうか。
武田がスタート位置に付いて、今度はタイムも取るから、と言って二人は歩き始めたがその時チラッと卓真が俺のほうに向いた。その目からは《竜二!頼む付いてきてくれ!》というようなアイコンタクトが発しられた。このヘタレが。先生と話すときや走る時は緊張なんかしないくせに、意中の女の子と話す時は緊張するようだ。めんどくさい。
まぁどうせ付いていくだけだろう。仕方なく竜二は2人のとこまで行った。
何やら2人は話しているようだ。
「君けっこう速いね!2年生?」
「あ、はははひゃい!2年の星野卓真です!」
完全にテンパってる。見てて恥ずかしいくらい見事に緊張してる。あーおもしれ。
「卓真君かぁ。いい名前だね!私は洋子って言うんだ。よろしくね」
「よ、洋子先輩ですね!もちろん知ってます!学校では有名ですもん!」
昼休みまで知らなかったくせに。そして今は好きな食べ物までリサーチ済みだ。
本当に極端な奴だ。アホすぎる。
竜二は半ば呆れて2人を見守るように(正確には卓真だけを)しながらついていった。
2人はスタート地点に着いた。もちろん卓真はせわしない。なにせ長尾が近くて屈んでいるからだ。
そんな長尾を横目でチラチラ盗み見ながら卓真も屈んだ。だめだ、全然集中してねぇ。もはや走ることなんて眼中にねぇ。
しかも長尾が屈んだのがより悪かった。屈んだせいで長尾の体操着が緩んだのである。そして襟の部分に余裕が出来たのである。そこに卓真は凝視している。アホだ。完全に胸を見ようとしてる。
卓真の気色悪い視線に気づいたかどうかはわからないが、長尾が卓真の方に向いて声をかけた。卓真は焦って視線を戻した。
「卓真君、全力できてね!わたし速い人と走るの好きなんだ♪」
アッチャー。長尾さん、それは言っちゃいけねーよ。完全に卓真には変な風に変換されて届いてるよ。好きとかこいつの前で迂闊に言っちゃいけねーっす。
案の定卓真はすこぶる張り切って、
「わっかりました!了解です!全力でいかせてもらいます!世界最速でいきますよ!」ってなことを言い始めた。世界最速ってウサイン・ボルトか。キサマは頭のボルトが外れてるだけじゃねーか。
あーぁ。とうなだれてる竜二を他所に、卓真いまだにそわそわしている。誰か彼に集中力を上げてください。
運命の瞬間。顧問武田がピストルを上に向けた。そして、乾いた音が鳴り響いた。
長尾は全力でスタートした。卓真も全力でスタートした。
長尾はしっかりと前を見据えている。卓真はやはりチラチラ余所見している。
長尾は力強く地面を蹴っている。卓真は力強く足を滑らした。
卓真は全力でスタートし、全力で滑って、そして全力で頭からこけた。
辺りはまたもや静寂になった。長尾はまだ走ってる。気づいていない。
長尾の走っている音だけが、グラウンドに響いていた・・・・。
竜二は保健室の臭いは嫌いじゃない。ばい菌を消毒する消毒液の臭いが充満している保健室は、とても清浄な気持ちになれるからである。
そんな清潔感溢れる保健室に、清浄でも正常でもないと思われる男がベッドに寝ていた。おでこにでっかいバンソーコーを貼り付けながら。
あの後盛大にこけた卓真はよほど強く頭を打ち付けたのか、気絶していた。急いで側に駆けつけた竜二が抱きかかえると、その顔は心なしか幸せそうに見えたという。
そのあと竜二が背負って保健室にまで運んだのである。運んでる最中、陸上部の人たちの顔が目に付いた。その顔は酷く困惑していた。そりゃそうだ。
いきなり来て参加させろといって、最後は気絶して運ばれてるのだから。何しに来たのかわかりゃしないってもんだ。
そんなことを考えながら竜二は保健室のソファで寝そべっていた。養護の先生はさっきまでいて竜二にお茶を出してくれたりしていたが、職員会議か何かで出て行ってしまった。やることも無くボーっとしていると、ベッドの方から不快な声がした。
「ぶっは!長尾先輩好きです!俺と付き合ってください!ってあれ?長尾先輩どこだ?てかここどこだ?」
稀に見る不愉快な起き方で卓真は目が覚めた。てか気絶してたんじゃないのか?なんで寝起きっぽいんだコイツは・・・・
「やっと目が覚めたかアホタク。もう外暗くなってきてるぞ」
竜二がそう言うと、卓真は寝惚けた声で
「あれ?俺なんで寝てんの?走ってたんじゃなかったっけ?長尾先輩と。あれ?」
完璧に覚えてないようだ。竜二は全部説明してやった。
「はぁ!?俺気絶してたの?!こけて!?だっさ!」
テメェのことだよ。さすがに慌ててるようだ。いい気味だ。
「な、なんてこった。長尾先輩の前でそんな醜態を・・・・あぁもう死にたい」
まぁ仕方ないだろう。気絶しちゃったものはしょうがない。
それから卓真は俺のカバンは?と聞いてきた。俺はベッドの横に置いといたと伝えた。一緒に持ってきた謎の袋も一緒だとも言った。
するとベッドの方から溜息が聞こえてきた。
「あーぁ。そうだよなぁ。せっかく長尾先輩のためにシュークリーム持ってきたから一緒に食べようと思ったのに・・・・。」
どうやらあの袋の中身は先輩の好きなシュークリームが入っていたらしい。いつの間に用意したのだろうか。
まったくこのアホは・・・・竜二は一個くれと言って、卓真からシュークリームを一つ受け取った。二人でむしゃむしゃ食べたシュークリームは、やたらと甘く感じた。
今回は学園コメディものを書きました。テンポよく軽快に読めるように心がけてみましたけど、上手くいっているか心配です。高校生はいいものです。私は高校時代が1番好きですね。いつもバカやってた気がします。今もだろって言われたら言葉はないですが。
もう少し短く収めるつもりが少し長くなってしまいましたけど、読んで頂いてありがとうございます。
卓真君や竜二君の活躍が少しでも面白いと感じた方は、よければ感想書いて頂くと尚嬉しい所存でございます。
ありがとうございました♪ 拝島ハイジ