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好きな乙女ゲーム
現実の自分は薄給のパート。
しかし一人暮らしの気楽さで好きなことをしている。
服やコスメに全く興味もなく、髪も自分で切ってる為食費光熱費家賃以外に金はかけてない。
乙女ゲームだけは別だ。
私がやってる乙女ゲームは物語を読んでいくのだが、物語の続きを読みたければ、物語に出てくる小物を手に入れなければならなかった。
その小物集めが大変で課金するか、少しずつお金を貯めて買うかしかなく
中には無課金を貫き、物語をゆっくりと読み進める強者の方もおられる。
加えてこのゲームは他のゲームと同じく、友達を作ることが前提となっていたた。
イベントが定期的にあるのだがそれは普段の話と違い特別な話が読めるのだが、無課金で行くと、やはり読むのに必要な小物が出てきて、それが手に入らずどうしても初期で止まってしまう。
しかもイベントなので期間限定なのだ。
地道にゲーム内コインを集めて買うには時間がなさすぎる。無課金だと必ず時間切れで途中で終わってしまう。
その為に下駄を履く必要がある。
その下駄とは力のある友人を作り、その人に招待される形でイベントの物語を読んでいくと言うものだった。
私は最初はゲームの進め方も何もかもわからず、イベントというから興味を持って入ってみると早々に詰まってしまった。
その為、とにかく少ない自由に使えるお金のうちこれだけと、少し課金をしてみた。そうしたらまた課金要求が来たのでまた悩みつつ課金して小物を買って結局そこそこの金額を使い物語の最後まで読んだ。
数千円で済んだが、それでも安くない。散財してしまったなと思った。
するとしばらくして、何人かの人から友達申請が来たのだ。
わからないので適当にお友達になる許可を出したら向こうから話しかけてきて会話は成り立っていたが、なんでこんな制度になっているのか不思議だった。
次第に前述の様な仕組みに気がついて、要するにイベントで自分を招待してもらう為に集まってきたということかと思った。
このイベントは相手も自分と同じくらい課金していたら、お互いの力で楽に先に進めて最後まで読めて上がれるという仕組みなんだとわかったが、相手が課金していないとその人が物語を読める様にその人の為に課金するという妙な具合になるのだ。
勿論そんな義理はないので断ればよいのだが「お金がなくて涙」と言われると断りづらいという仕組みになっている。
中には自らかなり課金して大量に『友人』を作っている人もいた。
集まった人達は皆彼女?に感謝していて正に親切な女神状態だった。
しかし一体どれだけ人の為に課金しているのだろうか。正に女神だ。
無理をしてなければ良いが。
イベントも課金額が変わるようで、高いものもあればそんなに高くないものもあった。それでも数千円はかかったが。
自分だけの力で最後まで上がる為に上限を決めないと駄目だなと思いつつ、これぐらいならなんとか出せるものに限って参加していた。
しかし、どうにもこの友達制度というのが煩わしかった。
断りにくいのでイベントで招待して欲しいと言われたら受け入れていたが、どう考えても私がその人達の為に余計に課金している実態を考えると、現実は薄給のパートだ。
他に出費もせず娯楽といえばこれだけだから出せるだけだ。
スマホも格安だ。
どうにもモヤモヤする。
その人達の目的はイベントで下駄を履かせてもらう為に集まってるだけなのだ。
たまたま見てしまったが、他の知らない人とその友達になった人がチャットしていて私の事が話題になっていて、あまり良くない言い方をしていてげっそりした。
それでも物語が読みたい一般のユーザーなだけで悪気はないのは分かるので、まあうわさ話位するだろうとそのままにしていた。
あるイベントで、友達の一人が妙な動きをしている事に気づいた。その人は別の力のある人にも招待されている3人位掛け持ちの人で上がる寸前の状態だった。
しかし、何故か上がらない。普通なら最後まで物語を読むためにすぐ上がるだろう。
実生活が忙しくて止まっているのかなとも思ったが、ログインしていて、会話をしていたのもわかった。そこにいるのだ。
でも上がらない。
その人は前から自分は貧乏でと、よく話していたが多分私の方が実生活は質素で貧乏だろうと思って聞いていた。
すると、同じような話をほかの力のある人にもしていて、そこまでして読みたいのになぜ上がらないのかと思った。
すると、掛け持ちのうちの誰かが課金したのだろう、あとの二人は既に課金して先に進んでいた。
三人課金した時点で即座にその人が上がって感謝を述べていた。
どういうことだ。
その人は掛け持ち三人もせず、一人に頼んでいても上がれる寸前だった。
どういうことだろう。
思い過ごしかもしれないが、自分が上がれる状況なのに、必要もないのに複数の人に課金させようとしてるのかなと思った。
あくまで妄想だが動きがおかしかったので。
あくまで嫌な妄想だが。
しかし、それがきっかけで急にアホらしくなってしまった。
「やっとられんわ」
このゲームは好きだ。
話は面白いし、キャラはかっこいい。絵もきれいだ。
でも、この友達制はないなと思った。
なんか現実の縮図というか打算が見え隠れして私には合わん。
乙ゲーぐらいそんな生臭い現実から離れたかった。
極めつけがこの一人の『友達』の不審な動きだ。
私は友達の皆に宣言した。
「1人のほうが気が楽なので、これからは一人になります。すみません」と。
皆それぞれ「なんとか友達でお願いします」「残念だけどお元気でね」など声をかけてくれたが、なんとかお願いと頼んでくる人には申し訳なかったが、友達制度自体が運営のゲームを止めさせない、ユーザーを逃さない手法と分かったので全員とお別れした方が楽と思った為、丁寧に、しかし容赦なく「すみません。今までありがとうございました」と言って、全員解除していった。
中にはこちらから解除される前に向こうから解除していった人もいた。
見ると、私に対する良くない言い方を陰でしている人だった。
陰口は頂けないが、この人は陰口の内容から普通のユーザーとその噂話でわかったので、意味不明な動きをする人より変な意味だが安心できた。
そして一人になった。
凄く気が楽になった。
イベントは好きなものを選んで参加することにした。
すると、気がついたが私のようなお一人様で課金しているユーザーもいることが分かった。
友達制が煩わしいと思っているのかなという人がこれだけいると思うと、親近感が湧いた。
最終章まで行くのに一人ではかなり課金しなければならないイベントもある。
参加してから気付くと『しまった』と思った。
お一人様課金ユーザーは私がそうだが、そこで課金するか迷うのだ。
進行状況で相手の気持ちが自分と重なって凄く理解できた。
それでひらめいた。
力が同じなら、お互い補い合ってこれ以上課金せずに楽に上がれるのだ。
私はそのお一人様ユーザーさんを探して、駄目元で、イベント仲間申請をしてみた。
これが自分から申請する初めての仲間申請だった。
無視して自分で課金して上がるユーザーさんもいたが、乗ってくれる人も何人か出てきた。
相手も私の意図が分かったのだろう。
お互い無言で力を分け合う。スッキリしたものだ。
これこそ仲間というものだ。
お陰でそれ以上課金せずに自分もその人達も上がれた。
『これだ』と私は思った。
それから、私はその会社が出している他の乙ゲーにも参加することにした。
勿論友達はもうゴメンだ。
イベントがあると自分から相手をスカウトというか、申請していく形は性に合っていた。
面白いと思ってやっていたゲームの中で、あまり乙ゲーの相手では見かけない性格設定の、個性的な男性キャラがいた。
男性だが立ち位置としては脇役になるのか。
相手役の一人が可愛がっている年下の従兄弟という立場だった。
相手役は、よく見かける明るくて爽やかでしっかりしたお兄ちゃんタイプ。
しかし申し訳ないが、私はあまりそのキャラには興味がもてなかった。
私は脇役扱いに見える年下のいとこキャラのルート、つまりそのキャラが相手になる物語か、イベント内で物語が出る事を楽しみにしていた。
しかしある日、衝撃的なお知らせを見た。
その従兄弟がいる乙女ゲームが終了するというのだ。
終了?終了ってどういうこと?
もう配信終わるの?
なら、あの従兄弟くんのルートはないまま?
その乙ゲー自体人気がなかったのか、そのキャラルートのイベントがないままにその乙女ゲーム自体が終了する事になった。
自分でもあほらしいが、かなりショックだった。
これが日々の癒やしでパートも頑張ってこれているのだ。
他にも乙ゲーはやってるが、今の一押しはこのゲームでこの従兄弟くんだったのだ。
日頃パートといえど仕事でパワハラもある。
長年パートをしてきたせいか、ベテランとして自分が新人に教えたりしても2日で辞める人もいるし、新入社員さんを教える事は気を使うしパートや社員無関係で難しい人もいる。上司は悪口好きで何かといえば同僚の陰口を言ってるし、それに反応しない様にするのに疲れる。
私の反応が悪い事が気に食わないのか上司が何かといびってくるようになった。
なんで年下の上司にいびられながら新人教育は丸投げさせられるのか。
こんな状態の自分がなんとか頑張れているのはこの乙女ゲームに元気をもらってるお陰なのだ。
その中でも一番ハマってるキャラがいる乙女ゲームが終わる。
お客様の声として、なんとか続けてもらえないかと嘆願もしたが駄目だった。
自分の気を紛らわせるために、主人公はこの贔屓キャラが相手ルートの話を自分で考えて書くことにした。
正直言えば、この贔屓キャラは陰気だ。
だから多分そのゲーム内でもあまり人気がないキャラだったとは思う。
でも自分は好きだったのだ。
明るいとかたくましいとかカッコいいとか言うキャラは沢山いて区別もあまりつかないが、こんな陰気で弱気で自己嫌悪が強い、またブツブツ独り言を言ったり言動が少し怪しく、でも好きなものには集中力が半端ではなく、心根は優しく真っ当な性格、何より脇役扱いなのに相手役ルートとして存在する従兄弟の立場なのに、ユーザーの事が大好きなキャラという他に類を見ないキャラ設定は彼しかいなかった。私は物語を書くうちに、なんでこのキャラもほかのキャラ達も生きていたのにその世界が消滅させられなければならないのか怒りと理不尽さがふつふつと込み上げてきた。
勿論人気がなかったから終了なのだろうが、キャラにとっては生殺与奪権に関わる話で、耐えきれず、この世界自体を救わなければという気になってきて、このゲーム自体を私が救うのにはどうしたらよいかという、ゲーム内の物語を飛び越えた所も自分が妄想した話の中に組み込み始めた。
現実は別に人望も金も実行力もないただのパートだ。
それでも怒りと焦燥感と哀しみが収まらない。
情けない妄想話とは思うが、私には必要な作業になっていた。
ゲーム復活の為に出資者を募ったり、ゲーム会社前にデモ行進したりという、あくまで妄想だが考えつく限りの方法を自分がそのゲームを復活させたい一心で何でも試してみる描写を書いていった。
仕事中も別脳でどんなふうにそのゲームを守ればよいか、消滅の危機を無くすにはどうしたらよいかとか考え続け、家に変えればそのことを書き留めていった。
ある日仕事疲れのまま少し残業も必要になり残業し、熱があるのか体調も悪く家に帰って、食欲もないので何も食べず、意識朦朧としながら話の続きを書いていたら、意識朦朧としていたせいか、私が好きなキャラが自分の目の前のベッドに座っていた。
信じられなかった。
ベッドの沈み具合も影も現実にいる本物としか思えない。
しかし姿は漫画イラストだ。
シュールだ。
その『彼』が声まで出したから私の思考は停止した。
ボイス式のゲームではなかったので、初めて声を聴くことになるが、しかしこれは妄想としか思えないので彼の声というのも変な気がした。
が、さすが自分の妄想、自分の具現化していなかったのに、想像通りでそれも驚いた。
「ぼ、ぼくの事を好きになってくれてありがとう。とても嬉しい。すごく嬉しい。兄さんには悪いけど、本当に嬉しい。でも、もう僕達には時間がないんだ……。もうじき僕達の世界は存在しなくなる。ぼくに出来ることがあれば何でもするから、僕の人気がないせいでゲームが終わるなら、僕は消えても良いから、兄さん達は助けてほしい。なんとかしてもらえたら、ぼくはどうなっても良いから」
彼は何を言っているのか。
私は怒った。
「何言ってるのよ!私がこんなばかみたいなことしてるのも、あなたとのルートをやりたいからよ!!少ないかもしれないけど、あなたを好きなユーザーは私以外にもいると思うから。いや、絶対いるよ!だから、そんな悲しいことは言わないで。なんとかあなたの大切な従兄弟のお兄さんもあなたも含めてあなたの世界を守りましょう」
なんの根拠もなく、ありえない状況なので夢としか思えないのだが私は贔屓のキャラを説得していた。彼が自分は消えてもいいなんて言うからだ。そんなキャラだから好きになったのだ。
なんとしてもこのゲームを潰させない。
そして、彼のルートを作ってもらう。
私は、自分が書いているゲーム復活の話の中にその会社の社長達を登場させることにした。
そして私は正攻法でいってもだめだと思い、その会社のパートになることにした。そうしたら社長にも近づける機会があるかもしれないし、企画会議に潜り込めれば中止決定を覆す事ができるかもしれないと思った。
ゲーム会社で働いたことなど無いので環境や仕事内容などまるきり想像で書いた。
実際は全然違うだろう。
その自分で考えて書いていた架空の会社がある世界に。
いつの間にか私はいた。
眼の前には大きな社屋のビルがあった。
あのゲームの会社名だ。
「こ、これ現実のあの会社じゃないよね。今まで家に居たはずだし……。夜が、いきなり昼だし」
思わず自分の姿を見たが、あの部屋着のままはともかく、一応いつ履いたのか、靴は履いていたのでホッとした。
靴下のまま歩道に立つのは不審者だし、素足ではないが靴がないと物理的に足が痛い。
「こ、ここが、ぼくたちの世界を作った会社なんだね……」
不意に横から声がして、心臓が止まりそうになった。
「びっっくりした……。従兄弟くん、あなたもここに飛んできたのね」
「う、うん。あなたと一緒に来てしまった様です」
でも彼は姿はまんまイラスト、少女漫画だ。
この世界は架空の世界の様だけど、現実そのものに見えるから彼は周囲との浮き方が凄い。他の人が見たらどう思うか……。
と、周囲を見渡したら何人か通行人が通り過ぎているが、誰も彼のことは気に留めていないというか、驚いた事に私は避けるけど、彼のことは避けず、物理的にあり得ないが姿が重なって通り過ぎていった。
いわゆる彼は透明人間か幽霊状態なんだろうか。
しかし姿が少女漫画なので、シュールというか全く怖くない。
「ぼ、ぼく、多分、あなたの世界でもだろうけど、この世界でもあなた以外に見えてない様だね。見られたら大変だと思うから、良かったけど」
「そうね。私はあなたが見られてラッキーだけど」
なにせ二次元の推しが現実にそばにいるのだ。
こんな眼福で幸せなことはない。
日々ゲームで会えていた活力どころではないが、事態が事態なので平静でいられた。
「ほ、ほんと?嬉しいなあ……」
彼は本当に嬉しそうに静かに笑った。
「いや、同年代の女の子じゃなくてこんな三十路おばさんで、ごめんね」
「か、関係ないですよ。あなたとても若く見えるし、ぼくの世界では一回り上の人とのお付き合いや婚姻なんて当たり前だし。ぼ、ぼくはひきこもりでそんな話も無かったけど……」
そうだった。
彼の世界は時代設定は分からないが、第一次世界大戦辺りの西欧風?
洋服も少しアンティークな感じがする。
でも一回り違うカップルが脇役でいたはず。
大抵は女性の方がずっと年下で若かったりするが。
乙ゲーだから、私と同年代かそれ以上のユーザーも多いだろう。
「大丈夫。あなたは私の推しなんだから、もっと自身持って。そりゃ、あなたの従兄弟のお兄さんよりは少ないかもだけど、私みたいなファンは他にもいると思うよ?」
「あ、ありがとう……」
そう言って、彼は不意に俯いて暗い表情をした。
現実を思い出した様だった。
「元の世界に帰れるのかな……。でも、その世界もいつ無くなるか……」
「そうね。なんとかしないと。あと、私も今は異世界にいるんだから、帰れるかわからないのはあなたと立場はおんなじよ。お互い帰りましょう。というか帰れる気がするわ。その前にやることやらないと。あなたの世界をなんとかして守らないと、私の日々の活力にも関わってくるから」
自分がよくわからなかった。
私、こんな性格だったっけ?
我ながら人からどやされることはあっても人のお尻を叩いて励ますタイプではなかったはず。
金無しやる気なしの、ただのパート女じゃなかったっけ。
火事場の馬鹿力と言うやつだろうか。
推しの世界消滅か否かが私にかかってると思い込んでるからだろうか。
「あ、ありがとうございます。ぼくが出来ることがあれば、何でもします」
「うん、ありがとう。さて、まずは会社に直談判か、バイト募集でもしていたら潜り込むかよね。中に入ってみましょう」
ビルの受付ホールは吹き抜けでおしゃれだった。
重課金ユーザーも多いだろうし儲かってるのかな。
などと邪推してしまったが、お金があるならあのゲーム配信停止はやめてほしかった。
と考えて、これはあくまで私が妄想した世界でのあの会社の社屋に過ぎないと気がついた。
『私って、偏見持ちよねえ……。実際はもっと質素な会社かもしれないのにこんなお金がありそうな妄想するなんて』
と、少し反省した。
「あのー」
「いらっしゃいませ」
とにかく受付の人に直撃するのがてっとり早いかなと聞いてみようと思った。
「こ、こんにちは。あの、私、御社のゲームのファンなんですが、こちらはバイトかなにか求人募集されていますか?すみません、調べずに来てしまって」
「は? あ、いいえ、構いませんが、募集……。そうですね……。弊社では募集はございませんが、弊社に入っている清掃会社から派遣されてきた方が今月で田舎に帰ると先程耳にしたので、まだ代わりの人は決まっていない様ですし、そちらに当たって見られるのはどうでしょうか。清掃の仕事がお嫌でなければですが」
「清掃ですか。いや自分の部屋は散らかって……、いえいえ、仕事となれば、嫌ではないです! 当たってみます。そこの連絡先を教えてもらえますか?」
「分かりますが、まだ清掃の方が帰っていないと思うので、その方に直接聞かれるのが確実で早いかと。少々お待ち下さい」
と言って、受付の女性はどこかに内線をかけてくれた。
「あ、柳井さん、いらして良かった。いま大丈夫ですか? 弊社の清掃の仕事がしたいという方が今受付に来てらして、柳井さんの会社、確か新人の方を募集してましたよね? ええ、お若い女性の方です、あ、ちょっと待って下さいね」
受付の女性は私を見た。
「履歴書はお持ちではないですか?」
しまった。当然だがそんなものはない。
「す、すみません、持ってきて……あれ?」
いつの間にかリクルート用のカバンを持ち、いつの間にか先程の部屋着から姿もリクルートスーツ姿になっていた。
凄い。私は魔法使いかこの世界では。
そうしたらもしかしたら鞄の中には。
「あ、ありました!履歴書!」
誰が書いたんだ。私は書いてないよ。
「そうですか。あ、柳井さん、お持ちだそうです、履歴書。今大丈夫なら下に来てもらえますか?それともこの方にそちらに行ってもらいましょうか」
「あ、私、行きます! 何処に行けばよいですか?」
「そうですか。あ、柳井さん、そちらに向かうと言ってくれてます。では、ええと」
「近藤です! 近藤楽花、こんどうらくかです!」
「わかりました。近藤さん。15階の給茶室に行ってもらえますか?奥のエレベーターで15階に行ったすぐ横にあります。ネームプレートがありますのでわかると思います。私はここを離れられないので案内できなくてすみませんが……」
「大丈夫です! ご親切に本当にありがとうございます!」
「いいえ。良い結果になりますように」
彼女はニコッと笑ってくれた。
流石受付のプロの方だ、親切で丁寧で印象が最高だわ。
「はい!ありがとうございます!」
「す、凄い、近藤さん、行動の人だね」
横でやり取りをじっと見ていた彼が声をかけてきた。
「いやもう、私もわけ分かんないけど、やるしかないじゃない?」
私は受付の人が怪訝に思わないようにヒソヒソ声で返した。
「せ、清掃の仕事の経験は?」
「ぜんぜん。あの部屋見たでしょ、推しに見せる部屋じゃないよねえ」
「ぼ、ぼくの部屋も似たようなものだよ。でも大丈夫?」
「なんとかなるでしょ。落ちたらまた別の手で潜り込むわ」
「凄いなあ……」
いや、火事場のなんとやらとおもうわ。
私もびっくりしてるし。
そのうち電池が切れて反動が怖い気も我ながらするけど。




