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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
一年目「孤立」

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第7話「議論」

盗難事件が処理されてから数日が経った。


教場の空気は、目に見えるほど変わったわけではない。


笑い声が増えたわけでも、俺と周りの距離が縮まったわけでもない。


俺が何を言い、どの程度まで読め、どこまで使えるかという機能確認に近い視線を常に感じる。


居心地の悪さを感じながらも、今日の一限目である刑法演習が始まった。


「本日は事例討論を行う。資料に記載の通り、6人1組で取り組め。評価方法を明確にしておくが、結論50%、思考過程50%だ。」


関が資料を配布しながら続ける。


「今日のテーマは窃盗だ。なぜ窃盗かと言うと、事件の基本は盗犯だからだ。」


関が資料を配り終え、教壇の中央に立つ。


「被疑者の顔が分からない状態から捜査が始まり、他罪との兼ね合いが多く、そして発生件数も多い。刑事系の幹部としての必要な物を習得することを意識しろ。」


俺は配られた事例を一読して、わずかに口角が動く。


題材はある学生寮内、居室侵入からの私物持ち出し事案。


被疑者は寮生である、との但し書きもついている。


あからさまな資料内容に、教場内ではざわめきが広がる。


「……資源くん。タイムリーだね。」


朝倉が小声でニヤついてきた。


関は無表情のまま続ける。


「配布した資料を読み込んだうえで、条文に即し、構成要件を整理して、刑責をまとめろ。」


そうして、指定された通り、6人づつが同じ机を囲む。


俺と同じ班は、横峯、朝倉、干川、姫野、最上。


沈黙の中、朝倉が先に口を開いた。


「さてと、どうやって進めようか。役割とか決める?」


干川がそれに反応する。


「構成要件該当性だけ纏めるなら雑多に話した方がいいんじゃない?」


「それだけじゃ無い。題意に沿えば、罪数も考慮する必要がある。」


俺の発言に最上が食いつく。


「それは後でいいでしょ。優先すべきは犯罪の成否でしょ。」


「なら、紙を2枚真ん中に置いて、片方を侵入の罪、片方を窃取の罪で分けた方が早いな。」


俺が最上の意見をそのまま採用し、進め方を提案すると、横峯、朝倉、干川が頷いた。


「じゃあ、まず侵入の罪からね。」


朝倉がそう言うと、横峯が口を開く。


「共用部分への立ち入りは内部生徒なら通常許容される。でも居室は管理権が個人に帰属する。だから、住居侵入が成立するよ。」


淡々と話しているが、その構造は数日前に俺が提示した整理と同型だった。


朝倉が小声で「それ、資源くん方式?」と言った。


「……逐条に書いてあるだけ。」


そう言いながら、横峯は視線を動かさない。


「検討不足でしょ。寮の居室が人の住居にあたるかと、無施錠でも侵入に当たるのかがいるでしょ。」


最上が横峯と俺を睨みながら冷淡に言った。


「判例上は、公務員宿舎の共用スペースも住居の一部として認められてるから、寮の居室の住居性は問題ない。」


俺は、最上の視線を気にせずに続ける。


「そして、侵入の意味は、管理者の許諾が無いなら無施錠でも侵入に当たる。」


最上は俺の説明を黙って聞いていたが、言い終えると「あっそ。」とだけ言い放った。


それを見ていた干川が「じゃあ後は窃盗の方?」と議題を動かす。


「持ち出しが一時的利用目的なら、窃盗に当たらない?」


朝倉が小首を傾げた。


「いや、不法領得の意思の有無は、経済的価値だけでなく利用価値の排他的享受も含むよ。」


横峯がそう言いながら、刑法の逐条を開いて説明した。


時折、俺と視線を合わせていたことから、少し自信が無かったのかもしれない。


「でも、判例は占有侵害の程度も見る。単なる使用窃盗なら成立しない可能性もあるでしょ。」


俺と横峯の様子を悟ったのか、姫野が冷淡に話し始め、なおも続ける。


「領得意思の理屈は分かる。でも、実際の現場は条文通りには動かないよ。占有の程度なんて、被疑者の供述次第で揺れるものでしょ。」


俺に向かっていた姫野の視線が一層鋭くなった。


「だからこそ、条文の理解が前提になるんだろう。」


俺は視線を姫野に向けた。


「……供述が揺れても、客観事実で再構築できる。条文と判例が軸になる。侵入窃盗の場合、被疑者供述で占有意思が薄くても、不法領得の意思が認められる。他罪を犯してまで手に入れたんだからな。」


沈黙を一拍置いた後、俺は正面からの異議を放った。


班内の空気がわずかに硬直したが、姫野は俺から目を逸らさない。


「現場も知らないくせに。」


「近しいものはこの前経験した。」


俺たちの短いやり取りを、関教官の視線が捉えているのが分かる。


数秒視線が交錯していたが、最上が整理に入る。


「結論は、住居侵入+窃盗の牽連犯の刑事責任を負う。ただ量刑は被疑者の情状面や占有の程度が評価軸となるため、捜査対象とすべき。ということでいいかな?」


全員が頷き、討論は形式上まとまった。


そして、班の発表が終わり、関による講評がされる。


「負うべき刑責に至るロジックは問題ない。捜査事項を構成要件該当性だけでなく、量刑で考慮すべき点にも触れているのも良い。」


関教官が持っていたメモ板を机に置いた。


「法上の観点は横峯、議論すべき部分を提示した朝倉、うまくまとめた最上、そして姫野と佐藤の議論と、短時間だが良かった。」


横峯の口角があがり、朝倉は肩をすくめ、最上の眉がわずかに動いた。


姫野は無表情のまま前を向いていた。


干川が「資源くんから聞いとけば、私も評価対象になれたのにぃ。」と軽い口調でおどけて見せた。


そして、全ての班の発表と関の解説が終わった。


「この時間は、以上とする。間違いを導いた班は必ず関連判例を読み込んでおけ。」


終了の号令と共にチャイムが鳴り、皆が荷物を整理する中、関が言う。


「佐藤は残れ。」


ざわめきはないが、俺に視線が一斉に集まる。


俺が立ち上がると、他の学生は教場を出ていく。


横峯だけが一瞬こちらを見たが、何も言わない。


最後の学生が扉を閉めると、関は教卓に両手を置いたまま、数秒沈黙した。


「本来、利害関係人である佐藤には示達しないことではあるが、……今回は『被害学生のメンタル安定のため』という名目で伝えることになった。」


そう前置きをして、関は事務的な声で言葉を続ける。


「盗難事案の処分が決定した。……当該上級生は懲戒退校、但し刑事事件としては扱わない。」


想定通りだった俺は、黙って聞く。


「理由は3つ。被害が軽微であること、初犯であること、本人が猛省していること。……そして、もう1つ。」


恐らく、関が上から言われた3つの理由以外に、思うところがあるのだと判断し、俺は黙って続きを待った。


「……組織防衛だ。……外部公表はしない。記録は内部限りだ。聡明な佐藤なら、意味は分かるな?」


その言葉は、感情を含まないが圧があった。


「承知しました。」


「異議・要望等の申し立てはあるか。」


「ありません。」


俺が即答したことで、関の目が意外だと言いたげに見開かれた。


「……刑事でやらない理由、佐藤の口から確認のため、説明しろ。」


「警察大学校の学生として一定のモラルが有り、再犯可能性は低いという判断があったと察します。金銭的価値も低い物であり、被疑者としては退校処分で十分です。事件化は公表対象であり、全国の警察組織における管理責任問題として、信用失墜につながります。」


俺が淡々と述べるほど、関の目が細くなる。


「……お前……お前は、女から加害を受けた被害者だぞ?感情はないのか?」


「制度判断です。個人的感情を抱くに値しません。」


「怒りは?」


俺は求められている回答を数秒考える。


「管理不備への不信はあります。」


「個人への憎悪は?」


「合理性がありません。」


静寂が数秒訪れ、関教官は椅子に腰を下ろした。


「お前は常に理屈で考えている。」


関の口から出たのは、直接的な否定ではなかった。


「だが覚えておけ。刑事は、怒りや悲しみといった感情を理解し、寄り添わなければならない。」


「理解はしています。」


俺の言葉を受け、関教官は書類を閉じる。


「今回の件で警備体制は強化される。夜間巡回、カード認証二重化。SPも増員だ。」


「私の意思は反映されますか。」


「安全は個人の意思裁量ではない。お前は警察官である前に、国家資源だ。」


関の事実確認のような声を受け、胸の奥で何かが冷える。


『国家資源』という言葉は個人名を必要とせず、そこには被害者も、当事者もいない。


ただただ、管理対象があるだけだ。


「理解しています。」


「理解している顔ではないな。」


「適応します。」


それを聞いた関はいつもの表情に戻り、立ち上がった。


「今回の処分は、お前を守るためでもあり、組織を守るためでもある。……だが忘れるな。国家資源であっても刑事を目指すなら、守られる立場に甘んじるな。」


「はい。」


「以上だ。」


俺は敬礼を下ろしながら、自分が何であるのかを一瞬だけ考えた。


そして、教場を出ると、空気の重さを感じた。

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