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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
一年目「孤立」

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第6話「入口」

盗難事件の噂は瞬く間に広がっていた。


その証拠に、講義開始前の教場の空気は、わずかに変質していた。


嘲笑も憐憫もなく、ただ距離だけが残った。


言うなれば、視線は値踏みから観察へと変わっていた。


俺はそれを受け流して席に着くと、朝倉が机を指で叩く。


「ねえ、資源くん。あのロジック、どうやって思いついたの?」


朝倉の声色は軽いが、以前より角が取れている。


「思いつきじゃなく、可能性を消去しただけだ。」


「消去?」


「機会と動線。持ち出せる者は限られる。あとは客体の処分についてだ。」


「へえ。理系っぽい。」


話を聞いていたのか、干川が露骨に身体を寄せてくる。


「でもさあ、ああいうの危なくない? 上級生相手に。」


「ここの入校生なのに、侵入窃盗をする輩だ。危険性を考慮して教官に報告した。」


「国家資源様なのに冷静だよね。」


これは褒め言葉等ではなく、世界観の確認だ。


近くにいた姫野は何も言わずに、視線だけそっと向けてきた。


最上は資料から目を上げずに一言だけ落とす。


「机上の分析は、現場では通用しないんじゃない。」


その言葉に俺は反論はしない。


実務を支えるのは法の理解と判断だ、等と今説いても仕方がない。


それどころか、生意気な国家資源としてのレッテルを貼られるだけだ。


俺たちの会話に入ってこなかった横峯は、隣の席に座って黙って聞いていた。


---


今日の講義が終了し、自由時間を迎えた。


身体を鍛える者、余暇を楽しむ者、勉学に励む者と様々だ。


俺が学習室に足を踏み入れると、中は静まり返り、鉛筆が机を叩く音とページをめくる音だけが響いていた。


入口付近に座っていた女生徒が俺に一瞥くれるも、すぐに視線をそらし、机に向き直った。


俺は人目に付きにくい奥の机を選び、刑法逐条解説を開いた。


しばらく六法を眺めていると、対面の椅子が引かれた音がする。


俺が視線を上げると、横峯が微笑みを浮かべていた。


「居てくれてよかった。少し、いい?」


俺が頷くと、横峯は座ってノートを開く。


そこには俺の盗難事件のあらましが記載されていた。


「私が関教官から聞いて、分からなかったのはここ。」


赤線が引かれている箇所を見ると、侵入と窃盗の成立要否について記載されていた。


「佐藤は関教官に話した時、住居侵入+窃盗だと断じたって聞いたよ。でも、警察大学校の寮っていう特殊な空間で、構成要件の整理が出来なくて。」


「なるほど、具体的に何を考えたのかがここか。」


俺が指で指示した箇所には、横峯の適用する罪の種類が書かれていた。


<

佐藤事案、検討案


①被疑者は建造物侵入、住居侵入、窃盗の牽連犯?


②被疑者は住居侵入、窃盗の牽連犯?


③被疑者は窃盗のみ?


④被疑者の目的次第では使用窃盗のため、窃盗に当たらず?

>


「パターン分けするのは良いじゃないか。パターン漏れさえなければ、個別検討するだけで答えが出る。」


「私もそう思ったけど、どうやっても結論が出なくて……思考のプロセスが知りたいんだよ。」


横峯の声音はどこか淡々としており、好奇でも称賛ではなく純粋な疑問から来ていると、俺は理解した。


俺は、机の上にあった逐条解説を開く。


「一度に全部を処理しようとすると混乱する。細分化して検討するのが近道だよ。」


「細分化?」


「そのための逐条解説だ。一つの単語が何を指すのか、事細かに説明されているからこれを使う。」


俺の説明に、横峯は黙って聞いている。


「まず侵入の罪。内部犯なら寮共用部分へ正当な立ち入り権限があるため、建造物侵入にはならない。だが、他人の居室は管理権が個人に帰属しているため、そこへの侵入は『住居侵入罪』を構成する。」


「……なるほどね、これが分解か。」


「そう、次に窃盗。ここに書いてある通り、使用窃盗か否かは不法領得の意思で決まる。横峯が迷っているのは、USBやノートが単に中身を知りたいから、中を見たら返すつもりだったが通用するかって話だろ?」


そう言いながら、逐条解説の不法領得の意思部分を指で指し示す。


「中身が知りたいっていうのは、今回の客体の経済的価値を享受する行為だ。さらに、他人の占有を住居侵入してまで侵害するっていうのは、不法領得の意思の発意以外の何物でもない。」


俺は、横峯のノートの②を指さした。


「こうやって分解すれば、②の構成の牽連犯以外ありえないだろ?」


俺の話俺の説明を、横峯は遮らず最後までメモを走らせながら聞いていた。


「……すっごい分かりやすい。」


横峯は素直にそう言った。


だが、すぐに視線をノートから上げる。


「でも、どうして、そこまで冷静でいられるの?」


横峯が少しだけ首を傾げる。


「…どういう意味だ?」


「自分の物を盗られたんだよ?しかも居室に無断で入られて……普通、もっとこう怒りとか恐怖とかの感情が先に来ない?」


俺は逐条解説を閉じる。


「この職業に限っては、感情は最後でいい。」


「最後?」


「怒りも恐怖も判断を鈍らせる。先に事実の構造を固め、出来ることを整理して事にあたる。そうすれば結論は自然に出る。」


俺の言葉に横峯は「……慣れてるみたい。」とこぼした。


俺は確かに慣れている部分があるだろう。


取り調べ室の空気、被疑者の目線、机の上の証拠品、目覚めた時に持っていた俺の記憶だ。


「……仮想訓練だ。」


俺は咄嗟にそう答えた。


「常に最悪を想定する。感情に揺さぶられて動いた影響を考える。それだけだ。」


横峯はじっとこちらを見る。


「気になったんだけど……、どうして、そこまで警察になりたいの?」


唐突に核心をついてきた質問に、胸が騒いだ。


「だって…、そう、守られる側なのに。」


教場で何度も聞いた言葉だったが、それとは違い、横峯の声音には揶揄がない。


俺は少しだけ視線を落とす。


「きっと今この瞬間も、救いの手が届かない人がいる。」


ゆっくり言う。


「警察が扱う事案は男女関係無いのに、救う側に男が居ないのは取りこぼしが必ず生まれる。」


俺の言葉に横峯の瞳がわずかに揺れた。


それを見ながら俺はさらに言葉を続ける。


「男を守るのは合理的だが、守るしか選択肢がないのは合理的じゃない。」


静かな沈黙が戻り、学習室の奥でページをめくる音がする。


横峯は小さく息を吐いた。


「……佐藤ってさ。」


「何だ。」


「国家資源って感じ、しないよね。」


そう言った横峯が少しだけ笑う。


「なんていうか、言葉悪いけど、『異物』って感じ。」


俺はその言葉を否定はしない。


「そうかもしれないな。」


「怖くない?」


「何がだ。」


「女ばっかで、環境から浮いてること。」


俺は「慣れている。」と、即答した。


入校式の日から、ずっと浮いているのは事実だったからだ。


横峯はメモが終わったノートを閉じる。


「……そっか。教えてくれてありがと。」


そう言って立ち上がりかけて、止まる。


「ねえ。」


「何だ。」


「私、もっと考える力がほしいって思ったよ。」


その言葉には、努力型であろう横峯の焦燥が滲んでいた。


「暗記だけじゃなく、論理を組み立てる力、それを実行プランに落とせる力。」


そう言いながら切なそうに微笑む横峯に俺は答える。


「……なら、一緒にやるか。」


横峯の動きが止まる。


「いいの?」


「拒む理由はない。」


俺の答えを受け、横峯は小さく笑った。


「じゃあ、遠慮なく盗むね。思考法。」


「合法の範囲でな。」


「法的には、アイデアや手法は著作物に非ず、でしょ?」


横峯は去り際、振り返らずに小声で呟いた。


「使われない優秀さって、……もったいない。」


聞こえるか聞こえないかのその言葉が、静かに俺の耳に残った。


学習室に残された俺は、孤立である教場も、制度も変わっていないことを改めて思い返した。


しかし、初めて、対等な目線があった。


観察でも測定でもなく、同じ高さの視線だった。



一年目は、まだ続く。

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