第5話「立証」
翌朝、関の出勤時間に合わせ、教官室を訪ねる。
「既にお聞きかと思いますが、窃盗の件で追加の報告があります。」
「昨晩私のところにも連絡が来ている。窃盗だという決めつけているともな。」
「決めつけではありません。これを見て下さい。」
そう言って2枚の写真をスマホで見せる。
1枚は着校2日目の朝撮影したもの、もう1枚は先ほど撮影したものだ。
「この通り、私はどこに何を置くか決めています。昨日持ち出してないこの2つがなくなるのは、住居侵入と窃盗の牽連犯以外有り得ません。」
関は黙って視線を向ける。
「私は内部犯の可能性が非常に高いと考えます。昨日、清掃点検で区画の扉が開放されていました。」
「続けろ。」
「しかし、全員の居室を確認しても、現時点では何も出ない可能性が高いと思っています。」
「なぜだ。」
「内容の把握が目的なら、保管し続ける合理性がありません。問題となるのを恐れれば処分したくなります。」
関の目がわずかに細くなる。
「どこに。」
「紙ごみと不燃ごみ置き場です。」
「理由は。」
「寮内のごみは朝七時に必ず回収車が来ます。人目につかずに確実に処理するなら、回収車が来た瞬間に直接渡すでしょう。」
数秒の沈黙。
関教官は椅子にもたれた。
「関教場の居室確認は全員分既に行った。」
「……出ませんでしたか。」
「ああ。だが、今の話だと上級生の方か。」
そう言いながら顎に手を当てる関と視線が合う。
「……やる気満々という目だな。…そうか、明日は紙ごみの回収日……張るつもりか。」
「はい。」
わずかに間を置いて、関教官は言う。
「私も立ち会おう。全入校生分のガサより効率が良い。」
その声音は否定でも命令でもない。
試すような響きだった。
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翌朝、まだ薄暗い時間に、俺と関はごみ集積所の陰で待つ。
7時前になると、回収車のエンジン音が遠くで響く。
それと同時に小走りの足音が一つ。
音のする方を見ると、制服姿の女子学生。
胸元には、上級生の色のネームプレートが揺れ、手には数冊のノートが紐で括られたものを所持している。
上級生の視線が一度、左右を確認すると同時に、回収車が停まり、作業員が降りてきた。
紙ごみを直接荷台に渡そうとした瞬間、俺は声をかけた。
「そのノート、確認させてください。」
俺が声をかけると、上級生の動きが止まった。
それと同時に関が横に出て、紙ごみを奪う。
そのまま検めると俺のノートが見つかった。
「関教官、間違いなく私のノートです。」
「そうか、分かった。…おい、お前、他にも何か持ってるか確認する。拒否権は無い。」
身体捜検というよりは追い剥ぎのような圧の関に、女子生徒は僅かな抵抗を示した。
「佐藤、ついでだ。…慣れておけ。」
そう言って関は「脱げ。」と、躊躇なく命じた。
上級生は一瞬だけ俺を見て頬を紅潮させたが、すぐに視線を外し、制服のボタンを外し始める。
躊躇なくボタンを外したその動作に、恥じらいは感じない。
しかし一瞬怯んだ姿から、俺という男性の視線を気にしての反応なのだろう。
上衣、ズボン、ワイシャツ、脱がれるたびに関は冷静に監視する。
「佐藤、ポケットを裏返せ」
関はそう言いながら、脱がれた制服を指指す。
俺は指示通りポケットを裏返すが、何も出ない。
「佐藤、後確認すべきところは?」
その様子を横目で見ていた関が、簡素な下着姿になった上級生を指差した。
「靴と靴下を確認し、その後に下着の裏地でしょうか?」
「それだと甘い。口腔内、女性器、直腸、隠すやつは何だってやるのを忘れるな。……まぁ、今回はここだったがな。」
そう言って関は、上級生の左足を靴から引き抜き、靴下を脱がせた。
俺のUSBが弾みで地面に転がった。
俺はそれを拾おうと屈んだ時、下着姿の上級生を下から覗き込む形になり、思わず目を逸らした。
「佐藤。」
その瞬間、関から不意に名を呼ばれる。
「顔を逸らすな。」
関に短く言われ、視線を戻すと上級生は唇を噛んだ。
「見たくありません、は通らない。被疑者に遠慮はいらない。動静監視で目を切るな。ここはそういう場所だ。」
関の声は静かだ。
「これから女性の裸など、いくらでも見る。現場では拒否も配慮もない。慣れろ。」
それは叱責ではなく、宣告に近い。
俺には羞恥というより、拒否感があったがそれを表に出すこと自体が、この世界では未熟と見なされる。
検査が終わると、関は制服を上級生に投げ返した。
「動機は。」
声にいくらか怒気の困った関の質問に、上級生は答える。
「能力確認です。男がどの程度なのか。」
「盗むことと直結しない。」
「正面からでは本音は見えません。本人の記録の断片から読み取りたいと思いました。好奇心に負けた私の弱さです。」
関は一瞬だけ俺を見る。
「なるほど。」
そして、淡々と「処分は後日。退がれ。」告げる。
それを合図に上級生が去り、静寂が訪れた。
関はUSBとノートを手に取った俺を見る。
「羞恥は武器にもなるが、足枷にもなる。」
「……」
「今日の件は2つの重なりがあった。表は窃盗。裏は適応確認。」
視線が交差する。
「……それは私を、ですか。」
「そうだ。入校試験で刑事になりたいと言ったお前が、ただの被害者で終わるか、感情に任せて暴れるか。」
一拍置いて、関は続ける。
「それともこの女性優位の環境で、将来の幹部警察官たる資質を見せるのか。」
ごみ集積所の朝日が差し込み、関は俺に背を向けた。
「測られることに慣れろ。……だが、決して慣れて感を鈍らせるな。」
俺は観察対象であり、試験体であり、将来の運用対象として保護の対象でもあるわけだ。
しかし、関の背中からはそれよりも、夢に向かってひた走れと言っているように感じた。
そう思って寮へ戻るため踵を返すと、横峯が後ろに立っていた。
「…なぜここに?」
俺の疑問に横峯が頷いて返した。
「関教官からの指示だよ。概要の説明だけ受けて、速報が必要な事態になったときにすぐ伝令として動いてくれって言われたんだ。」
横峯は俺と関の間に残る空気を読んでいた。
「……なので、影から見てたよ。……無事戻ってきてよかったね。」
横峯はそう言いながら俺を見る。
「この張り込み、あなたの発案なんでしょう?」
「合理的に考えただけだよ。」
「合理的、ね。」
そう言いながら、横峯の口元が少しだけ緩んだ。
「私なら、全員の居室を捜索するって言っちゃいそう。……あそこまで整理できない。……どうして、ごみ集積所だと分かったの?」
横峯の視線は真っ直ぐだった。
軽蔑も、好奇も、恋慕も感じない純粋な疑問。
俺はゆっくり整理するように答える。
「使用窃盗で戻したり、そのまま所持するのはリスクでしかない。処分は最短経路で、人目に付かない方法を選ぶ。寮内で確実に消すなら、回収業者に直接渡すのが最も安全だ。」
俺の返答に、横峯は小さく頷いた。
「……悔しいけど、すごい。」
それは初めて向けられる種類の評価で、誇張も皮肉も感じないものだった。
「…ありがとう。」
自然に謝辞が出たことに、自分でも少し驚く。
「実は教場で噂になってたよ。佐藤って、入校試験全科目トップなんでしょう?」
「成績なんて、その人を評価する指標の1つでしかない。」
「それでも……資源じゃなくて、警察官になるべき人なんだねって思ったよ。」
横峯のその言葉は、俺の胸の奥に自然と落ちた。
守られる存在、測られる存在、運用対象、そんな言葉でしか表現されていなかった。
だが今、横峯の目に映っているの俺は、きっと別のものだ。
「……俺……刑事希望なんだよ。」
思わず本音が漏れ、横峯は目を細める。
「知ってる。自己紹介で言ってたことは流石に覚えているよ。」
そう言いながら、横峯は少しだけ笑った。
「じゃあさ、……私も同じ刑事局希望だし、……今度勉強、教えてくれる?」
それは取引でも利用でもない、ただの依頼だった。
しかし、俺はその依頼に人間味を感じて笑ってしまった。
「ああ、いいよ。」
即答した俺に横峯はうなずく。
「じゃあ、今日の講義終了後、学習室で。」
そう言って横峯は先に歩き出す。
俺はその背を見送りながら、浮いている存在だった自分が少し変わったと感じていた。
そう、初めて、同じ地面に立つ足音を聞いた気がした。




