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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
四年目「前古未曽有」

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第37話「供述自由権」

「……全員、留置完了です。」


俺が端末から顔を上げると、対面の席で林が頷いた。


「早いね。弁解録取書も全部確認できたし、よかったね。」


「ええ、事故などもなくて良かったです。」


俺と林が会話する中、東は腕を組んだまま、壁のホワイトボードに並んだ名前を見ている。


被疑者19名、その全員に、赤いチェックが入っていた。


「……で、供述は?」


林が資料をめくりながら答える。


「実行役は一部を除き、実行行為自体は認めています。また、トランの関与自体を供述する者もいます。……ただ」


「ただ?」


「指示されたからやった、で止まってますね。上は誰かって話になると、供述した者ほぼ全員が『Linhから指示を受けた』で一致してます。」


予想通りだ。


末端は崩れ供述するが、組織構造は語らない。


語れないのか、語らないのかは判別不能だが。


東は小さく「教科書通りだな。」と、鼻で笑った。


俺は端末を操作しながら口を開く。


「チャットログと突合しても、実行役の供述はほぼ裏が取れてます。時間、指示内容、移動履歴……矛盾は今のところありません。」


「よし。」


東は一歩、ホワイトボードに近づいた。


まだ線が伸びきっていないが、中央に書かれた名前を指さす。


<Trần Thị Linh>


「で、本丸は?」


林が一瞬だけ視線を落とし、そして言った。


「……黙ってます。」


「わかった。……息抜きがてら、録音録画の映像、佐藤にも見せてやれ。」


そう言われた林は、トランの取調官にすぐに架電した。


林が短く状況を伝えると、数分も経たずに内線が鳴った。


「……来た。再生できるって。」


「ありがとうございます。」


俺は席を立ち、林と並んでモニターのある端末へ向かう。


再生ボタンを押すと、無機質な取調室の固定カメラの映像が映し出された。


音声はクリアだが、空気の温度までは伝わってこない。


それでも画面の向こうにいる女が、ただならないことは分かる。


姿勢は崩れず、視線も揺れず、まるで待っているようにも見えた。


「……始まるよ。」


林が小さく言うと映像の中で、取調官が資料を机に置く。


供述自由権、つまり自己が供述したくないことを供述しなくていいと、通訳を介して伝え始めた。


これが取り調べ開始の合図だ。


トランが供述自由権を理解した旨を回答し、取調官との淡々としたやり取りが始まった。


質問、否認、証拠品の提示、否認、記憶喚起の確認、否認、その繰り返しただ。


『……知らない。』、『話したくない』という同じ言葉が、何度も繰り返される。


声のトーンは変わらず、速さも、間も、ほぼ一定。


俺は画面から目を離さず、ログとの対応を頭の中でなぞる。


提示されている資料は、俺たちが積み上げたものだ。


チャットログも、タイムラインのまとめも、トラブル時の返金指示書も、どれも逃げ場のないものばかりのはずだった。


「……反応がないですね。」


俺の口から思わず漏れた言葉に、林が頷く。


「うん。普通はどこかで崩れる。視線とか、呼吸とか……でも……トランは、微動だにしない。」


「……確かに。質問が変わっても、資料が変わっても全部、同じ返しですね。」


俺は一度だけ目を閉じ、すぐに開く。


「……こちらの提示する情報を、遮断しているように見えますね。」


林の声は静かに「だね。」と同意した。


やがて映像の中で、取調官の質問が変わる。


『トラン、お前に指示した上がいることは分かってる。誰だ?』


その質問に、ほんの一瞬だけ、トランの視線が揺れた。


俺はそのフレームで再生を止めた。


「……今、止めた?」と林が俺に目を向けてきた。


俺は「はい。ここです。」と画面を指さす。


「視線、0.2秒くらいですが、右下に落ちてます。その前後で呼吸も一拍ずれてる。」


俺の意見を聞き、林が身を乗り出す。


「……ほんとだ。」


「完全に無反応ではないです。質問内容によって、反応の質が変わってます。」


「じゃあ……上の存在は認識している可能性が高いってことだね。統制されてるか、自分で線引きしてるかはさておき。」


林はそう言って再生を戻し、再び同じ場面を流した。


『……知らない。』


林が小さく息を吐いた。


「厄介だね。」


俺は再生を止め、ログの画面を開く。


「供述は今の様な否認状態では取れないでしょう。少なくとも、このままのアプローチでは。」


「だね。崩しにいっても、時間かかるだけだね。」


悩ましい表情で林が腕を組む。


「何かアイデアある?」


林が少し冗談めかして問いかけてきたが、俺は迷わなかった。


「供述を前提にせず、客観資料を淡々と報告書化する構成に切り替えます。」


ちょうどその時、背後から東の声が落ちた。


「その通りだ。」


振り返ると、東がいつの間にか立っていた。


「見てどう思ったか言ってみろ。」


東は真っすぐ俺を見据え、俺は端的に答える。


「供述は期待できません。ですが、ログ、資金、実行役供述で、トランを各事案に結びつけることは可能です。」


東は一度だけ頷いた。


「それでいい。」


そして、ホワイトボードの前に戻る。


「供述に頼るな。……あの手の輩は、供述が出たらラッキーくらいで見とけ。まぁ佐藤は理解してたみたいだが……」


東の言葉に、林が苦笑する。


「夢ないですね。」


それを聞き流した東は、ボードに線を書き足す。


各事案からトランへ、そして、そこから先の線へ。


その線は、途中で止まる。


「……東補佐……上役への突き上げはどうします?」


林の問いに、東はチョークを置いた。


「……今回は切る。」


静かな宣言だった。


「ここから先は、別件でやる領域だ。無理して手を伸ばして事件自体を疎かには出来ない。今ある証拠で、取れるところを確実に取る。」


俺はその線を見ながら、小さく頷く。


「……はい。」


悔しさがないわけではないが、それ以上に理解している。


ここで無理に伸ばせば、全部が崩れる。


東がこちらを振り返る。


「佐藤。」


「はい。」


「送致書類を組み始めろ。トランは全件に絡める前提で構成する。抜けがあれば、そこが穴になる。」


「了解です。」


俺は席に戻り、各捜査員が仕上げてくれた報告書や供述調書を精査していく。


大量の報告書を一つずつ、事件ごとの骨格に落とし込んでいく。


林が隣で呟いた。


「でもさ……ここまでやっても、全部は見えないんだね。……組織犯罪の壁は厚いね……」


「……はい。」


俺は精査をしながら、林の問いに答える。


「ただ……見えるところまでは、完全に取れます。」


俺の言葉で、林が少しだけ笑った。


「強気だね。」


「事実ですよ。」


画面の中で、点が線になり、複数の線が重なり、面になる。


その中心には、もう確定した<Trần Thị Linh>という名前がある。


だが、その外側に、まだ影があることに思いを馳せそうになる。


俺は一瞬だけ手を止め、そしてすぐに再開した。


一斉検挙は終わり、供述も揃い始めている。


今は送致書類をまとめることが最優先だと、俺は再度気を引き締めた。

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