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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
一年目「孤立」

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第3話「洗礼」

教卓にチョークの先が触れた瞬間、教場の空気がわずかに引き締まった。


関教官は振り返らずに言った。


「警察とは何か。まず根本から確認する。警察法第2条、警察の責務を説明できる者。」


教場内が沈黙に包まれた。


次々に視線が下がる音が聞こえる気がした。


警察法は警察に特化した法律故に、条文暗記は当然求められる。


だが、最初の講義で朗々と述べられる者はいない。


数秒の静寂の後、関がゆっくりと教場を見渡した。


「では、佐藤。」


一斉に空気が揺れた。


まだ一度も講義を受けていない。


それでも最初に指名される理由は分かっている。


俺は立ち上がった。


「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」


そこで俺は一度息を吸う。


「つまり、憲法が保障する人や財産が不当に害されないよう、あらゆる手段を用いて治安を守る組織です。」


静まり返った教場に、自分の声だけが残った。


関教官は数秒間何も言わなかった。


「……正解だ。」


短く、それだけだったがその一言で、教場の空気が確かに変わった。


好奇の視線が、ほんのわずかに質を変える。


見世物を見る視線から、観察する視線へ。


関は続けた。


「条文は覚えるだけでは意味がない。警察官は、任務の意味を理解して行動する。座れ。」


「はい。」


席に座ると、隣から小さな声が聞こえた。


「すごいね。」


横峯だった。


「まだ最初の講義なのに。」


「入稿前に少し読んだだけだ。」


そう答えると、彼女は小さく頷き、ノートを開いた。


関教官のチョークが再び黒板を走り始める。


警察の組織や権限等、講義は淡々と進み、気付けば窓の外の光は高くなっていた。


教場での初講義が終わる頃には、窓の外の光はすっかり昼の色に変わっていた。


---


チャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一気にほどける。


椅子が引かれる音、雑談、笑い声。


普通の学校よりも小さいざわめきではあるものの、ありふれた光景のはずだった。


ただ一つ違うのは、俺の席の周囲だけが、ほんのわずかに空白になっていることだった。


完全に避けられているわけではない。


しかし自然に輪ができ、その輪から外れた場所に俺がいるような距離感。


「ねぇ朝倉、今日の昼どうする?」


「食堂行こ。新メニュー出てるって」


「最上も来る?」


「行く。講義疲れた」


周りの会話はごく普通だ。


だが誰一人として、俺を誘う選択肢は最初から存在していない。


横峯だけが席を立たず、ノートを閉じながら小さく言った。


「食堂、行くの?」


「ああ。」


「……混むよ。」


それだけ言うと立ち上がり、先に教室を出て行った。


誘いではないが拒絶でもないこの距離が、今の俺と同期の関係を正確に表していた。


食堂へ向かう廊下には、既に多くの学生が流れ始めていた。


その最後尾に自然とSPが付く。


「距離はこのままでお願いします。」


俺は後ろに居たSPから、周囲には聞こえない配慮された声量で言われた。



それでも、視線は自然と集まる。


警察大学の学生にとってSPは珍しくない。


だが、それが学生個人に常時随伴している様子は、見たことがないだろう。


食堂に入ると、ざわめきが一段小さくなった。


周りからの視線の意味は分かる。


「国家資源」


「保護対象」


「特別扱い」


誰も口に出さなくても、空気は正確に言葉を運ぶ。


トレーを取り列に並ぶと、その後ろにSPが並ぶ。


たったそれだけで、列の前後に微妙な隙間ができる。


「……すごいよね、あれ」


「うん。常時って本当なんだ」


「一緒に暮らすの緊張しそう」


聞こえない振りに慣れていた俺は、席を探して周囲を見渡す。


空席はあるが座れる席と、『座っていい席』は違う。


その時、奥のテーブルから声が飛んだ。


「佐藤、ここ空いてるよ。」


声の主は横峯だった。


横峯の向かいの席に座ると、俺の隣にSPが座った。


横峯が味噌汁を一口飲んでから、俺に向かって言った。


「みんな、悪気はないんだよ。」


「分かってる。」


「ただ、どう接していいか分からないだけ。」


それは慰めでも擁護でもなく、事実の説明だった。


横峯は箸を置き、少しだけこちらを見た。


「私も最初そうだったし。」


「今は違うのか?」


「同じ教場の人、だからね。」


短い言葉だったが、それはここに来てから初めて得た所属の言葉だった。


食堂の入口付近が急に騒がしくなる。


「ねえねえ、横峯、隣いい?」と言う軽い声と共にトレーが置かれた。


声のした方を向くと、朝倉友理奈だった。


「資源くん、ちゃんと栄養取ってる?」


横峯が小さくため息をつくが、朝倉は気にせず笑った。


「だってさ、未来の国家資源提供者様じゃん。体調管理大事でしょ。」


冗談めかした口調だが、完全な冗談でもない。


その曖昧さが、この世界の空気だった。


隣のSPが、俺の方にわずかに体を寄せた。


「身体危険が無い限り、会話には介入しません。またメンタル診断は週一にありますので、不調があればその時に申し出を。」


極めて事務的な声だった。


つまりこれは、守備範囲外というわけだ。


SPとは逆の空いていた俺の横に、自然な動きで別の学生が座る。


同教場の干川莉子だった。


距離が明らかに近かったため、SPの視線が一瞬だけ干川に向く。


しかし、すぐに外れたことを察するに、危険判定なしということなのだろう。


「ね、寮生活どう?困ってることない?」


初対面とは思えない声の近さだった。


さらに少し離れた席から、冷たい視線が向く。


確か、姫野衣と言う名の同教場の女性だ。


視線が合うと、すぐに逸らされた。


興味ではなく、明確な拒絶であることは間違いない。


そして隣のテーブルでは、最上実梨がこちらを見もせず言った。


「特別扱いって楽そうでいいよね。」


独り言のようで、独り言ではない声量。


同じ食堂の同じテーブルだが、見事なまでに分かれた態度。


横峯が小さく呟いた。


「……今はこんな感じかぁ。」


否定も肯定もできない言葉だった。


男一人の警察大学生活は、こうして日常として始まった。

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