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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
三年目「隔靴掻痒」

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第24話「明察秋毫」

「方向?」


俺の言葉を受けて、水越が首を傾げた。


「はい。本来なら、『今を生きている花』、つまり生花を持っていくはずです。枯れることを前提にした美しさを、共有する。」


俺は調書の該当箇所を指で軽く叩いた。


「それをしないで、変化しないものを選んでいる。」


沈黙が落ち、水越は何も言わず、続きを促すように視線だけを向けてきた。


「……この被疑者は、恐らくですが、失うことに対して過剰に反応するタイプです。」


静かに結論を置く。


「幼少期の失意の経験をトラウマ化しているとも言います。だから、枯れない形で固定した。生きている状態ではなく、変化しない状態を選んだ。」


「……なるほど。」


水越が小さく呟いた声には、先ほどまでなかった納得が混じっている。


「つまり、長生きしてほしい訳じゃなく、失いたくない、か。」


「ええ。似ていますが、意味は全く違います。」


俺は軽く頷いた。


「そしてこのタイプは、自分にとって重要なものを形に残す傾向があります。」


そこで初めて、視線を現場写真へ移した。


「……水越さん。この祖母の名前と、店の屋号を教えてください。」


「ええと……名前は『鈴本ハナ』。屋号は『鈴蘭堂 -Suzu Run Do- 』だね。」


「鈴蘭、ですか。」


俺はその花の名前を、頭の中で転がす。


「花言葉は『再び幸せが訪れる』。……この被疑者にとっては、かなり象徴的な花でしょうね。」


水越が無言で、現場写真の一覧を開く。


「該当しそうなものはあるかい?」


「14番を拡大願います。」


拡大された画像の中、棚の奥に押し込まれるように置かれた白い造花。


不格好だが、異様に手が込んでいるそれを、俺は数秒間無言で見た。


「……妙ですね。」


俺はわずかに目を細めた。


「何が?」


「作り込みが、少し過剰に感じます。」


俺の言葉を受け、水越が身を乗り出す。


「過剰?」


「はい。普通の観賞用にしては、細部に執着しすぎています。特にここ。花の配置です。」


俺は画面を指し示した箇所を、水越がさらに拡大する。


白い花弁が、いくつも連なっている。


「……水越さん。この鈴蘭の造花、花の数が多すぎませんか?」


水越は不思議そうに小首を傾げた。


「え?花の数?」


水越が怪訝そうに画面を覗き込む。


「鈴蘭の花は、通常ひとつの茎に5~10個程度が連なって咲くものです。でも、彼女が自作したこのアーティフィシャルフラワーには……13個の花がついている。……それも、不自然に3つの束に分かれています。」


俺は供述調書の、あの<2人の姉と母が事故で同時に亡くなり>という記述を思い返した。


「勘ですが、彼女はパスワードを忘れないよう、自分の手元に置く造花の形状そのものに数字を練り込んだ。……水越さん。この3つの束にある花の数。左から数えてください。」


水越が画面を拡大し、マウスカーソルで花を数えていく。


「ええと……8個、3個、2個……。832?」


「それに、お婆さんの屋号の『SuzuranDo』を組み合わせてみてください。彼女は、自分の原風景を数式化して、この花の中に閉じ込めた可能性があります。」


水越の指が、キーボードの上を走り、<832SuzuRunDo>と入力がされ、静かな室内で、エンターキーを叩く音が一段と高く響いた。


次の瞬間、画面が暗転した。


<ドライブのロックが解除されました>


俺と水越が画面に顔を近づける中、無機質なシステムメッセージが、沈黙を破った。


「……解除。……嘘でしょ、本当に…?」


水越は椅子から崩れ落ちるように背もたれに体を預けた。


技術ロジックを詰めても解けなかった……事件捜査を担当している捜査員にも見破れなかった鍵……。それを君は、犯人の造形こだわりから導き出した。……佐藤君、本当に学生?」


俺はぬるくなったトマトジュースを飲み干し、静かに笑った。


「学生です。見て頂いた通り、警大の三年生です。」


水越は眼鏡のブリッジを押し上げ、俺をじっと見つめ、しばらく何も言わなかった。


モニターに映る展開済みのディレクトリ構造を見つめたまま、呼吸だけがわずかに乱れている。


やがて、ふっと小さく息を吐いた。


「……理屈は通ってる。でも、それでも納得いかないな。」


その声には、悔しさとわずかな興奮が混じっていた。


俺は何も言わない代わりに、空になった紙コップを軽く指で回した。


「ねぇ、佐藤君……君、やっぱり現場向きだよ。」


その一言は、軽い調子で言われた。


「……そう、思って頂けますか?」


自分でも驚くほど、声が低く出た。


水越は少しだけ目を細める。


「思うよ。少なくとも、ほかの男性職員みたいに、広報や男性留置担当に閉じ込めておく人材じゃない。」


その言葉は、肯定でありながら、同時に現実を突きつけるものだった。


言外に含まれた意味を、理解しないほど鈍くはない。


「……ですが…今のところ、私は、現場には出られません。三年後期の実務収集すらも、上層部は難色を示されてると聞いています。」


水越は一瞬だけ黙り込み、そして肩をすくめた。


「だろうね。組織はそう判断する。男を現場に出すなんて、ってね。」


あっさりとした肯定だからこそ、誤魔化しがない。


「だったら、外から喰えばいい。」


水越は椅子を回し、再びモニターに向き直った。


「……外から?」


「現場に立てないなら、現場を支配すればいい。情報でね。」


キーボードを叩き、先ほど解放したドライブのログを展開する。


「データは嘘をつかない。でも、データだけじゃ犯人には届かない。」


そう言う水越の横顔は、どこか楽しそうだった。


「君はその間を埋められる。だったら、それをやればいい。」


俺は、その言葉を反芻する。


「……解析と捜査の、接点?」


俺の思考が一本の線として繋がると、それを見ていた水越が小さく笑った。


「そう。それが出来る人間、実はほとんどいないんだよ。」


静かな室内で、サーバーのファン音だけが一定のリズムを刻む。


その音の中で、何かが確かに動いた。


守られるだけの国家資源の枠の中に押し込められていたはずの自分が、別の形で牙を持ち始めている。


「……面白い。」


気付けば、俺はそう呟いていた。


水越がちらりとこちらを見る。


「その立場を勝ち取れるかは君次第だ。君が咲く場所は、自分で選ぶんだ。」


水越の言葉に胸が熱くなる。


「じゃあ、続きやるろうか。せっかく鍵が開いたんだ。」


「お願いします!」


俺は椅子を引き、水越の隣に並んだ。


モニターに映るのは、まだ誰も踏み込んでいないデータの海。


現場ではないこの部屋で、確かに捜査が動き始めていた。

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