第22話「快刀乱麻」
実戦と言ったのは、端末の中に正解があるという意味じゃない。
この世界すべてが解析対象だという意味だ。
俺は端末のブラウザを立ち上げ、解析データから発覚した被疑者のがアクセスしていたアカウントIDを、外部のInstagramで検索した。
「えっ、佐藤、それ普通のインターネットじゃん。解析進めないと間に合わないでしょ…」
干川が俺を妨げるような発言をしたが、表示されたページを確認すると唾をのみ込んだ。
「ビンゴだ。」
そこには、IHSOKchyUZIMというSNSアカウントが19時台に投稿していたキンキンに冷えたジョッキの写真があった。
「えっ、まさか、この演習って本当に…」
干川の独り言を聞きながら、俺はエクセルを更新する。
<19:16:31 被疑者友人のSNSアカウント『IHSOKchyUZIM』がビールで乾杯している写真をアップロード。投稿には『吐くまで飲むぞ♡』と記載。>
「朝倉、座標は?」
俺の端的な質問に、朝倉は「出た!駅前雑居ビル!うわっ、居酒屋テナントばっかり。」と、すぐさま回答した。
「横峯と最上はそのビルの全テナントの店の内装出してくれ。SNSの画像とローラーして照合するぞ。」
「分かった。」
そしてしばらく経つと最上が「一致。」と声を上げた。
「レストラン評価サイトの複数の投稿と一致した。カウンター形状、照明、全部同じだよ。」
「わかった。タイムラインまとめるね。」
最上に向かって姫野が返事をした。
「最後に、ダメ押しでこれもお願い。」
そう言って横峯がWeb検索履歴を表示させた。
<15:04:18 Web検索『二日酔い 食べ物』『アルコール 抜ける時間』>
断片が、一本の線になる。
「……完全に繋がったな。」
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前日
18:32:19(メッセージ): 友人から飲酒の誘い。
19:44:45(メッセージ): 友人との飲酒の約束確定。
当日
19:00:12(ヘルスケア/車): 車で移動。車内スピーカーの切断。
19:00:39(EXIF/位置情報): 駐車場での「いまここ」写真。
19:04:58(Wi-Fi): 特定AP(Bar_Bill_Free)への接続。
19:16:31(SNS): 被疑者友人のSNSアカウント『IHSOKchyUZIM』がビールで乾杯画像投稿。
23:09:28(ヘルスケア/車): 駐車場へ帰還。車内スピーカーへの再接続(=運転開始)。
23:29:51(EXIF): 事故発生。車のヘッドライトが破損した写真を撮影。
翌日
15:04:18(検索履歴): 二日酔いに関する検索(=過剰摂取の裏付け)。
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教場が静まり返る中、水越は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、俺をじっと見つめた。
「……SNSとSSIDの照合か。」
「実戦と仰っていたので、本当に飲酒運転事故が発生したと思い、端末内だけでは証拠に不足が生じる判断しました。」
「そうか……くくくっ……発想は悪くないね。」
口角を挙げた水越の反応に、教場がわずかに張り詰める。
「SNS投稿は本人性の担保が弱い。他人が投稿した、あるいは過去の動画をアップしたと言い逃れされたら? Wi-Fiのログだけじゃ、店の前にいただけだと言われたら?」
そう言って淡々と水越は指摘を繰り返す。
「……でも、君はそれを『点』ではなく『面』で押さえに来た。タイムラインの連続性で言い逃れの余地を潰す。その『詰め』の執念は、技官じゃない。……完全に、事件屋のやり方だよ。」
水越は冷徹に、だがどこか楽しげに言葉を継いだ。
「証拠は、正しいじゃ足りない。崩れないことも絶対条件。」
これは俺たちへの否定ではなく、精度を大切にせよとの助言に感じた。
「……ただ、私の発言をくみ取り、きちんと実戦に降り立ったのは評価に値するね。ローカルデータだけ見てるうちは解析屋なんて到底呼ばない。」
そう言って水越はわずかに目を細める。
「指示出しも発想も君の働きに見えたけど、現場経験あるわけないよねぇ?」
「ありません。」
俺が水越の質問に即答すると、水越は数秒だけ俺を見た。
そして、眼鏡のフレームをなおし、再び俺の目を見た。
「……そっか。それなのにこの速度にこの水準で組めるなら、センスあるね。」
水越が俺を褒めたことで、教場の空気が変わる。
「……よろしい。データの海で溺れず、外の世界と線を繋いだ。佐藤班。……合格。」
その言葉は短いが、重かった。
俺の班員達は小さくガッツポーズをした。
姫野だけは小声で「なんで私、あいつの指示通りに動いてるのかしら…」と心底不可解そうに呟いた。
「でも細部は詰める必要があるね。事件処理を想定して報告書化しながら、不足部分を考えて再実施ね。」
すぐに次の課題が言い渡され、この講義は止まらない。
「それと、朝倉君のような解析屋と君のような事件屋、お互いがお互いに認識を合わせること。互いの仕事を深く知ることが事件解決への1番の近道だ。忘れないように。」
そう言った、水越の視線だけが、一瞬だけこちらに残り、明確に俺が認識された気がした。




