表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
一年目「孤立」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/15

第2話「入校」

目を覚ますと、まだ肌寒い朝だった。


荷解き後にしっかり位置を決めた置き時計を見ると、4時半を指していた。


布団から出て、昨晩少し法学の整理したノートとデータまとめに使っているUSBを所定の位置に戻す。


今日から訓練が始まる日だと思い、何気なく俺は部屋を写真に納めた。


警察大学校の男子寮の窓からは、まだ光が差し込まず、俺の心には緊張があった。


寮と言っても男は俺ひとり、残りの全寮生は女性だ。


今日は着校2日目の朝だ。


昨日は、荷物の搬入、制服の受け取り、教官の紹介、部屋割り、とすべてが慣れない始まりだった。


常に後方に立つ黒いスーツの女性、SPの存在が視界から消えることはなく、トイレに行くときですら緊張を強いられる日々だった。


さらに、国家資源のメンタルケアと称して週に1度のメンタル検査が義務付けられた。


自由など皆無に近い。


今日から、朝5時に起床し、寮庭での体力訓練、入校式のための教練がひたすら繰り返される。


指定のジャージに袖を通し、俺は部屋を後にした。


---


「やっぱり男じゃ無理でしょ!」


「資源が怪我したら国の損失よ!」


そう言ったくすくすと笑い声が広がる。


「ねえ、無理して訓練なんかしなくてもさ、アレを国に提出するだけで十分役立つんだよ?」


「そうそう、走って転んで怪我でもされたら困るし。大人しく保護されてなよ。」


「でもさ、同じ教場ってことは、提出前の優先予約・・・・とか出来るのかな?」


「ちょっと、やめなよ。まだ警大入ったばっかでしょ?」


「えー?国家資源だよ?早めに仲良くしておくの大事じゃない?」


周りの同期達の笑い声がさらに大きくなる。


「ねえ佐藤くん、成績より健康管理の方が大事だよー!ちゃーんと良質なの作れる生活してる?」


「食事とか睡眠とか、私たち協力してあげよっか?」


軽口のようでいて、全員が本気で冗談を言っているわけではないのが分かる。


声が耳に入るが俺は何も言わず、訓練場の地面を見つめ、無視するしかなかった。


資源ではなく、警察官としてここにいる。


それを結果で示すしかない。


---


着校から1週間が経ち、ようやく入校式の日を迎えた。


式典は、制服を着て整列する同期たちと共に行われる。


校長や教官の挨拶、伝統的な警察大学の式典。


ここが、俺の警察人生の始まりになる。


整列の列に立つと、視線が一斉に集まるのが分かる。


96名の新入生、その中で男は俺1人。


好奇、軽蔑、期待、打算、感情の混ざった視線は、未だ慣れるものではない。


壇上では校長の訓示が続いていた。


「諸君は本日より、国家と国民の安全を守る全国警察の将来の幹部である。」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びた。


前世で何度も聞いた類の言葉だが今回は、まだ何者でもない。


ここから始めなければならない。



式が終わると、教場ごとに各教官が学生の前に立った。


俺の所属する教場の前に立った女性教官が、静かに名簿をめくる。


「これから、君たちの教場を担当する。関だ。」


短く名乗ったその声には無駄がなかった。


鋭い視線が一人ひとりを順に見ていく。


そして最後に、俺の前で止まった。


「……佐藤。」


関が突然俺の名前を呼んだ。


「はい!」


「男が警察官を志望する。私はこれまで見たことが無い。」


周囲の空気がわずかに揺れるが、口を開くものはいなかった。


関の声には嘲りも同情もなかった。


「理由は後で聞く。男であろうと、学生は学生として扱う。そのつもりで。」


「はい!」


俺の返事に満足したのか、それだけ言うと、関教官は視線を外した。


その一言だけで、胸の奥に小さな安堵が生まれる。


少なくとも、この人は俺を国家資源としてではなく学生として見ている。


だが、それは教官だけだった。


教場へ移動する途中、背後から囁き声が聞こえる。


「教官、優しいね。資源に無理させないようにかな。」


「あとで理由を聞く!だって。特別扱いってやつ?」


「成績悪くてもプログラム受講名目で退学経歴にならないんでしょ?羨ましい〜。」


教場に着き、指定された席に座ると、すぐ隣の席の女性が小さく声をかけてきた。


「……ねえ。」


横を見ると、ショートカットで真面目そうな表情の女子学生が立っていた。


「さっきの、気にしない方がいいよ。みんな悪気があるわけじゃないから。……多分。」


初めて向けられた、揶揄でも好奇でもない声音だった。


「私は横峯。よろしく。」


ほんの短い挨拶。


それだけだったが、この一週間で初めて交わした普通の会話だった。


「佐藤だ。よろしく。」


そう言って手を差し出そうとした瞬間、教場の前方で関教官が教卓を叩いた。


「着席。これより最初の講義を開始する…が、その前にやることがある。」


静まり返る室内。


関が黒板に書いた最初の科目。


<自己紹介>


教場の空気が一段階張り詰めた。


「警察は組織で動き、組織で責任を負う。それを円滑にするには互いを知ることだ。前から順に立ち、名前・出身・志望・動機を簡潔に述べろ。1人30秒以内。」


それだけ言って、関は部屋の隅の椅子に座った。


それを合図に一番前の学生が立ち上がる。


「朝倉友理奈です!仙台市出身で、サイバー局志望!最新技術の取締りが出来るような法整備・組織作りに寄与できる警察幹部になりたいです!」


朝倉ははきはきとした声で一気に言い終えた。


周りからの拍手はなかったが、教場は静かに頷いた。


刑事局志望、交通局志望、生活安全局志望と、自己紹介が続く。


端的で分かりやすい紹介が多く、優秀な人材の集まりだと分かる。


俺の順番が近づいてくるにつれ、教場の空気が、少しずつ変わっていくのを感じた。


それは決して期待ではなく、見世物を待つ空気だと分かる。


俺の前の学生が着席すると、椅子が床を擦る音がやけに大きく響いた。


全員の視線が集まり、逃げ場はない。


俺は勢いよく立ち上がり、敬礼した。


「佐藤悠真。東京出身。刑事局志望です。」


ほんのわずかに息を吸う。


「志望理由は、男の刑事にしか取締れない犯罪を捜査するためです。」


これまで静かだった教場にざわめきが起きた。


「……それだけ?」


小さな声がどこかから漏れる。


関教官の視線が教場を一掃し、ざわめきが止まる。


「続けろ。」


「以上です。」


俺は余計な説明は不要と思い、あえて短く終えた。


着席しようとした瞬間、後方から声が飛ぶ。


「刑事局って中で幹部になる前に現場出るよね?危いよ?」


「怪我したら国家資源の損失じゃん。」


くすくすと笑いが広がる。


「護衛付きで捜査とか?被疑者に気付かれるでしょ。」


「取り調べ室にSP同席とか?前代未聞だね。」


笑い声が大きくなったところで、関が教卓を一度叩いた。


「私語は慎め。」


その一瞬で静寂が戻る。


「志望理由は個人の自由だ。我々教官は結果で評価する。」


短いが重い言葉だった。


自己紹介は再開され、やがて最後の学生が座ると関は名簿を閉じた。


「本日から本格的に講義を開始する。最初は警察法だ。」


黒板にチョークが走る音が響いた時、隣から小さな声がした。


「短かったね、自己紹介。」


声の主は横峯だった。


「長く語るほどの実績はまだ無いからな。」


そう答えると、横峯はわずかに笑った。


「じゃあ、これから作ればいいね。」


その一言だけが、教場のざわめきよりもはっきりと耳に残った。


黒板には大きく書かれていた。


<警察とは何か>


俺の4年間が、静かに動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ