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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
二年目「梁山泊」

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第17話「老婆心」

俺と最上が試合をした術科訓練から数日が経った。


最上の世界観を粉砕した俺の動きは、教場内に畏怖という名の毒を回していた。


SPたちの視線はさらに鋭くなり、俺が廊下を歩くだけで、女子学生たちは道を開け、まるで神聖な、あるいは制御不能な爆弾を見るような目で俺を追う。


そんな夜、男子寮区画の二重扉の壁に背を預け、手持ち無沙汰に爪を見ている影があった。


「……何の用だ、干川。」


俺の声に気が付いた干川が顔を上げる。


教場内では快活なタイプであったが、今の干川の瞳には、本能的な渇きが宿っているように見えた。


「佐藤……訓練、凄かったね!あんなに強い男性って、初めて見た!!」


干川は流し目を使いながら、俺の手の届く範囲に踏み込んでくる。


数メートル後ろでは、スーツ姿のSPが微動だにせずこちらを凝視している。


本来なら、男性に対する過剰な接近は「男性保護法」や警察大学校「接触制限規定」に抵触する恐れがあるが、干川はそれを承知の上で、限界まで距離を詰めてきた。


「知ってるよ?佐藤くんの提出義務、次は来週でしょ。……国家に収める分とは別に、『私的提供』してくれない?」


干川はそう言いながら、さらに距離を縮めてくる。


「インセンティブなら私の実家からいくらでも回せるし……」


干川は携帯用の性液採集キットを片手にさらに近づこうとしてきた。


しかし、その指先は微かに震えていた。


男性の精液は交配権というライセンスで管理される国家資源だ。


無関係の女性に対する私的提供は生殖資源管理法において直罰規程が存在する。


干川が口にしているのは、法執行機関幹部を目指す身としては破滅的な依頼だった。


「干川。……お前、自分が何を言っているか理解しているのか?」


俺は彼女の手が自分に触れる前に、冷徹に距離を取った。


「ここは警察大学校だ。俺もお前も、法を執行する側になるためにここにいる。今のお前の言動は、『生殖資源管理法』違反の告知であり、『国家資源』に対する毀損行為だ。」


そのまま俺は親指を背中に向けて指した。


「ここでSPが動けば、お前は今すぐ退校どころか、豚箱行きだぞ。」


「……っ、そんなの分かってる!」


俺の言葉を受け、干川が一瞬たじろいだ。


「でも、あんたみたいな資源個体を、国家配分に任せたくないの。……男の1番の責務は、優秀な遺伝子を残すことでしょ?なら、私みたいな情熱のある女に少し分ける方が、あんたにとっても幸せじゃない。」


干川の言葉は、男性は意思を持つ人間ではなく、優れた機能を供給する資源に過ぎない、という認識を吐露していた。


「幸せ、か。」


俺は冷笑を浮かべ、彼女の喉元に指を突きつけるようにして言葉を叩きつけた。


「干川。お前は、俺を『人間』として見ているのか?」


「……え?」


「俺が何を考え、何に怒り、どんな正義を持ってここに立っているのか。……そんな『中身』に、お前は一度でも興味を持ったか?それとも、俺のことを『精液タンク』としか思っていないのか?」


干川の顔から、色が引いていくのがわかる。


「お前が今やろうとしているのは、『資源不正入手型犯罪』だ。」


俺の言葉に、干川が一歩後ろに下がった。


「……生活安全局を志望しているんだろう?違法風俗で男性を雇い、シリンジ使ったサービスに走る女たちの心理を、今のお前は自ら体現している。……そんな奴が、どうやってその取締をするんだ?」


「私は……ただ、あんたが……」


「お前の中にいる『国家資源=モノ』という認識を捨てろ。俺は、管理されるだけのモノじゃない。意志を持った警察官だ。……人として尊重できないなら、二度と俺の前に現れるな。」


俺は干川の横を通り過ぎ、二重扉の鍵を開けた。


SPたちが、獲物を見るような目で干川をマークしているのが分かった。


今の干川は、国家資源を盗もうとした「不審者」と何ら変わりない。


「……人間として、……尊重……」


背後で、干川が呆然と呟くのが聞こえた。


俺は二重扉の取っ手に手をかけたまま動きを止め、首だけで彼女を振り返った。


「干川、憲法第13条を覚えているか?」


「え……?すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利……。どうして、今そんなこと…」


俺の唐突な法学の問いに、干川は当惑の表情を浮かべた。


「講義では、この条文を『容貌をみだりに撮影されない自由』や『同意なき個人情報収集』の適法性等、警察業務上の問題となりそうな権利を整理し、適正化を裏付ける根拠として学んだよな。」


俺は扉を半開きにしたまま、干川の瞳を射抜くように見つめた。


「だが、この条文の本質は『個人の尊重』だ。何者にも代えがたい『一人の人間』を尊重するために必要な人権を、法が最大限に保障したものだ。」


俺の声は、夜の廊下に低く、重く響いた。


干川が握りしめている採集キットが、カチカチと小さな音を立てて震えている。


「警察という組織は、その『個人の尊重』を脅かす悪意に立ち向かうためにある。だが干川、お前は今、目の前にいる俺を、その条文が守ろうとした『個人』ではなく、ただの『資源』として扱おうとした。」


「それは……だって、この国じゃそれが……」


「この国の常識は、憲法の基本理念を上回るとでも思っているのか? 目の前の人間を『モノ』や『数値』としてしか見られない者に、人権の守護者たる警察官の務めが果たせるはずがない。……お前が今やろうとしたことは、俺の幸福追求権に対する明確な侵害だ。」


干川は唇を震わせ、言葉を失っていた。


「お前がそのキットを使って手に入れようとしたのは、俺の遺伝子じゃない。一人の人間の尊厳だ。法執行機関の人間として一生消えない汚点として、よく覚えておけ。」


俺は今度こそ彼女から視線を切り、部屋の中へと足を踏み入れた。


重厚な二重扉が閉まり、電子錠がガチリと噛み合う音が聞こえる。


閉まる間際、SP達が沈黙を守ったまま、崩れ落ちるように立ち尽くす干川を見下ろしていたのが見えた。


俺は居室に入り、椅子に深く腰掛ける。


「……やりすぎたか。」


独りごちた言葉は、静まり返った室内で虚しく消えた。


俺は机の上に引っ張り出したサイバー捜査教本に目を落としたが、文字が滑って頭に入ってこない。


「……一年か。」


入校してから今日まで、隙あらば国家資源としての俺に擦り寄ってきた干川の顔を思い出す。


干川にとっての俺は、手に入れるべき高価な宝であり、情熱を注ぐべき希少人種でしかなかったのだろう。


だが、前世の記憶が、そんな彼女の未熟さを看過することを許さなかった。


刑事として、道を踏み外した多くの人間を見てきた。


欲望に忠実であることは、生存本能に近いのかもしれない。


だが、法を執行する側の人間がその本能に呑み込まれれば、待っているのは組織の腐敗と、弱き者への蹂躙だ。


「……年を…感じるな。」


俺はつい苦笑いが漏れる。


なまじ刑事としての記憶があるせいで、未来の幹部候補である彼女の歪みを、ただの若気の至りとして笑い飛ばせなかった。


彼女が今日、あの廊下で流した涙が欲を阻まれた悔しさなのか、それとも自分の歪みに気づいた痛みなのか。


それを確かめる術は無いが、もし彼女が本気で幹部として生きていくなら、いつかあの言葉の意味に辿り着くはずだ。


「ふぅ……」


明日からはまた、好奇と羨望、そして畏怖が入り混じった視線の荒波に放り出される。


俺自身が「刑事」として認められるための戦いは、まだ始まったばかりだ。


この扉の外で、微動だにせず俺を監視するSPたちの気配を感じながら、俺は再びペンを走らせ始めた。

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