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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
二年目「梁山泊」

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第15話「位盗人」

警察大学校という閉鎖空間において、情報の伝播速度は光速に近い。


ましてや、それが唯一の男にまつわるスキャンダルであれば、なおさらだ。


掲示板に張り出された中間査定の結果は、教場内に目に見えない亀裂を生んでいた。


「……信じられないわよね。赤点スレスレ、退校勧告秒読みだった小豆島の貧乏娘が、いきなり学年2位?」


「しかも、あの佐藤くんのすぐ下なんて。」


廊下を歩けば、壁の向こうから突き刺さるような囁き声が聞こえる。


「放課後、いつも2人でどこかに消えてるらしいじゃない?」


「横峯って実家が相当苦しいんでしょ?同じ班員の関係うまく使って佐藤くんの同情心くすぐって、教官に圧力をかけてもらったんじゃないの?」


「あり得るよね。初の『国家資源』入校生様だもの。彼の一言なら、関教官だって無視できないに決まってる!」


「……この学校で不正なんて、資格剥奪モノでしょ!」


他人の努力を不正と決めつけることで、自分の位置を守ろうとする醜い生存本能。


前世で警視庁という伏魔殿にいた俺にとっては、吐き気がするほど見慣れた光景だった。


上に登るために、他人の成果を横取りし、蹴落とし、風評を流し圧をかける。


そんな人間ばかりじゃないが、そう言う人間も一定数いるものだ。



すっかり班員で机を囲むことが定番となった昼食時の食堂。


俺たちの定位置だけは、周囲の喧騒から切り離されたような、奇妙な静寂に包まれていた。


「……相変わらず、外野がうるさいわね。」


朝倉がタッパーに入った牛タンを不機嫌そうに箸で摘んだ。


咀嚼しながらも表情は変わらない。


これまでの付き合いで分かったが、朝倉は和ませるために軽口は叩くが、悪人ではない。


そして、サイバー局志望らしく、こうした根拠のないデマをノイズとして嫌う傾向がある。


「佐藤さ、横峯から変な弱みでも握られてるわけ?」


干川が、いつものように距離を詰めて身を乗り出してきた。


青かっぱにマヨネーズ、自室から持ってきた明太子をたっぷりと乗せた白米を頬張りながら、その目は鋭く俺を観察している。


干川はこの世界における一般的な価値観が色濃く出すタイプで、男は『奪い合うべき資源』という認識であり、最近の横峯の行動をルール違反だと思っている様子だ。


「弱みなどない。試験結果は公正で、横峯が自力で掴み取った結果だ。」


俺が淡々と答えると、それまで黙ってスライスしたへしこでご飯を食べていた姫野が、ふいと視線を逸らした。


否定も肯定もしないが、彼女の沈黙は「今はまだ静観する」という意思表示に見えた。


「……フン、どうだか。男なんて、人生経験薄弱で、すぐ絆される生き物でしょ。」


最上が真空パックのくさやスティックを齧りながら、突き放すように言った。


彼女の成績至上主義からすれば、横峯の急浮上はまだ偶然の域を出ないのだろう。


「お待たせ。早く食べて午後の教室に移動しよっか。」


すっかり話題の人となっている横峯が、そう言って俺の隣に座った。


彼女の表情には、一抹の翳りも不安ないように見えた。


周囲の蔑むような視線を、まるで見えない空気であるかのように受け流し、凛として背筋を伸ばしている。


その手には、実家から届いたばかりの『だし醤油』。


彼女はそれを山盛りの白米に一垂らしすると、迷いのない所作で箸を動かした。


彼女はもう、かつてのように震えてはいなかった。


自分を救うのは他人の評価ではなく、己が手にした「武器」だけだと理解しているように見えた。


---


午後の講義は、またも実践的な内容だった。


教壇に立つ関教官が、ホワイトボードに手際よく文字を描き始める。


内容を確認すると、わざと教科書には載っていない複雑な事例を投げかけていることが分かった。


「今日の実務演習だ。状況を整理しろ」


チョークの音が室内に硬く響く。


「警察署に逮捕勾留中の被疑者甲が居るとする。その所持品として、署内の留置施設に保管されていた高額なアクセサリーが、別件の窃盗被害品であることが判明した。」


この時点で、教科書的な捜索差押えの基本から外れていることを全員が理解した。


「これを差し押える際、差押許可状は誰に対して提示すべきか。挙手。」


教室内が沈黙に沈む。


これは実務上の『施設管理権』や『物の占有権』の解釈が問われる。


まだ、現場での経験が無いものは、おそらく考えたことが無いだろう。


自信なげに手を挙げたのは、横峯の陰口を言っていた者だった。


「よし、答えろ。」


「……はい。被留置人の所持品に責任を持つ該当署の留置課長、あるいは警察署全体の管理を担う該当署長に提示すべきだと考えます。」


その回答に、周囲が小さく頷く。


物理的に物を預かっているのは警察官なのだから、手続き上はそれが筋に思える。


だが、関教官の視線は鋭いまま動かない。


「他には。」


その時、横峯が迷いのない手で真っ直ぐに挙がった。


周囲から「自分の力じゃない」と囁かれていた彼女の背中に、冷ややかな視線が集中する。


「……被留置者、すなわち被疑者甲に提示すべきです。」


凛とした声が講義室の空気を震わせ、数人から失笑が漏れた。


警察の手の中にあるものを、わざわざ泥棒本人に提示するのか、とでも言いたげだった。


「理由は?」


関の重苦しい声が響く。


「被留置者の所持品は、管理運営上の都合で『保管のみを委託』している状況です。つまり、その預けたモノに対する処分権までを委託している訳ではありません。」


横峯はそこで一息つき、口を整える。


「よって、被留置者は身体拘束こそされているものの、アクセサリーに対する『支配の意思』を持ち続けています。」


「しかし、アクセサリーの現行所持者は警察側だぞ?警察同士での令状執行の方がスムーズでは無いか?」


関の容赦ない質問が飛んだ。


「ここでの問題は所持者ではなく、所有者です。保管の実態が誰にあるかではなく、そのモノの権利の所在がどこにあるか。被留置者の所持品における被処分者は、当該留置者本人であるべきです。」


横峯はさらに、俺が教えた『条文や規則の裏側』である、実務上の影響をなぞるように言葉を継いだ。


「……実務上の便宜で留置施設管理者に提示すれば、手続きの瑕疵を突かれ、違法収集証拠となり、公判で証拠能力を否定されます。」


関は横峯の回答を頷きながら聞き終えると、わずかに、だが確実に満足げな笑みを浮かべた。


「正解だ。ただただ表層の法律を追うのではなく、実務において武器として使える者の視点だ。……横峯、よく学んでいるな。」


横峯は短く「ありがとうございます」とだけ答え、静かに着席した。


周囲の陰口は一瞬で止んだ。


なぜなら、今の回答は、単なる暗記で辿り着けるものではない。


条文や手続きを正しく理解した上で、現場で起こりうる事象を再構成していなければ出てこない、警察官としての実戦の答えだった。


そのことは、教場の全員が理解していた。


---


講義終了後の自由時間に入ると、朝倉が我慢できないといった様子で横峯に近づいた。


「……ねえ、横峯。ちょっとそのノート、見せてくれない?何が書いてあるのか、気になってさ。」


朝倉はいつもの調子で、冗談めかして「秘伝のコツを盗んじゃおうかなー。」と笑いながら、横峯の手元にあったノートを奪うように手に取った。


「あ、ちょ…朝倉っ……」


横峯が止める間もなく、朝倉はページをめくった。


「……っ…はっ?」


その瞬間、朝倉の笑みが凍りつき、指先が止まった。


「……えっ……なに、これ……。」


横峯のノートには、整然とした講義内容など書かれていなかった。


そこにあったのは、多様な現場の想定に対し、被疑者をどう追い詰めるか、警察は適正な職務執行と主張出来るか、という夥しい量の書き込みだった。


過去判例だけじゃなく、内部の通達、懲戒処分関連、左派系弁護団体の主張等、手に入るありとあらゆる情報が記載されていた。


丸みを帯びた女子学生らしい筆跡ではあるが、その密度は横峯の並々ならぬ執念で埋め尽くされていた。


「これ、佐藤に教わったの……?」


朝倉の声が、わずかに震えている。


「……教わったのは、武器の使い方。思考プロセスといってもいいかも。それを基に、誰にも負けないくらい使いこなしてやるって、決めたから。」


そう言って横峯が静かにノートを奪い返した。


その横顔には、もはや嘲笑われるような脆弱さは微塵もない。


朝倉は、自分の手のひらに残った微かな紙の冷たさを噛み締めるように、立ち尽くしていた。



一通りのやり取りを見ていた俺は、そのまま非常階段の踊り場に向かった。


1人のオアシスに辿り着くと、そのまま紫煙を燻らせる。


俺が彼女に渡したのは、確かに劇薬だったかもしれない。


だが、警察社会の幹部として生き抜くためには、これくらいのが普通なのだ。


班員たちの間にあったプライドという低俗な感情は、覚醒しつつある横峯への畏怖へと書き換えられた。


これが、5人の関係が真の意味で変わり始めた、最初の分岐点だった。

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