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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
二年目「梁山泊」

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第13話「試金石」

数日後の深夜。


寮の消灯時間を過ぎた頃、俺は喉の渇きを覚えて1階廊下の自販機へと向かった。


当然、その後ろには二人のSPが、影のように静かな足取りでついてきている。


「……佐藤さん。何かありましたか?」


普段ほとんど口を開かないSPの一人が、俺が足を止めたことに気づいて囁く。


俺の視線の先、暗い渡り廊下の突き当たり、非常口の近くに小さな人影があった。


「……わかってる。わかってるから!!」


この声は横峯だ。


「今月分はもう送ったでしょ? ……これ以上は、もう私の生活費を削るしかないの!!」


彼女はスマホを耳に当て、声を殺して泣いていた。


「……退学なんて、……そんなこと言わないで。私、ここを出たらもう……」


震える声。


イントネーションに若干西側の方言が混じった、切実な悲鳴だった。


貧困、それは、この女性優位の世界でも、等しく人間を蝕む病だ。


特に、地方の困窮家庭出身者にとって、警察官という安定した職業は唯一の蜘蛛の糸なのだろう。


横峯が通話を切り顔を上げると、暗闇の中で、俺と目が合う。


「……あ。」


横峯の顔から、血の気が引いていくのがわかった。


国家資源として守られ、何不自由なく警察大学校生活を歩んでいるように見える俺。


明日の食費すら危うく、家族の重荷を背負って泥を這うように進む横峯。


「……見られた。」


彼女の呟きは、絶望に満ちていた。


ここに入学する学力がある人間は、プライドも相応に高い。


横峯はそれを感じさせるような振る舞いは少なかったが、俺にこの姿を見られることは、嫌だったに違いない。


「……横峯。」


俺が呼びかけようとした瞬間、彼女は俺の横を無言ですり抜ける。


すれ違いざま、安っぽい石鹸の香りが俺の鼻腔を突いた。


横峯は、そのまま、逃げるように寮の自室へと走り去っていった。


---


翌朝、掲示板に貼り出された実技中間評価。


全科目トップの俺の名前からずっと下のほうに、<横峯奈美>の名前があった。


赤で書かれた<評価D>の文字。


この評価が二回続けば、退校勧告の対象となる。


朝倉も、干川も、かける言葉を失って沈黙していた。


最上だけが「……期待外れね」と鼻を鳴らして立ち去った。


姫野は、ただ無言で横峯の背中を、険しい目で見つめていた。


俺は、自分自身の特権と、彼女の背負っている現実の差を、初めてきちんと自覚した。


俺の中の前世の記憶が『これは彼女の問題だから、放っておけ』と、囁く。


『お前は自分の成績を維持し、確実に刑事になればいい。』と。


しかし、俺は、その記憶からくる感情に蓋をし、別の答えを出していた。


横峯をここで失えば、俺はこの学校で、本当の意味で『人間』として扱ってくれる唯一の同期を失うことになる。


横峯に手を貸すことは、俺自身のためでもある。


---


放課後、俺は教官室の扉を叩いた。


「関教官。……少し、相談があります。」


SPたちが訝しげな顔をする中、俺は一歩、踏み出した。


「横峯の成績不振の件、私が彼女のサポートをしたいと考えています。許可を頂けないでしょうか。」


「…… 佐藤、自分が何を言っているか分かっているのか」


教官室のデスクに座ったまま、関は鋭い瞳で俺を射抜いた。


普段感情を出さないSPも、俺の後ろで困惑した顔をしている。


「はい。横峯奈美は能力の欠如ではなく、精神的負荷による集中力の散漫が原因です。このままでは組織にとって、貴重な人材を失うことに他なりません。」


「確かに、この学校に入校している時点で一定の資質は認められる。」


関教官は椅子の背にもたれ、腕を組んだ。


「……ただ、家庭環境も含めて本人の能力だ。」


低く、突き放すような声だった。


「警察官というのはな、平穏な環境の中でだけ能力を発揮する人間のための職業じゃない。家庭の事情だろうが、金の問題だろうが、全部背負ったまま現場に立つ。それができないなら、その時点で資質がない。」


関の視線は微動だにしない。


「家庭問題で精神的に追い詰められてるので、今日は被害相談受けません。今月厳しくて腹が減ってるから、今の110番臨場しません。そんな警察官が居ると思っているのか?」


教官室の空気が、重く沈む。


「横峯が、その程度の試練で潰れるなら、退校処分で構わない。むしろ辞めるなら、早い方がいい。」


関は机を指で軽く叩いた。


「さて、自分の事でいっぱいいっぱいの奴が、警察幹部として組織と国民を背負えると思うのか?」


関の放った正論は、警察組織の論理として極めて正しいものだった。


「……その通りです。」


俺は一度だけ息を吐き、関の目を真正面から見返した。


「ただし、それは今のままならという仮定の話です。」


関の眉がわずかに動くのを確認し、俺は言葉を続けた。


「横峯は、能力が足りないわけではありません。実技、座学、いずれも入校時点では平均以上の成績です。現状は、精神的負荷によってパフォーマンスが落ちているだけです。」


俺は一歩、机に近づいた。


「ですから、その負荷を取り除くか、乗り越えさせればいい。」


「……どうやってだ。」


「私が成績優秀者に対する特待生給与受給を辞退し、それを横峯に取らせます。横峯が、私を除いて上位3人に入れば、金銭的な負荷はなくなるはずです。」


関の短い問いに俺が答えると、教官室の空気がわずかに動いた。


「佐藤、お前は今の学年での首席だ。国家資源として扱われながらも、昨年の全科目トップ。つまり、将来この組織を支え、国家と国民に奉仕する中心になる存在と言う自覚はあるのか。」


関の目が細くなる。


「あります。」


「そのお前が、落第寸前の学生の面倒を見ると?」


「はい。」


関は椅子の背から体を起こした。


「……理由は何だ。」


端的な関の問いに、俺は一瞬だけ言葉を選んだ。


「横峯奈美は、この組織に必要な人材であると、合理的に判断しています。」


「ずいぶん大きく出たが、それは感情論なだけだ。」


関は鼻で小さく息を鳴らした。


「横峯は……女性の中では極めて特殊です。責任感が強く、愚直で、自己犠牲を厭わず、……全ての人をフラットな視点で見ることが出来ます。男であるこの私を含めて、です。」


関は黙って聞いている。


「男が少ないこの世界で、男女という性別を自身の価値観から取り除いて接せれるのは極めて異常です。警察組織に数%居る男性職員や、多くいる男性被害者、少なからずいる男性被疑者。彼らを一人の人として接することが出来る職員は、そう多くないはずです。」


俺はそこで言葉を区切った。


「勿論、関教場ではそれが出来る人間は横峯一人。つまり、組織運営上、欠かすことのできない資質を有しています。」


数秒の沈黙が生まれ、関は椅子に深く座り直した。


「……つまり、横峯が組織に欠かせない人材であるため、佐藤が奴のマイナス部分を補うと?」


関の声が一段と低い声に変わった。


「はい。」


「自分の成績を落とす可能性があるぞ。」


「承知しています。」


「国家資源が、十把一絡げの女、たった一人のために負担を増やすと。」


俺はわずかに首を振り、そして静かに言う。


「違います。あくまでも組織のためです。稀有な戦力を失う方が、非合理です。」


関はしばらく俺を見つめ、やがて口元がほんの僅かに歪んだ。


「……相変わらず、面白いことを言う男だな。」


そう言って指で机を軽く叩く。


「いいだろう。条件付きで許可する。横峯の成績が上がらなければ……」


関は俺を指差した。


「ここを辞めて、資源庁のプログラムを受講しろ。」


一瞬、教官室を沈黙が支配した。


「……承知しました。」


俺は黙って敬礼し、踵を返そうとした。


「……最後に一つ言っておく。この学校に来る女は総じてプライドが高いが、それを支えに生活しているからな。」


関の言葉を受け、自分の眉間に皺が寄ったのが分かった。


「横峯はお前を、『対等な同期』として見ようとしている。過剰な援助をすれば、奴の自尊心は粉々に砕けるぞ。」


そう言って関は、机の引き出しから一枚の許可証を取り出した。


「放課後の旧講堂の使用を許可する。ただし、SPの同伴は絶対だ。それと……」


関は少しだけ声を潜めた。


「やりすぎれば、彼女を壊すことになる。加減を間違えるなよ、佐藤。」

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