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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
二年目「梁山泊」

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12/17

第12話「月旦評」

2年目の訓練は、昨年とは比較にならないほど実践的、かつ苛烈を極めていた。


特に逮捕術の時間は、個人の身体能力だけでなく、精神的な『攻め』の姿勢が問われる。


警察大学校卒業後は幹部の道に進むとはいえ、3年生から4年生の時には現場での実地研修がある。


さらに、卒業後の初年度は警部補として各警察署に派遣となる。


職務上の危険が予見されるうえ、組織内でも叩き上げから若輩者だと舐められかねない。


こういった苛烈な訓練は、そういう現場でも安全かつ毅然に対応できるよう、目的を持っている。


「……一本!そこまで!勝者、最上!」


術科担当教官の鋭い声が道場に響く。


床に膝をついたのは、横峯だった。


防具越しでもわかるほど肩で息をし、立ち上がるのが精一杯という様子だ。


「横峯、今の踏み込みは何?徒手対短刀で迷ったら終わり。そんなんじゃ現場に出た瞬間、刺されるよ。命掛かってんだから。」


最上が面を脱ぎ、汗を拭いながら吐き捨てる。


彼女の言葉は相変わらず辛辣だが、それは『能力を認めている相手』への苛立ちに近いものだった。


横峯は「……わかってる。ごめん」と短く返し、視線を床に落としたまま立ち上がった。


その横顔を、俺はSPの視線を背中に感じながら見つめていた。


---


昼食時、すっかりお馴染みとなった食堂の隅の席で、俺は横峯の隣に座った。


横峯は食堂で注文はしておらず、タッパーに入った白米に、小豆島産の例の『だし醤油』をかけて黙々と口に運んでいた。


白米の隣にある小皿に、自由に使える青きゅうりの漬物が乗っているだけで、おかずらしいおかずは見当たらない。


「なーに、横峯。ダイエット?それとも、また実家への送金で食費削ってんの?」


朝倉がトレイを持って隣に座り、牛タンつくねを一つ横峯の皿に放り込んだ。


からかい混じりの言葉だが、彼女なりの気遣いだろう。


「……別に。食べ慣れてるコレが一番落ち着くんだよ。」


横峯は無理に口角を上げて笑った。


だが、箸を持つ指が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。


前世の記憶に嫌というほど刻み込まれている『追い詰められた人間』のサインだ。


「横峯。午後の刑事担当教官による講義、予習は済んでいるか。」


俺が声をかけると、彼女は一瞬、ビクッと肩を揺らした。


「あ、うん。……やってる。大丈夫。佐藤に教えてもらったところ、ちゃんと復習したから。」


「そうか。ならいい。」


俺はあえてそれ以上踏み込まなかった。


警察大学校という組織は、一度『弱み』を見せればそこを徹底的に叩かれる。


教官も、そして時には同期も。


彼女が自分で踏みとどまることを選んでいるうちは、外野が騒ぐのは逆効果だ。


---


「さて、事前に伝えていた事後強盗の予習はしてきたか?」


刑事担当教官の目が、教場を舐めた。


教場全体が「はい!」と、端的に返事をした。


「少し自信が無さそうな奴もいるが、まあいいだろう。今日は元々別の事例検討をする予定だったからな。」


教官がそう言った瞬間、教場がざわめいた。


声は上がらないものも、皆動揺しているように、体が左右に揺れた。


「どうした。各署で被害者が相談に来るとき、必ず相談内容を事前に通知するというルールがあるのか?…そんなものは無いだろう。」


そう言って教官は、教壇から降り、教場内を歩き始めた。


「……相談件数が多く、……様々な犯罪種別があり、……対応が長引くことが多く、……判断を間違えると生死に関わる、……何の相談か分かるか?」


教官は、俺と横峯の机の間に立ち、鋭い視線を俺に向けた。


「はい。……恋愛感情に起因する相談だと思います。金銭、ストーカー、脅迫等、様々なことが考えられる事案です。」


教官は喉を鳴らし、教壇へと歩みを進める。


「その通りだ。流石、トップは優秀だな。」


再び教団に戻った教官が、教場全体を見回す。


「さて、今日はそういった恋愛感情に起因する相談事案の事例検討をする。」


教官は、そう言って教卓に積んであった資料を配布した。


「……記載の通りだ。女性Aが、別れたパートナーの女性Bとよりを戻す目的で、交際中に撮影した行為中のBの画像を、Bの携帯電話に送り付けた。」


配布された一枚物には、端的な文章で想定がまとまっている。


端的であるということは、考慮する対象が広いことは皆が理解していた。


「さらに『写真がまだあるよ。ネットに顔と名前晒しちゃおうかな。嫌なら会ってよ。』等と復縁を迫っている。以上だ。」


この事例を聞いて、脅迫、強要、名誉毀損、リベンジポルノ防止法、ストーカー規制法等の多様な法律が思い浮かぶ。


「まずは何をするべきか。姫野、答えろ。」


当てられた姫野の椅子の音が響く。


「はい。まず適用する罪名を特定するため、想定される各個の罪に対する擬律判断が必要です。脅迫、強要、リベポル等でしょうか。」


教官は首を縦に振る。


「そうだな。では次、既に適用可否が判断可能な罪名について判断しろ。横峯。」


指名された瞬間、隣に座る横峯の肩が跳ねた。


彼女は机を掴むようにして立ち上がったが、焦っているのか、顔が青白い。


「はい。ええと……Aの刑責は、強要の……未遂……に当たると思います。」


「擬律判断をしろと言ったが聞こえなかったか?根拠を述べろ。」


「はい。……ええと、その、昔の写真を使って……会わせようとしたので……えっと…です。」


横峯の声は震え、言葉を詰まらせている。


最上が鼻を鳴らし、朝倉が心配そうに横峯の背中を見つめた。


俺は隣で、横峯が必死に何かを思い出そうと、こめかみに浮き出た血管を震わせているのに気づいた。


「……横峯。お前、さっきから何を言っている? 私の指示は、構成要件該当性を整理し、結論を導くことだ。理解できているか?」


立ったままの横峯の顔に、汗が滲む。


俺は、横峯がこの程度で慌てるのは流石におかしいと思ったが、その原因が地方の貧困家庭である実家かの窮状によるとはまだ気付かなかった。


困惑、焦燥、羞恥等により、横峯の表情はさらにくもり、声を発せずにいる。


その様子を見かねた教官の苛立ちが、空気となって伝わってくる。


「もういい、無駄だ。佐藤、答えろ。」


教官が横峯を見限り、俺を指名した。


俺は顔を真っ赤にした横峯の発した椅子の音を合図に、静かに立ち上がった。


「はい。横峯の判断の通り、本件の女性Aは、強要未遂の刑事責任を負います。」


俺はそう言いながら配布された紙を手に持った。


「資料記載のとおり、画像はまだ女性Aのみが所持しています。これをサーバーにアップロードし不特定多数が閲覧できる状態にすれば名誉毀損ですが、それがされていない以上、名誉毀損の構成要件は満たしません。」


ここで俺は軽く息を吐き、再び前を向いて口を開く。


「本件のようにメール等で本人に告知した段階では脅迫に当たります。不貞などの公表を内容とする告知は、名誉に対する害悪の告知と解せるためです。」


教場が静まり返る。俺は前世の記憶をなぞりながら、言葉を選ぶ。


「人の交際は自由であり、別れた相手に会う受忍義務は存在しません。よって、脅迫を手段として義務の無きことを行わせようとした行為は強要罪となります。」


俺は手に持っていた紙を机に置いた。


「しかし想定では、告知が行われた後すぐに警察に相談しています。よって、目的が不達成であるため強要未遂となります。」


教官は俺の言葉に深く頷いた。


「なお、立証のための証拠保全は、Bの端末の受信ログ、およびAの端末の差し押さえが必須と考えます。」


「……座れ。佐藤の言う通りだ。」


教官が黒板に向き直る。


「横峯。お前は何だ。何があったかは知らんが、警察官が現場で『私的な事情』に思考を割けば、それは自分だけでなく同僚の命を捨てることになる。」



「それは警察組織の人間としての資質を欠いていることを意味する。……次はないと思え。」


その言葉は、教場の全員に、横峯が今、弱っていることを公式に宣告したに等しかった。


俺は、彼女の震える指先から目を逸らし、前だけを見据えた。


同情は、今の彼女にとって最も不要な毒だと思ったからだ。


だが、状況は俺の予想を超えて悪化していた。

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