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男女比1:96の世界で、女性だらけの警察大学校に男一人で入学しました(1/96前日譚)  作者: Pyayume
二年目「梁山泊」

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第11話「違和感」

2年目の初日、関教場の空気はわずかに変質していた。


視線は相変わらず俺に集まるが、入校時の視線とは明らかに違う。


好奇でも、露骨な値踏みでもなく、俺の資質を測る視線だった。


教卓の前に立った関教官は簡潔に告げる。


「さて、君たちは本日より2年生だ。座学ばかりの基礎は、漏れなく身についているはずだ。ここからは使える人間かどうかが評価基準だ。」


一瞬、教場が静まり視線がこちらへ流れる。


「知識とは、正しい思考により、正しい判断を導くためのものだ。だが、知識の入出力が出来ても、自身の思考に活用できなければ意味が無い。将来のため、思考パターンの引き出しを増やすのが2年生の本文だ。」


関の言葉に、皆が唾をのみ込んだ。


今年度も俺の席は変わらず、制度も変わらない。


一定距離を保つSPに、週一回のメンタル検診。


だが、空気は違う。


「今年も首位、維持できる?」


朝倉が顔を覗かせながら、相変わらず軽い声音で話しかけてきた。


「維持するものじゃない。自己研鑽の成果が勝手に現れるだけだ。」


「相変わらず、国家資源のかけらも感じないねー。」


去年なら、周囲は笑い半分で俺を見ただろうが今年は違う。


干川莉子が机に肘をつき、相変わらず距離を詰めてくる。


「ねえ佐藤。今年も我が班の戦力で、よろしくね。」


「無論、そのつもりだ。」


干川の視線が一瞬だけ揺れる。


男は希少資源で守られ、消費される存在であるという前提が、わずかに軋んでいる。


俺の耳に資料をめくる音が聞こえた。


「机上評価は去年までだから。今年は実務想定が増える。」


最上が視線を真っ直ぐ向けて、続ける。


「机上の王様で終わるなら、今年で崩れるからね。」


明確な宣戦布告に込められた、純粋な競争心。


様子を見ていた姫野は腕を組んだまま、短く言う。


「どっちも結果で示せばいい。それだけでしょ。」


昨年度よりも嫌悪は薄れていたが、冷たい態度は相変わらずだった。


隣の横峯は話を聞きながら静かにノートを開いている。


視線が合うと、わずかに頷いた。


「今年は、自分の言葉で考えたいって思ってるんだ。」


唐突な宣言だった。


「去年は、佐藤からの借り物だった気がする。」


「分かった。今年は1聞かれたら1だけ返すようにするよ。」


横峯の顔に苦笑いが浮かぶ。


「ありがと、厳しくて助かる。」


「対等な関係だからな。」


一瞬だけ、横峯の表情が、真剣な戦う者の目に変わった気がした。


---


午前の講義はより実践的な法適用の討議で、想定事例から幹部の立場として、『どのような指示を出すべきか』という考えをまとめていく形式だ。


想定は組織的違法風俗店の取締りについて。


男性をセラピストとして接客させているという噂が立つ風俗店。


店の営業形態自体は一見合法のマッサージ店として届出が出されている。


店員は複数人で周囲を警戒しており、紹介制のため証拠薄弱の状態。


関教官が教卓に指を置いた。


「さて。違法風俗店の疑いがある。だが証拠が無い。この場合、警察として最初に考えるべきことは何だ?」


素早くノートをめくる音がする中、最初に手を挙げたのは朝倉だった。


「ここは、変装してバイト応募とかでの潜入捜査が必要だと思います。」


関は首を横に振る。


「男性を違法で働かせている店だ。身分確認は徹底しているだろうから、捜査員が働き手として潜入するのは現実的ではない。かなりの数の国家資源関連法に抵触するからな。」


「では、男性警察官が従業員として面接するというのは。」


教場の視線が一瞬こちらに集まる。


「それもあり得ない。佐藤以外に使えない手法など、考慮する意味が無い。」


関の回答に朝倉は少し不服そうに席に座った。


その様子を見ていた干川が手を挙げる。


「女性客として潜入するのが、オーソドックスな捜査手法ではないでしょうか。」


「それも一つの手段だ。しかし今回の条件では成功率が低い。」


関は黒板に三つの言葉を書いた。


<

周囲の警戒が強く、監視カメラでの録画


年齢確認名目で、身分証提示の可能性


一見さんお断りの紹介制店舗経営、証拠薄弱

>


「想定に書いてある通り、ここが潜入の問題点だ。さてどうする?」


教場が静まり返る中、手を挙げたのは最上だった。


「周辺からの聞き込みや、こちらもカメラを使っての張り込みです。男性の出入り確認や、出てきた客から聴取をします。」


「悪くないが時間がかかる。国家資源毀損の可能性がある以上、緊急性を考慮すべきだ。」


関の視線が教場を一周した後、俺へと向いた。


「佐藤。男性被害者の気持ちに寄り添える君なら、緊急性が理解できるだろう。……一体どうする。」


少し低い声に、教場の空気が少し張り詰める。


「はい。……私であれば、違法風俗としての立証を諦めます。」


俺の回答に数人が息を呑んだ音が響き、関が眉をわずかに上げる。


「……続けろ。」


「緊急性が高いのであれば、営業形態を直接立証する必要はありません。店舗という空間で行われた他の被疑事実を探します。」


俺はそう言いながら、小さく咳ばらいをした。


「例えば、廃棄物処理法、消防法、建築基準法、労働安全衛生法……店舗の扉を開ける方法はいくらでも有ります。」


朝倉が「出たよ。暴論、法の網。」と小さく笑ったのが聞こえた。


「男性に性接待をさせているという犯罪事実は、最終的に明らかになれば良いだけです。店舗の錠を開ける鍵ではありません。」


俺は皆の視線を受けながら、さらに続ける。


「そうであれば、入口は別に作れます。……例えば、医療廃棄物。」


教場が一瞬ざわつくが、関が腕を組みなおした。


「理解が追い付いていない者がいる、説明を続けろ。」


「男性セラピストを接客させているなら、医療行為に近い処置が行われている可能性があります。……もし使用済み注射器や薬剤が通常ゴミとして廃棄されていれば。」


俺は、黒板の<証拠薄弱>の部分を指す。


「廃棄物処理法違反で捜索差押、つまり強制処分が可能です。」


干川が思わず口を開く。


「え、それで店に入れて、証拠が押収できるっていうの?」


「廃棄物処理法違反の捜査であれば、店舗全体の廃棄物管理状況を確認する必要があります。……つまり、営業実態の把握のため、レジも、バックヤードも、電子端末も、営業記録も確認対象です。」


関教官が静かに頷くのを見て、最上が悔しそうな表情を浮かべる。


「男性が捜索の範囲外だったら?」


姫野の短い問いかけに、教場が静まり返る。


「もし男性が居る場所が範囲外である場合はシンプルです。警察官職務執行法第六条第一項を理由に、そこに入ります。」


関教官の目がわずかに細くなった。


「救助のための立ち入り、だな。」


「はい。」


「被害者の生命身体に危険があると合理的に判断できれば、令状が無くても立ち入りが可能です。」


俺が言い終わると教場内に沈黙が落ちた。


「怖。」と、朝倉がぽつりと言った。


干川が「店、終わるね。」と、苦笑する。


最上の表情が険しいままだが、関が整理する。


「佐藤の判断は、廃棄物処理法違反で令状取得、捜索差押で店舗侵入。男性被害の可能性が出れば警職法で救助。結果として違法風俗の証拠は押収でき、国家資源も保護出来る。」


「はい。纏めていただいた通りです。」


教場が静まり返り、関教官はゆっくり振り返る。


「良い思考だ。」


関は、そう言ってチョークを置き、教場全体を見回した。


「皆、覚えておけ。……犯罪の形だけに囚われるな。どうすれば最も被害を最小限に抑えられ、かつ迅速に対処が出来るか。それを常に考えることだ。」


その言葉に、誰も声を出さなかった。


横峯だけがノートを見つめながら、小さく呟いた。


「形に拘らない……か。」


その横顔は、さっきより少しだけ険しかったようだが、その時の俺は気づかなかった。


遠くでチャイムが鳴り、午前の講義は終わった。


今日から二年目が始まり、相変わらず俺の後ろにはSPが立ち続けている。


男は守られる存在、それがこの世界の前提だ。


だが、教場の空気は、確かに変わり始めていた。


朝倉は軽口を叩き、干川は距離を詰めてくる。


姫野は相変わらず冷たいが、露骨な嫌悪は減った。


最上はまだ俺を認めないが、議論は正面からぶつけてくる。


そして横峯はノートを開きながら、携帯を見て、机の上に置いた。


孤立は消えていないが、感じる時間が減った気がする。



国家に守られる存在が、刑事になれるのか。


そう考えていた矢先、机の上に横峯の携帯が震えた。


横目で見えた通知画面には、<仕送り増やせないの?>という文字が見えた。


彼女は画面を見て、ほんの一瞬だけ表情を固めた。


そしてすぐに伏せる。


「……大丈夫か。」


俺の問いに、横峯は笑った。


その笑顔は、いつもの笑顔に見えたが、どこか嚙み合わない表情だと俺は感じた。


「大丈夫。ちょっと家のことで…」


ペンを握っている横峯の指先が、わずかに震えている。


それは、困っているというよりは、何かを必死で耐えているように見えた。


机の上で伏せられた携帯の画面には、未読の着信が三件。


横目で見ると、すべて横峯の実家からだった。


二年目は、まだ始まったばかりだった。

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