第10話「肩書」
「さて、本意ではないが、別の教官からの指摘で確認することがある。」
関が重々しく言いながら取り出したのは、強盗殺人事件の演習問題だった。
「これ系の問題、一年次に完答したのは歴代で初めてだそうだ。」
そう言って関は俺の答案用紙を問題の隣に置いた。
「犯行動線の構築が早すぎる。さらに、侵入経路の特定、犯人の心理変遷、逃走経路の選択にも触れている。被疑者心理の推定が具体的すぎる。仮想事例であるはずの現場に、血液乾燥時間、遺体硬直進行、実況見分の手順まで記載したな。」
答案を示されると、俺の記述には、犯行時での躊躇の時間、手袋の素材選択理由まで書かれている。
「机上訓練の結果及び、合理的推測です。」
「想定事例を事前に入手し、試験までに問題を推測し、回答を用意していた。そういう見立てをする者もいるとは思わないか?」
わずかに、空気が変わった。
「現場経験の無い一年次は教科書的な一般論をベースに考察する。だが佐藤、お前は現場経験者の視点で書いている。これが、試験中に思い至ってまとめたとは俄に信じがたい。」
否定せず、沈黙する。
俺に前世と呼称すべき記憶があること、これは誰にも話していない。
「実際、試験問題は全教官が1題づつ作成し、試験開始1時間前に学校長が選ぶ。不正が不可能な以上、問題視はしない。……だが記録は残る。」
そこで関は深くため息をついた。
「……これは佐藤の過去を詮索するために聞くわけでは無いが、……過去に犯罪被害歴は?」
「ありません。」
俺は心の中で、『少なくとも、この人生では。』と呟き、沈黙した。
「……わかった。……能力は疑っていないが、警察は緊密な連帯が必要な集合体だ。個人の突出は、組織にとって扱いづらい。」
関は静かに言う。
「扱いづらい、ですか。」
「ああ。佐藤は優秀だが国家資源でもある。さらに、繁殖プランの受講を蹴って入校しているというイレギュラーだ。」
「扱いずらそうですね。」
関は疲れたような表情に変わり、自身の頭を掻いた。
「……まったく、……そういう訳だ。2年目も観察は続くと肝に銘じてくれ。」
「承知しました。」
「……最後に、別の教官が佐藤を机上型優等生と評価していた。理屈が先に立つため、感情の振れ幅が小さく、被害者共感性が低い。……そいつが言いたいことは一つ。佐藤が刑事には向いてないと、そう断じている。」
言葉自体に悪意はないが、俺の胸には刺さる言葉だった。
「反論はするか?」
「ありません。」
事実の一部と認識しているし、現時点の他人の評価を変えるつもりもない。
関はわずかに目を細める。
「……本当にないのか。悔しくはないか。」
「…評価は評価です。」
「わかった。……2年次も座学成績の上位は維持できるだろう。だが評価は能力だけで決まらないのがこの組織だ。」
関がファイルを閉じた。
「最後のは、塩なのか毒なのかは佐藤が判断しろ。……以上、次の最上を呼べ。」
「はい、ありがとうございました。」
俺は敬礼し、部屋を出る。
すると廊下には同期の班員がいた。
「次、最上。関教官が待ってる。」
姿勢を正して立っていた最上が俺を一瞥し、そのまま返事をせずに扉の中へ消えた。
近くに居た朝倉が、壁にもたれながら、尋ねる。
「で、拍手喝采、来年もよろしくーみたいな?」
「薬物所持とカンニングを疑われただけだ。」
「…えっ、何それ?」
朝倉の顔から軽薄さが消える。
「薬物って……本気で?」
「脳波が安定しすぎているらしい。」
俺の回答に、干川が目を丸くする。
「安定してて疑われるの?理不尽すぎない?」
「それが異常な安定だというデータがあるらしい。」
姫野が腕を組んだまま言う。
「逆に、何でそんなに揺れないの。」
「自分の脳波なんて、自分じゃ分かんないだろ。」
「優秀すぎるのも問題って……カンニング疑惑も含めて……それ、嫌じゃないの?」
横峯が、少しだけ遅れて口を開き、俺と視線が合う。
「疑うことは職業病だ。警察組織としては正しい確認だと思う。」
「でも、疑われたんでしょ。」
数秒、言葉を探すが上手く返せない自分が居た。
横峯は納得していない顔で、「私は嫌だな。」と言った。
「何が、嫌なんだ?」
「佐藤が、常に観察対象だったり、管理対象だったりすること。」
その言葉は決して軽くない。
それを察した朝倉が、空気を変えるように笑う。
「まあまあ!!優秀すぎるのも罪ってことで!!」
干川が大きく頷く。
「来年も1位でいてくれたら、それはそれで気持ちいいけどね。」
「座学番長で終わらないことね。」
そう言った姫野は組んでいた腕をほどき、トイレの方向に踵を返した。
直後、廊下にわずかな沈黙が訪れ、横峯が小さく息を吐く。
「こんなに、うちの組織に向いてる人いないのに。」
「今話したのは現時点の評価の1つってだけだ。特に否定する材料も無い。」
俺の言葉に横峯は首を振る。
「材料、作ればいいじゃん。」
「どうやって。」
「まだ分かんない。でも、佐藤が必要な人間だって、私が証明する。」
真剣に唐突な宣言をする横峯が、少し面白く感じる。
「何で、横峯が証明するんだよ。」
「勉強、……ずっと教わってるから。」
それだけ言って壁にもたれた横峯の表情には、わずかな焦りが混じっている。
横峯の順位と、俺の順位、その差は数字で示されている。
そろそろ1年目は終わる。
成績は最上位、評価は保留、観察対象、机上型、国家資源。
俺の肩書だけが増えていく。
だがそんな中で、横峯は、俺を『国家資源』とは呼ばない。
廊下の窓から差し込む冬の光が白い。
守られる存在が、刑事になれるのかという問いは、まだ解答欄の空白にある。
2年目の跫が、ゆっくりと聞こえる。




