風の歌と挫折
「最近のしずく、なんか明るくなったよね」
ある朝の登校中、隣を歩くまひるに唐突に言われた。女子バレーボール部に入ったまひるとは放課後こそ一緒に帰らなくなったものの、朝の登校は続けていた。
「そうかな?自分ではわからないけど」
「なんかね、前よりも自分のことを話してくれるようになった気がする」
まひるに言われて改めて考えてみる。確かに、以前はまひるの話を聞く役に徹することが多かったが、この頃は自分の話をしていることも多い気がした。と言っても、話題の大半は短歌部のことだったが。
「やっぱり短歌部に入ったのが良かったのかもね。部活の話をしているときのしずく、楽しそうだもん」
「うん。先輩たちもいい人だし、入ってみて良かったよ。まだ自分で書いたものを発表する時は緊張するけど」
「しずくの作った短歌、私も見てみたいなー。でもまだ見せてくれないんでしょ?」
「まひるに見せるのはちょっと恥ずかしいよ」
幼馴染の友達に見せるというのは、先輩たちに見せるのとはまた違った恥ずかしさがあり、まだそこは克服できていなかった。
「じゃあ、私に見せてもいいと思う出来のものができたら、見せてね。楽しみにしてるから!」
まひるに笑顔で告げられ、頑張って期待に応えられるようになりたいと思った。こうして前向きに考えられるのも、短歌部に入った良い影響なのかもしれない。
部の活動では、短歌について基礎的なことや技術を学ぶ勉強会と題詠を中心とした創作の練習が続けられていた。今日のお題は、「風」だった。先輩たちに続いて、自分の歌を発表する。最近は少しずつ短歌作りにも慣れてきた気がしていた。
–––––風が吹く春の陽射しと花香る抱かれながら歌を読みゆく
「うーん、なんかちょっと硬いかも?」
「確かに。五七五七七の意識に引っ張られ過ぎているのかもしれないね」
「そうだな。俺としては、歌に意外性がないのが気になったな。素朴でいい歌なんだが、言葉選びか内容のどちらかに遊びが欲しい気がする」
三人の指摘を受けて自分の短歌を見返す。言われてみれば、お手本として過剰に整えられたもの見えた。良いと思っていた自分の言葉が急に借り物のように思えてきた。これまでに掴んだと思った手応えが指の隙間からこぼれ落ちていく気がした。
「あんまり落ち込まないでね、しずくちゃん」
「ああ、誰しも通る道だから、むしろ成長している証拠だと思ってもいいくらいだ」
慰めの言葉はありがたいはずなのに、胸の奥がざらついたままだった。素直に頷けない自分が余計に情けなかった。
「朝倉さん、悔しい?」
藤原から唐突に質問される。なんと答えるべきか考えるが考えがまとまらず、率直な気持ちを答えた。
「…悔しいです」
「そっか。それは朝倉さんがもっと上達したいと思ってるからだから、ここでめげずに続けていけば、きっと乗り越えられるよ」
普段は言葉数の少ない藤原からかけられた予期せぬ優しい言葉に、目頭が熱くなる。それを誤魔化すように、目を伏せて鼻をすすった。
「ありがとうございます」
ひよりが静かに頭を撫でてくれた。何も言わない優しさがありがたかった。
「うん。藤原がいいことを言ったな。朝倉さんならきっと頑張れるだろう」
気持ちが落ち着いたところで顔を上げると、そう告げられた。三上はそこで言葉を切ると全員を見回した。
「そろそろ、コンクール用の歌の制作に入るぞ。我が部のコンクール用のテーマは『春の出会い』にすることにした。各自、このテーマに関する歌を作ってくれ。部活の時間は制作と作った歌に関する相談に使おうと思う」
いよいよその時が来てしまった。少し気持ちが落ち込んだタイミングなだけに、頑張れるか自信がなかった。
「しずくちゃんのことはみんなでサポートするから、安心してね!」
私の心の中を読んだかのように、ひより先輩が声をかけてくれた。先輩たちの優しさはその言葉からひしひしと伝わってきていた。その気持ちに応えられるように頑張ってみよう。そう思った。
次の部活から、早速コンクール用の短歌の創作に取りかかった。いくつか試しに短歌を作り、先輩たちに見てもらうが、あまり良い反応はもらえなかった。
「しずくちゃん、あんまり焦らないでね」
ひより先輩は暖かい言葉をかけてくれるが、それがかえって苦しかった。短歌部に入って自分の気持ちを言葉にできるようになったと思っていたが、今は思うように言葉が出てこなかった。
家に帰ってSNSアプリを開いても自分の言葉を書けない日々に逆戻りしてしまっていた。




