春の陽射しの歌
最近は授業を受け、部活のある日は部室に行って短歌の勉強をする生活が続いていた。間に中間試験もあったが、元々勉強は苦手ではないので、それほど苦労せずに乗り越えられた。高校に入って一気に難しくなったように思える数学だけは自信がなかったが。
「今日は題詠の練習をしようと思う」
何度かの勉強会を終えたある日の部活で三上がそう告げた。
「朝倉さんのために言っておくと、題詠というのは、決められたお題について歌を寄せ合うことだ。お題に関しての歌であれば、必ずしもその言葉を含む必要はない」
–––––「春の陽射し」
三上がホワイトボードに書いた。
「と言うわけで、今日のお題はこれだ。まずはそれぞれ考える時間を取ろう。ちなみに朝倉さんは慣れるまでは紙とペンを用意して何度も書き直してみるといいと思うぞ。それじゃあ各自作業だ」
先輩たちが静かに作業を始めた。私も一拍遅れて机に向き直った。三上の言葉に従い、ノートを取り出して何度も書いては消してを繰り返す。静寂に包まれた部室の中で手を動かす時間は緊張感があったが、心地よくもあった。
「そろそろみんな書けたようだな。じゃあ発表といこう。今日は一人づつ発表とみんなからのコメントを繰り返していくことにする。まずは藤原頼めるか?」
みんなが手を止めた頃を見計らって三上から声がかけられた。言葉に従って、藤原が席を立ち上がる。
「俺の歌はこれです。」
––––––春の日に部室へ差し込むあかりに背中を押され我歌を編む
「ふむ。“部室へ差し込”と“むあかりに”で切れ目はあれだが、五七五七七の音数を守った実直な歌だな」
「前半と後半の繋がりがなめらかでいい気がするね」
「“我歌を編む”という結びも今回のコンクールを目指している状況とよくマッチしている気がするな」
「ありがとうございます」
「しずくちゃんはどう思う?」
「えっと、私は“部室へ差し込むあかり”という部分がいいなと思いました。景色が見える感じがして」
「ありがとう。前回の歓迎会の歌で“校舎”という言葉を入れたから、今回も部室の情景が入れられたらいいなと思って作ったんだ」
「なるほどな。藤原らしい、素朴だけれど細部まで気の届いた歌だったな。それじゃあ、次はコグレに頼もうか」
今度はひよりが席を立つ。
「はい。私の歌はこれです」
–––––柔らかなこもれびの中君を待つ春は出会いの季節になるか
「やっぱり恋の歌なんだな」
「いいじゃん!部長はどう思いますか?」
「前半だけだとただ恋人を待っている歌に聞こえるけれど、後半の“春は出会いの季節になるか”という部分が効いているな。これで一気に物寂しい味わいが出てくる」
「それは確かにいい部分ですね。ただ、ひよりはいつも相手のいない恋の歌だから、連作として見ると飽きがくるかもしれない」
「あの…私は“柔らかなこもれび”という言葉の響きが素敵だなと思いました」
「ありがとう、しずくちゃん!」
「じゃあ次は俺の歌を見てもらおう」
三上が席を立ち自分の歌を貼り付けた。
–––––朧日に目を細めつつ歩み行く先に見えるゴール目指して
「すみません、部長。最初の字はなんと読むんですか?」
「“おぼろび”だな。春の柔らかな陽射しのことだ」
「このあたりの言葉のセンスは、三上先輩は流石ですね。ただ陽射しというより気持ちが伝わってくる気がします」
「歌の内容的には哲平と似てますね。ただ直接的に“歌”という言葉を出していないので、少し輪郭が柔らかくなっている気がします」
「ありがとう。ただ、“先に見える”という部分はどうしても六音になってしまって、調整しきれなかったんだ。朝倉さんはどう?」
「その、“ゴール”っていう言葉のおかげで堅苦しさがなくて身近に感じました」
「確かに、そういう部分もあるかもね」
「じゃあ、最後は朝倉さんだな」
三上に視線を向けられ、緊張しながら席を立つ。机を回り込んで小さく一つ息を吸ってから自分の短歌を貼り付けた。
–––––新学期春の陽射しに包まれて前を向いて歩いていこう
「うん、悪くないね」
「そうだな。この間教えた、五七五七七の音を守るということが実践できているのはいいと思う」
「私もいい歌だと思うけど、“包まれて前を向いて歩いていこう”の部分が音数の割に内容が薄くなっているのが気になったかな」
「それと、“歩いていこう”だと主体がぼやける気もする」
「確かにな。例えば、“顔を上げて歩いて行かん”とする手もある気がするな。朝倉さんとしてはどうだろう?」
「じゃあ、少し直してみます」
先輩たちの意見を参考に、手元でノートとにらめっこをする。先輩たちの言葉は厳しくも思えたが、部員として認めてもらえた証のようで嬉しくもあった。
少し時間をもらって考えをまとめ、ホワイトボードに修正案を書き直した。
–––––新学期春の陽射しに包まれて顔を上げつつ一歩踏み出す
「うん。これはよく整ったように思えるな」
「よくなったね」
「しずくちゃん、ばっちりだよ!」
隣に立ったひよりから笑顔を向けられ、照れ臭さを覚える。短歌に書いた一歩を、小さいかもしれないけれど、踏み出せているような気がした。




