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青春短歌〜言葉にできない気持ちを、私たちは三十一文字にする〜  作者: 老川
一年生一学期

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入学の日

 他人の言葉に嫉妬を覚えたのは初めての経験だった。


 四月の朝はまだ少し寒かった。高校の制服のスカートはまだ硬くて、歩くたびに自分じゃない誰かになったような気がした。


 入学式で並んだ体育館の天井はやけに高く思えて、私はとてもちっぽけな存在になった気がした。名前を呼ばれて返事をしたはずなのに、自分の声が本当に出ていたのか、周りに聞こえていたのか、よく分からなかった。


 新しいクラスに馴染めるかは自信がなかったが、幼馴染、西園寺まひるが同じクラスにいたのが幸いだった。ホームルームが終わり一気に騒がしくなった教室の中で、彼女が駆け寄ってきた。


「しずく、同じクラスだね!今年もよろしく!」


 朝倉しずく、それが私の名前だ。


「うん。よろしく、まひる」


 まひるに返事をしてから、教室を見渡す。教室のあちこちで同級生同士の話が花開いている。元々の知り合いもいれば、新しく友達を作っている人もいるのだろう。


「今日はもう帰る?」


 私が周りを気にしていることに気がついてか、まひるが声をかけてくる。彼女の言葉を聞いて私は少し自分が疲れていることを自覚した。


「今日はもう帰ろっか。入学式で少し疲れちゃった」


「そうだね。じゃあ、帰ろう!」


 そう言ってまひるは先頭を切って歩き出す。教室から出る前に彼女は何人かの同級生に挨拶をしていた。名前に負けないように明るく、社交性の高い彼女は早速新しい友達を作ったらしい。そんな彼女の様子に憧れとも羨望ともつかない感情を抱きながら、私は彼女の背をおって教室を後にした。


 教室から廊下に出てもざわつきは続いている。新しい学校への期待に胸を膨らませていることが伝わってくる。廊下の掲示板にはいろいろな部活の部員募集のポスターが貼られていた。目を引くような色使い、テニスラケットやサッカーボールのイラスト、宣伝のために練られただろうキャッチコピー。どれも眩しく見えた。


 そんな掲示板を横目に廊下を歩いていると、同じようにポスターを眺めていたまひるが声をかけてきた。


「しずくは部活なに入るか、考えてる?」


「ううん、まだ。どんな部活があるかもよくわかってないや」


「確かに。部の種類も多いみたいだもんね」


「まひるはどう?」


 そう聞くと、まひるはうーんと唸りながら、悩ましげな顔を見せた。


「なんか運動部には入ろうと思ってるんだけど、悩み中。どれも面白そうなんだよね。バスケもいいし、ソフトボールもいいし、」


 そこで言葉を切ったまひるはこちらに勢いよく顔を向けた。


「そうだ!しずくも一緒に運動部入ろうよ!なんかやりたいのない?」


 無邪気な笑顔にそれも良いかと思うが、少し考えて思い直す。


「だけど、私運動苦手だから…」


 申し訳なさを覚えながらそう答えると、まひるは残念そうな表情を浮かべる。


「そっかー。じゃあ部活が始まったら帰りは別かな」


 そんな会話をしながら廊下を通り下駄箱に着くと、そこは廊下以上に人混みで混み合っていた。入学式を終えたばかりの一年生だけでなく、二年生や三年生もいるようだ。よく知らない上級生の集団にどことなく緊張感を覚えつつ上履きを脱いで靴に履き替える。昇降口を抜けて外に出ると、穏やかな春の陽気が待っていた。


「朝は寒かったのに、あったかいね」


 まひると二人並んで駅に向かって歩いた。駅までは短い道のりだったが、春の日差しとその中を舞う桜の花びらが綺麗で心地の良い散歩のようだった。自動改札にICカードをかざして通る。ホームには同じ制服を着て電車を待つ姿が多く見られた。


 数分待ってやってきた電車に乗る。家の最寄り駅まではたった数駅だ。自転車でも問題なく通える距離だが、運動が苦手なしずくに合わせて二人で電車で通うことにしたのだ。


「これから楽しみだね!」


 二人隣同士に座ったまひるがこちらににこやかな表情を向けていた。


「うん。これからもよろしくね」


「もちろん!」


 そう答えてくれたまひるの顔に私は安心した。


 その日の晩、私は机の前の椅子に座り、スマホの画面とにらめっこをしていた。開いているのは短い文章を投稿するSNSの画面だ。高校に進学するにあたって、まひると一緒に新しくアカウントを作った。プロフィールに高校名を書いたので、同じように入学した新入生のフォローが届いていた。


 アカウントにはまだ一つしか投稿がない。アカウントを作った際に投稿した定型分のような挨拶だけだ。試しにまひるのアカウントを見ると、早速今日の感想を投稿していた。彼女の明るさが伝わってくるような元気な文章だった。


 同じように自分も今日の感想を綴ろうと思うが、思うように言葉が出てこず、書き損じの下書きばかりが溜まっていく。結局、私のアカウントの投稿数は一つのまま増えなかった。そうこうしているうちにスマホの画面は暗くなってしまった。


 次の日からは早くも授業が始まり、入学の特別なムードは消えつつあった。入学前に課された事前課題の確認から始まり、中学からは一段レベルの上がった授業が続いていく。放課後になるころには、すっかり疲れてしまっていた。


 授業後のホームルームが終わるとまひるに声をかけられた。


「しずく!私は女子バスケ部の体験に行こうと思うんだけど、どうする?」


 彼女は早速できたらしい友達と一緒に教科書の詰まったカバンと着替えを持って立っていた。


「ありがと。でもやめておこうかな」


 申し訳なく思いながらそう答えると、まひるは一瞬残念そうな顔をしたが、それを隠すように明るく応じてくれた。


「そっか。じゃあまた明日ね!」


 そう言って、手を振って教室を出ていく。残された私は特に体験したいと思う部活もなければ、一緒に帰る友達もできていないので、一人教室を後にすることにした。


 だが、何事もなく帰れるという見立ては甘かった。廊下にはさまざまな部活のユニフォームに身を包み、小道具を携えた上級生たちが群れをなし、新入生の勧誘を行っていた。下駄箱まで辿り着くのにも一苦労しそうだ。


 色々な部活–––––運動部が多かった気がしたのは気のせいではないだろう–––––の先輩から声をかけられながら廊下を歩く。話を聞いても見学に行こうと思えるものには出会えなかった。律儀に立ち止まって話を聞いていたおかげで、下駄箱にたどり着くまでに三十分近くかかってしまった。


 そんな日常を三日繰り返した。新しいはずの光景なのに三日も繰り返すと日常のように思えた。まひるはソフトボールやテニス、バレーボールと毎日違う部活の体験に精を出していた。


 私は廊下で勧誘を受けているもののこれはというものには出会えず、どの部活にも見学には行かなかった。友達もSNSの投稿数も増えないままだった。


 そんな日常に変化が訪れたのは金曜日のことだった。

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