第3話「鍛冶屋の涙と、団子屋の看板娘」
王都の下町。
路地裏にのれんを掲げる甘味処『花見屋』は、仕事をサボる……もとい、外回りの休憩をする役人たちにとってのオアシスだった。
「……んー。やはり、この店の三色団子は絶品でござるな」
葛葉左近は、縁台に腰掛け、呑気に団子を頬張っていた。
定時退社を信条とする彼にとって、適度な糖分補給は業務効率化(という名の手抜き)に欠かせないルーチンワークである。
だが、その平和な時間は、背後から忍び寄る甘い香りと共に破られた。
「あら、左近はん。またサボり?」
艶やかな声と共に、トン、と背中を突かれる。
看板娘のお蝶だ。
彼女は盆を抱え、愛くるしい笑顔を浮かべているが、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。彼女の正体は、街の裏情報を売買する密偵である。
「人聞きが悪いでござるな。これはエネルギー補給、いわゆる福利厚生の一環で……」
「へぇ、そうかい。……で、聞いたかい? 『黒鉄ギルド』の噂」
お蝶は左近の耳元に唇を寄せ、周囲に聞こえないよう声を潜めた。
団子の甘い匂いとは裏腹な、血生臭い情報の匂いがした。
「……最近、質の悪い魔剣が出回ってるって話さ。表向きは正規のギルド製品だけど、中身は粗悪品。しかも、その製造には禁忌とされる『人骨』が混ぜられてるって噂だよ」
『情報:ギルドが裏で「違法魔剣」を密造……』
左近の目が、スッと細められた。
違法魔剣。それはダンジョンの生態系を乱すだけでなく、使用者の精神をも蝕む危険物だ。
「……それは、管理課としても看過できない案件でござるな」
「でしょ? で、その製造を拒否して目をつけられてるのが……あんたの贔屓にしてる、あの鍛冶屋さ」
左近の手が止まる。
脳裏に浮かんだのは、無骨だが腕は確かな、あの熱血漢の顔だった。
***
カンッ、カンッ、カンッ!!
鍛冶場に、鉄を打つ音が響き渡っていた。
鍛冶師の鉄五郎は、噴き出す汗を拭いもせず、一心不乱に鎚を振るっていた。
彼の打つ剣には、華美な装飾はない。だが、その芯の通った強度は、現場の冒険者たちから絶大な信頼を得ていた。
「おい、鉄五郎。返事は決まったか?」
入り口に、数人の男たちが現れた。
揃いの黒い法被を着た、『黒鉄ギルド』の構成員たちだ。彼らの腰には、禍々しいオーラを放つ魔剣が差されている。
「……何度言われても同じだ。俺はそんなモンは作らねぇ」
鉄五郎は手を止めず、背中越しに答えた。
男の一人が、せせら笑いながら工房の中へ土足で踏み込む。
「強情だなぁ。ギルド長の命令だぜ? 素材(人骨)は支給する。お前の技術で、最高傑作を作ればいい。金なら弾むぞ」
「金の問題じゃねぇ!!」
ドガァッ!
鉄五郎は、真っ赤に焼けた鉄塊を金床に叩きつけ、振り返った。
その顔は、炉の炎よりも赤く、怒りに燃えていた。
「俺が打ちたいのは、使う奴の命を守る剣だ! 人の命を啜るような呪いの剣なんざ、死んでも御免だ!」
「あぁ? ……おいおい、生意気な口を利くなよ、たかが町工場の職人が」
男たちが、一斉に武器を抜く。
狭い工房に殺気が充満する。
だが、鉄五郎は怯まない。彼は炉の中から、商売道具である「巨大な火箸」を引き抜いた。
先端は赤熱し、陽炎を上げている。
「てめぇら、職人の魂をなんと心得る!」
鉄五郎の怒号が轟いた。
彼は火箸を二刀流のように構え、男たちを睨みつける。
「ここは俺の聖域(仕事場)だ! 薄汚ぇ足で踏み込んでんじゃねぇ! とっとと消えやがれ!」
「……チッ。交渉決裂だな。やっちまえ」
リーダー格の男が合図を送ると同時に、背後から増援が雪崩れ込んできた。
その数、十人以上。
多勢に無勢。しかし鉄五郎は吼えた。
「うおおおおっ!!」
鉄五郎は火箸を振るい、先頭の男の剣を弾き飛ばす。
その膂力は凄まじい。だが、所詮は職人。殺しのプロではない。
死角から伸びた警棒が、鉄五郎の膝を砕いた。
「ぐっ……!?」
「へっ、威勢がいいのは口だけかよ」
ガッ! ゴッ!
崩れ落ちた鉄五郎に、無数の蹴りと棍棒の雨が降り注ぐ。
抵抗しようとする腕が踏みつけられ、大切な商売道具である火箸が蹴り飛ばされた。
「職人の魂だぁ? 笑わせるな。明日から店を開けなくしてやるよ」
男たちは執拗に、鉄五郎の「手」を狙って踏みつけた。
鍛冶師にとっての命。それを奪おうとする卑劣なやり方。
(多勢に無勢で袋叩き)
鉄五郎は血反吐を吐きながらも、決して悲鳴は上げなかった。ただ、床に転がった自分の火箸を見つめ、歯を食いしばる。
「……まだ、だ……俺は、屈しねぇ……」
***
数刻後。
騒ぎが去った工房は、無惨に荒らされていた。
壊された炉。散らばった鉄屑。
その中心で、鉄五郎は動けなくなっていた。両手は赤黒く腫れ上がり、指はあらぬ方向を向いている。
「……酷いもんでござるな」
静寂の中に、足音が響いた。
葛葉左近である。
彼は荒らされた工房を見渡し、最後に倒れている鉄五郎のそばに膝をついた。
「……左近、の旦那か……へへっ、見っともねぇとこ、見せちまったな……」
鉄五郎は力なく笑おうとして、顔を歪めた。
「医者を呼ぶでござる」
「いい……それより、頼みが、ある……」
鉄五郎は、震える手で左近の袖を掴んだ。
その目からは、悔し涙が溢れていた。
「俺の店はもうおしまいだ……だけどよ、あいつら……俺の作った剣を、『ナマクラ』だって笑いやがった……それだけは、許せねぇんだ……!」
職人としての矜持。
それを汚されたことへの、血を吐くような慟哭。
左近は、鉄五郎の涙を黙って見つめた。
そして、静かに立ち上がる。
「……業務連絡、承ったでござる」
左近の声は、凍りつくほどに冷たかった。
彼は懐から手拭いを取り出し、鉄五郎の腫れ上がった手に優しく巻き付ける。
「労災認定だ。治療費も、慰謝料も、きっちり請求させてもらう」
工房の入り口で、気配がした。
小夜と、人間の姿に戻った銀次が立っていた。小夜の持つ『幻灯鏡』は、今の惨状をしっかりと記録していた。
「小夜。配信の準備は?」
「いつでもいけますわ。ターゲットは『黒鉄ギルド』。……徹底的に、やりますわよ」
左近は、床に落ちていた鉄五郎の火箸を拾い上げた。
冷たくなった鉄塊が、左近の手の中で、再び怒りの熱を帯びていくように感じられた。
「行くぞ。……残業の時間だ」
(第4話へ続く)
【次回予告】
「叩いて伸ばした鉄よりも、硬くて脆い人の意地。折られた火箸のその先に、地獄の業火が見え隠れ。
次回、『赤熱トング、悪を焼く』。
……火傷じゃ済まないでござるよ」




