第2話「巨大レンチ、火を吹く」
「あぁ? なんだそのふざけた武器は」
貴族のドラ息子――リーダー格の男が、侮蔑の笑みを浮かべた。
無理もない。
左近が構えているのは、剣でも槍でもない。全長1メートルを超える、無骨な鉄の塊――「巨大モンキーレンチ」だったからだ。
だが、左近の目は笑っていなかった。
その瞳の奥には、ブラック企業の理不尽な納期にも、クレーマーの罵倒にも耐え抜いてきた社畜だけが持つ、冷たく、昏い「虚無」と「殺意」が渦巻いていた。
「……おい。カメラ、回ってるか?」
左近が低く呟く。
その視線の先、暗がりに立つ九条小夜が、音もなく頷いた。彼女の手にある魔道具『幻灯鏡』が、青白い光を放ち始めている。
「ええ、左近。接続、完了しましてよ。……『無名の新人チャンネル』として、王都の魔導ネット掲示板にリンクを貼りましたわ」
小夜の唇が、三日月のような残酷な弧を描く。
空中に浮かぶ半透明のウィンドウには、早くも物好きな視聴者たちの反応が流れ始めていた。
【コメント欄】
:ん? なんだこの配信
:真っ暗じゃねーか
:タイトル『復讐』って痛いなw
:お、犬がいる。かわいい
:背景すげえ。CGか?
[ 5人視聴中 ]
「なんだ、女もいたのか! ちょうどいい、その魔道具ごと頂いてやる!」
リーダーの男が剣を振り上げ、地を蹴った。
速い。腐っても高ランク冒険者。一般人なら瞬きする間に首を刎ねられる速度だ。
だが――左近には「視えて」いた。
男の筋肉の動き、剣の軌道、そして重心のブレ。それらがすべて、構造図面のワイヤーフレームのように脳内で解析される。
「……動きに無駄が多いでござるな。欠陥構造だ」
ガギィッ!!
激しい金属音がダンジョンに響いた。
男の表情が驚愕に凍りつく。
必殺の一撃を受け止めたのは、左近のレンチのアゴ部分だった。
「なっ、俺のミスリルソードを……工具なんかで防いだだと!?」
「工具ではない。これは『調整器具』でござるよ」
左近は手首を返し、レンチのギアを回した。
カチリ、と音が鳴る。
次の瞬間、左近はレンチを強引に捻った。
バキィンッ!!
甲高い音と共に、高価なミスリルソードが飴細工のようにへし折れた。
「は……?」
「さて。第5層・管理規定第3条。『ダンジョン内での過度な破壊行為、および生態系への干渉を禁ず』」
左近は一歩、踏み出す。
その迫力に、男たちが後ずさる。
左近は腰に付けていた墨壺から、細い鋼鉄の糸を引き抜いた。それは、本来は直線を引くための大工道具だが、左近の手にかかれば凶悪な捕縛具となる。
「貴様らの存在において、安全基準違反を確認。これより排除を行うでござる」
「ふ、ふざけるな! 野郎ども、やっちまえ!」
男の号令で、取り巻きの三人が一斉に襲いかかる。
魔法使いが炎の杖を構え、軽戦士が短剣を抜く。
だが、その殺意の連鎖を断ち切ったのは、左近ではなかった。
『グルルルルゥ……ッ!!』
地を震わせるような唸り声。
全員の視線が、足元に釘付けになる。
蹴り飛ばされ、うずくまっていたはずの白い子犬――銀次だ。
その体が、蒼炎のようなオーラに包まれている。
小さな体躯が瞬く間に膨張し、鋭い牙と鋼のような毛並みを持つ、巨大な銀色の狼へと変貌していく。
「ヒッ……!? ま、魔獣フェンリル!? なんでこんな所に!」
「銀次、フェンリル覚醒! ……ふん、遅いでござるよ」
左近は口元だけで笑った。
銀次が咆哮する。その衝撃波だけで、魔法使いの放った炎がかき消され、男たちは尻餅をついた。
その光景は、配信を通じて王都中に拡散されていた。
【コメント欄】
:ファッ!?
:おい今の見たか、フェンリルだぞ!
:CGじゃねえ、あの冒険者『紅の獅子』団のバカ息子だろ?
:うわあいつら、初心者狩りしてるって噂マジだったのか
:犬つえええええええwww
:てか、あの作業着のおっさん何者だよww
[ 1,200人視聴中 ]
視聴者数は爆発的に跳ね上がり、コメントの流れる速度が加速する。
まさに配信、大炎上。
「ひ、ひぃぃ! やめろ、俺は伯爵家の……!」
「知らんでござる。ウチの職場では、肩書きなど何の意味もない」
逃げようとするリーダーの背中に、左近の操る鋼鉄の糸が巻き付いた。
ヒュンッ!
糸が天井の梁を経由して引き絞られ、男の体が宙に吊り上げられる。
他の三人も、銀次に追い詰められ、恐怖で失禁しながら武器を捨てていた。
「仕上げでござる」
左近は宙吊りになって回転する男の前に立ち、巨大レンチを大きく振りかぶった。
狙うは、男が身につけている高価な鎧の留め具、そしてベルトのバックル。
「再発防止策だ」
ガガガガガッ!!
衝撃音が連続して響く。
鎧が弾け飛び、男はパンツ一丁の無様な姿で、蜘蛛の巣にかかった虫のように拘束された。
肉体的な痛み以上に、社会的な死が彼らを襲う。
小夜がカメラ(鏡)を近づけ、その情けない泣き顔をアップで映し出す。
「皆様、ご覧になりまして? これが『初心者狩り』の末路ですわ。……さあ、拡散なさい!」
【コメント欄】
:ざまぁwwwww
:パンツ一丁wwwスクショしたわ
:これ伯爵家終わったな
:おっさんカッケー!!
:【朗報】正義の味方、作業着を着ている
:スパチャ投げたいけど機能どこだよ!
コメント欄が「ざまぁ」の嵐で埋め尽くされる中、左近はふぅ、と息を吐いてレンチを肩に担いだ。
銀次も元の可愛い子犬の姿に戻り、「わんっ!」と左近の足元にじゃれついている。
左近は懐から懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けた。
針は、定時をわずかに回ったところを指していた。
「……ふぅ。サービス残業になってしまったが、まあいい」
左近は吊るされた男たちを一瞥もしないまま、出口へと歩き出す。
「やっと帰れるでござる。……小夜、報告書の編集は頼んだぞ」
「ええ。最高のショーでしたわ、左近」
薄暗いダンジョンの通路に、男と美女と犬の足音だけが響く。
こうして、「ダンジョン仕置人」の最初の仕事は、大炎上と共に幕を閉じたのである。
(第3話へ続く)
【次回予告】
カンカンと、響く鎚音は誠の証。
けれど世間は、その実直さを嘲笑う。
利権という名の鞴が吹けば、
職人のささやかな誇りなど、あっけなく燃え尽きるのか。
茶屋の娘が注ぐ茶の底に、淀んで見えたギルドの闇。
男の涙は見たくない。女の嘘には騙されたい。
次回、『鍛冶屋の涙と、団子屋の看板娘』。
……熱いのは、鉄だけで十分でござる。




