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告白④

 その日からほどなくして、陽太と美羅はどちらから言うでもなく、陽太が借りていたワンルームマンションで長い時間を共に過ごすようになった。美羅がもともと住んでいたマンションを引き払ったりすることはなかったが、事実上、半同棲に近い生活だった。

 まるで、そうなることがあらかじめ決められていたかのように、自然な流れだった。お互いのマンションが比較的近かったという事実も、一緒に住むという決断を後押しした。

 陽太にとって、一つ屋根の下での美羅との生活は、それまでの人生の中でもっとも楽しい時間だった。

 それほどまでに幸福で、なおかつ充実していた。

 ――そもそも、自分はなぜ彼女に惹かれたのだろう。

 容姿やファッションといった外見的な要素ももちろんあったが、彼女の性格という内面的な魅力が大きく影響したことは言うまでもない。

 それに加えて、自分でも意外だった理由が、美羅という彼女の名前に惹かれたという事実だった。

 陽太は「美羅」という名を小さく口にしてみる。

 不思議な胸の高まりを感じた。


          *


 その日、陽太は一人でパソコンの画面を眺めながら、大きく息をついた。

 授業は徐々に専門的な内容が多くなり、学生生活は以前に比べて格段に忙しくなっていた。研究室の課題が山積みになりはじめていることに加え、就職活動もそろそろ本格的にはじめなければならない。

 だが、そんななかでも陽太の頭の片隅には、勉学とは関係のないあることが、ずっと引っかかっていた。それは、来週に迫った美羅の誕生日に渡すプレゼントのことだった。

 ――何をプレゼントすれば、喜ぶだろう……。

 机の上には以前、美羅が好きだと言っていた洋服が掲載されたファッション雑誌や、日常生活の中で思いついた案を書き留めたメモなどが乱雑に置かれている。

 それらを眺めても、これだという案は、なかなか思い浮かばなかった。

 女性との交際に関する経験不足が、見事なまでに露呈していた。

 万策尽きた陽太は、取り敢えず気を紛らわせようと、就職サイトでエントリーシートの書き方を調べはじめた。

 そのときだった。

 ブラウザの右端に小さく表示されている広告のバナーが目に入った。その中央には、シンプルながらもお洒落なデザインの指輪の画像が貼りつけられている。

 ――指輪、か……。

 よく見ると、バナーの右下に「星をモチーフにしたアクセサリー特集」という文字が添えられていた。

 瞬間、陽太が話す星の話題を、いつも楽しそうに聞いてくれている美羅の表情が思い浮かんだ。

 今まで、プレゼントに指輪を贈るなどということは、考えたこともなかった。だが、広告を眺めているうちに、それ以外の選択肢など有り得ないような気持ちになってきた。

 ――これを贈ったら、美羅はどんな顔をするだろう。

 陽太は想像した。

 早速、バナーをクリックしてそのサイトに移動し、商品をじっくり眺める。

 どれも三万円を下らない。なかなかの価格だ。

 二万円という陽太の予算では、手が届きそうになかった。

 諦めかけたとき、ちょうど自分の予算ギリギリに納まる、二万円ほどの指輪を見つけた。

 おうし座の牛をモチーフにした指輪だった。

 大学生にとって痛い出費には違いなかったが、嬉しそうに指輪を嵌める美羅の姿を想像すると、我慢ができなくなっていた。

 気がつくと、カーソルを「購入する」に重ね、右手の人差し指でマウスをクリックしている自分がいた。


          *


 そして、一週間後に訪れた美羅の誕生日。

 その日、アルバイトを終えた陽太は、駅前のケーキ屋に寄った以外は、寄り道をせずに帰宅した。

 背中に背負ったデイパックの中には、数日前に届いた小箱が入っていた。もちろん、中身はプレゼントの指輪だった。

 マンションのドアを開けると、キッチンで料理をしていた美羅が振り向いた。

「お帰り。もうすぐご飯ができるよ。今日のメニューは、エビたっぷりのマカロニグラタン。二人で食べよう」

 陽太は、美羅の言葉に顔をほころばせながら、白い紙箱を差し出した。

「これ、駅前のケーキ屋で買った誕生日ケーキ。美羅が好きな、生クリーム増量バージョン」

「わあ、ありがとう! 冷蔵庫に入れとくね」

 美羅は料理をする手を止めると、箱を受け取りながら微笑んだ。

 箱を持つ陽太の指に美羅の指が触れたとき、今更ながらではあったが、一瞬、胸が小さく波打った。

 部屋に入った陽太は、辺りを見回し、プレゼントを隠す場所を探した。

 テーブルの下だと当たり前過ぎるし、かと言ってベランダやエアコンの上だと、ここぞというときにすぐに手に取ることができない。本棚の上か、あるいはテレビの後ろか……。

 悩みに悩んだ末、結局、最初に頭をよぎったテーブルの下に隠した。

 隠しながら、プレゼントを渡すタイミングを考えた。

 ――料理を食べ終わった直後か、ケーキを食べる直前か。あるいは、ケーキを食べ終わった後がいいのか。

 迷いは、次から次へと生まれてくる。だが、いずれの迷いに対しても、明確な答はなかなか見出せない。人生とは、何とも困難な代物だ。

 そんなことを思いながら、テーブルの上にふと目を遣ると、白ワインのミニボトルが一本と小さなグラスが二個、置かれているのが目に入った。

 ――そうか。美羅も、今日からお酒が飲めるんだ。

 陽太は、人生に対するくだらない考察を忘れ、今日が美羅の二十歳の誕生日であるという実感を新たにした。同時に、自分のなかで徐々に緊張感が高まってくるのを感じた。

 料理は、それから三十分ほどで完成した。陽太は、テーブルの上に料理を並べて腰かけ、美羅と一緒に手を合わせた。

「いただきます」

 美羅は、料理全般が得意だ。

 今日の料理もいつも通り、安定の美味しさだった……、のだろう。

 しかし、食事後のイベントに向けて緊張感が最高潮に達してしまっていた陽太に、味を感じる余裕はなかった。

 会話も、心なしかぎこちない。

 気がつくと、食べ終わった二人の皿を片づけた美羅が、テーブルの上に置いたケーキの箱を嬉しそうに開いているところだった。

「美味しそう!」

 箱を覗き込んだ美羅が、笑顔を弾けさせた。

 陽太がケーキの上に二十本のろうそくを立て、ライターで火をつけると、美羅が部屋の電気を消した。

 ろうそくの灯が、まるで冬の空に輝くおうし座のプレアデス星団のように、テーブルの上で瞬いた。

「誕生日の歌、歌って」

 陽太は美羅のリクエストに応えて、自信のない歌声で「ハッピーバースデートゥーユー」を歌った。歌声に合わせて上半身をゆっくりと左右に振る美羅を見ながら、タイミングは今しかないと感じた。

 陽太は、テーブルの下に隠していた小箱にそっと手を伸ばす。

 歌い終わると同時に、陽太は手に取った小箱を美羅に差し出した。緊張のせいで歌の音程が今一つだったことに対する羞恥心と、女性にプレゼントを差し出すことに対する羞恥心が一つになって、さぞ恥ずかしそうな表情をしていたことだろう。

 美羅は、驚いた表情で箱を受け取る。

「これ、誕生日プレゼント」

 その言葉に大きく息を吸い込んだ美羅は、「開けていい?」と陽太の顔を覗き込んだ。

 拒否する要素など、この銀河系に一つとして存在しない。陽太が小さく頷くと、美羅は箱のふたに手をかけ、箱を開けた。

 中身を確認した美羅は、大きな目を一層大きく見開いた。黒い瞳には、驚きと喜びの光が宿っていた。

「わぁ、かわいい指輪! 星のデザインだ……。ありがとう、陽太!」

 そのまま、手に取った指輪をじっと見詰めた後、美羅は陽太に満面の笑顔を向けた。美羅の笑みを見たとき、今まで感じていた不安や緊張感が、嘘のように消え去った。

 二万円は確かに痛かった。

 しかし、美羅の笑顔を前に、この指輪にしてよかったと思った。勇気を出してプレゼントをして、本当によかったと心から思った。

「指輪の内側、見てみて。美羅のイニシャル、M・Sってアルファベットを入れてもらったんだ」

 陽太は美羅に肩を寄せると、指輪の内側の指差す。美羅は、ろうそくに指輪をかざし、「あ、本当だ!」と嬉しそうな声を上げた。

 幸せそうな美羅の顔が、ろうそくの火で一際明るく輝いた。

 その明るさは、おうし座でもっとも明るい一等星である、アルデバランを思い起こさせた。

 陽太は照れ臭さを押し殺しながら、ちょっと誇らしげな笑みを返した。

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