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告白③

 美羅との感動的かつ奇跡的な出会いから半月ほどたった、ある日。

 一大決心をした陽太は震える指で、美羅にSNSを送信した。


今度、一緒にプラネタリウムに行きませんか?


 最初に出会って以降、二回ほど、大学近くのファストフード店で会った。しかし、今まで二人で出かけた経験はなかった。

 ――まだ、早過ぎるだろうか?

 不安を胸に、画面を見詰めながら既読がつくのを待つ。十五分ほどたったときに既読がついたかと思うと、三十秒とたたないうちに返事が来た。


はい。ぜひ。

楽しみです。


 陽太は、画面を何度も見返して文面を確認すると、人目を憚ることも忘れ、小さくガッツポーズをした。

 思い返せば、というか思い返してみるまでもなく、女性との一対一でのデートらしいデートなど、初めての経験だった。高校時代、二対二でいわゆるダブルデート的な行事に参加させられたことがあるが、そのときは友人のつき添い的な感じで、相手の女性とはカップルでも何でもなかった。したがって、厳密に言うと、あれはデートなどではなかった。

 いや、今回も美羅とはまだつき合っていないのだから、やはりデートという言葉は適切ではないのかもしれない。では、逢瀬という表現はどうだろう。いや、これも違う気がする。

 だが、たとえどのような名称であろうとも、美羅と一緒に星を見ることができるという事実は、何物にも代えがたい喜びだった。

 こうして今日、陽太はプラネタリウムからほど近い駅の改札前に立ち、美羅を待っている。落ち着きなく改札の前を行ったり来たりしていると、ホームに続く階段から改札に向かってくる美羅の姿が目に入った。

 小さく咳払いをして、喉の調子を確認する。

「こんにちは。いや、もう夕方だから、こんばんは、かな」

 ぎこちない言葉で挨拶をすると、美羅はほんの少し、首をかしげて微笑んだ。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

 笑顔の眩しさに耐えられなくなった陽太は、思わず美羅の口元から視線を逸らし、「は、はい」とおぼつかない返事をしながら、足早に歩きはじめる。

 本来なら、女性の不安や戸惑いを取り除くために、気の利いた会話でも進めながらスマートに対応する場面なのだろう。

 しかし、その具体的な方法がわからない。緊張のあまり、話題も思い浮かばない。デート初心者である今の陽太には、一刻も早く目的地に着くことで、気まずい時間を可能な限り短くするという以外に選択肢はなかった。

 プラネタリウムまでは、徒歩五分ほどの道のりだった。

 夕方のプラネタリウムの入り口には、夜の部が目当てのカップルたちがすでに数組、並んでいた。

 陽太は二人分のチケットを購入し、一枚を美羅に手渡すと、落ち着かない足取りでドームに足を踏み入れた。薄暗い通路を進んで席に座り、十分ほど待っていると、やがて上映がはじまった。

「今月の星空」というタイトルだった。

 プラネタリウムのドーム型の天井に、無数の星が映し出された。

 陽太は、その幻想的な光景に、我を忘れて見とれた。

 不意に、柔らかい香りが鼻をくすぐった。その香りに、陽太はこの場所を美羅と一緒に訪れていることを思い出した。

 不覚にも、あまりにも美しい星を前に、失念していた。

 恐る恐る横を見ると、美羅も静かに星空を見上げていた。

 彼女の横顔はどこか切なく、しかし幸せそうに見えた。

「綺麗だね」と陽太が言うと、美羅は小さく頷いた。

「うん、凄く……。この星空を、ずっと見ていたいって思う」

 その後、美羅の存在を忘れることは、決してなかった。そのまま、陽太は美羅とともに幸福な一時間を過ごした。

 プラネタリウムを出た後、二人は駅までの道を並んで歩いた。

 一度、仕事帰りのサラリーマンとすれ違って以降、人の姿を見かけることはなかった。

 待ち合わせ時間が夕方だったため、すでに日は落ちていた。夜の風が少し肌寒く、街灯が照らす郵便ポストが、地面に長い影を落としている。

「今日は楽しかったですか?」

 陽太が歩きながら何気なく尋ねると、美羅は一瞬考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「うん。すごく楽しかったですよ。でも……」

「でも?」

「先輩とこうして歩いてるのが、夢みたいで……。なんだか信じられなくて」

 陽太には、その言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 不粋だと気づく前に、思わず「どういうこと?」と問い返していた。美羅は小さく笑った後、少しだけ俯いて話しはじめた。

「高校の文化祭で、毎年、体育館に文科部の活動紹介ブースが設けられてましたよね。実は私、一年生のとき、天文部のブースで星について熱く語る先輩を見て、なんて真っ直ぐな人なんだろうって思ったんです。しかも、その後、割れた花瓶で手に怪我をした茶道部の女子の介抱もしてましたよね。それも、凄く印象に残ってて。あ、この人は真っ直ぐなだけじゃなくて、凄く優しい人なんだなって」

 正直な話、よく覚えていなかったが、とにかく陽太は驚いた。

 ファストフード店で出会ったとき、天文部だった事実を知っていた話は聞いていた。とはいうものの、まさか美羅の心のうちに、そんな思い出があったとは……。

 褒められ過ぎて、思わず臀部の周辺にむず痒さを感じた。

 どう言葉を返していいかわからず、陽太は小さく呟いた。

「そうだったんだ……」

 そっけない言葉とは裏腹に、心臓の鼓動が一気に速まった。

 会話が途切れた時間の長さに耐え切れず、陽太は考えた。

 ――何か、話さなければ。

 だが、どのような話をすればいいのか、まったく思い浮かばない。

 ――そうだ。星の話はどうだろう?

 ――冥王星が惑星から外れた顛末に関する説明か。あるいは彗星の故郷といわれるエッジワース・カイパーベルトについての解説もいいかもしれない。

 一瞬、そんな内容を考えたが、慌てて否定した。

 冷静に考えてみると、この場面で星の話をするなど有り得ないことだった。

 そんな陽太の戸惑いに気づく様子も見せず、美羅は少し間を置いて言葉を続けた。

「その文化祭の日以来、ずっと先輩のことが気になってました。でも、私から話しかける勇気なんてなくて。ただ遠くから見てるだけで、満足しようとしてたんです。だけど……」

 美羅は、陽太の前に回り込んで振り向くと、その目を真っ直ぐに見詰めた。

「あのファストフード店で先輩と偶然出会ったとき、思ったんです。これは運命かもって……」

 冗談かとも考えたが、美羅の瞳の力強い光は、その言葉が嘘や冗談ではないことを表していた。

 陽太の全身が、美羅の視線に絡め取られて、硬直した。

 短い沈黙の後、桜色をした美羅の唇が、震えるように小さく動いた。

「もしよかったら、つき合ってください」

 ――え?

 予期していない言葉に、陽太は自分の耳を疑い、うろたえた。

 突然の展開に、頭が真っ白になり、言葉に詰まった。冥王星も、エッジワース・カイパーベルトも、光速を超えて宇宙の彼方に飛び去った。

 実のところ、陽太は美羅と知り合って以降、今の今まで考えていた。

 ――自分が一方的に彼女に惹かれているだけで、彼女は自分を単なる友人の一人と捉えているに過ぎないのではないか。

 だが、そうではなかった。美羅も、陽太に特別な感情をもってくれていたのだ。

 本来なら、断る理由などないはずだった。

 しかし、返事をする前に、陽太の頭の中には至極まっとうな疑問が湧き上がった。

「でも、俺みたいな男でもいいのかな……?」

 どう考えても、美羅が自分にはもったいない女性のように思えた。

 美羅は、そんな陽太の言葉を即座に否定した。

「そんな言い方しないでください。先輩は、とても素敵です」

 ――素敵?

 魔法の言葉だった。

 狼狽と入れ替わるように、喜びが湧き上がってきた。夢のようだった。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 気がつくと、ほとんど無意識のうちに、そんな言葉を発していた。

 美羅は少し驚いたように目を瞬かせたが、やがて安堵の表情を浮かべて微笑んだ。その笑顔が、水蒸気の少なさ故に澄み切っている、冬の星空のように輝いて見えた。

 二人はしばらくの間、言葉を交わさずに歩いた。夜風が静かに吹き抜け、街の灯りが遠くで瞬いていた。

「寒いね」

 陽太の左手に、不意に美羅の右手が触れた。陽太は、美羅の手を優しく握り返した。

 ファースト・コンタクトだった。

 陽太の心に、まるで目の前の街の景色のように、穏やかで温かな光が灯った。

 今なら午前二時、踏切に望遠鏡を担いで行けと言われたら、喜んで承諾してしまいそうな気がした。

 きっと美羅は、二分後にやってくる。

 そのとき、ベルトに結んだラジオからは、天気予報ではなく、二人を祝福するラブソングが流れているのに違いない。

 そんなことを思ってしまうぐらい、幸せな瞬間だった。

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