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謝罪②

「瑠璃川君。君の望みはいったい何だ!」

 ドアの外から、再び栗栖の声が聞こえた。

「ああ、本当にうるさい。今、大切な話をしてるのに」

 瑠璃川が、苛立たしげに眉をひそめた。

 先ほどから、外が騒がしくなりはじめていた。

 陽太は、窓にちらりと視線を動かした。曇りガラスの向こうに見える人影が、明らかに数を増していた。

 恐らく、栗栖が発した応援の要請に応じて、警察官たちが続々と駆けつけはじめているのだろう。

 犯人が逃亡しようとしたときや、自暴自棄になったときに備えて、マンションの外にも多くの警察関係者が配置されはじめているに違いなかった。

 ひょっとしたら、近隣住民の避難もはじまっているのかもしれない。

 だが、瑠璃川は、そのような屋外の空気の変化を気に留める様子もなく、再び陽太に語りかけはじめる。

「覚えてる? 海にドライブに行ったときのこと。陽太、タオルを拾おうとして海に落ちた私を、身を挺して助けてくれた。嬉しかったなあ……」

「それは……」

 ――大切な人を、もうこれ以上、失いたくなかったから……。

 陽太は、あのときの状況を思い浮かべた。

 陽太はあのとき、確かに瑠璃川を助けようと海に飛び込んだ。

 しかし、海水の中でもがく女性を力の限り抱き締め、岸に向かって懸命に泳いでいるなかで、陽太が腕の中に見ていた女性の姿は……。

 あのとき失いたくないと思った“大切な人”は……。


 瑠璃川美羅ではなく、佐伯美羅だった。


 ――俺は、瑠璃川美羅と出会って以来、ずっと瑠璃川美羅を大切な人だと思い込み続けていた。だがそれは、瑠璃川美羅に佐伯美羅の影を重ねていただけだった。

 今、この場所で真実を告げるべきか、正直迷った。しかし、僅かな逡巡の後、陽太は覚悟を決めた。

 ――やはり、言わなければ……。

 一方の瑠璃川は、陽太の心中を知るでもなく、懐かしそうに遠くを見詰めていた。

「最初、私はあなたの前で、明るいキャラを演じているだけのつもりだった。でも、ある日、気づいたの。これは演技じゃなくて、本当の私なんだって」

 そう言うと、瑠璃川は陽太の顔に視線を落とした。その顔には、恍惚とさえ言える表情が浮かんでいた。

「陽太。あなたは私を変えてくれた。生きている価値なんてない、この世に幸せなんてものはないって考えていた私に、あなたは生きる幸せを与えてくれた……」

「君には申し訳ないけど……」

 陽太は、瑠璃川の言葉を遮るようにそう言うと、軽く目を逸らした。

 やがて、覚悟を決めると、ゆっくりと口を開きはじめた。

「俺が大切に思っていたのは、君、瑠璃川美羅じゃなかった。君の中に見える佐伯美羅を大切に思っていたんだ」

 その言葉に、瑠璃川が息を飲むのがわかった。

 自分の言葉が瑠璃川を絶望させ、逆上させるかもしれないことは、重々承知していた。しかし、言わずにはいられなかった。

 これ以上、真実を、嘘で塗り固めたままにしておくことはできなかった。

「確かに、佐伯美羅は高校時代、君に対して許されないことをした。それは紛れもない事実だ。それに、彼女が偶然を装いながらも実は計画的に俺に近づいてきたことも、容姿やファッションを俺の好みに合わせていたことも、いつからか薄々気づいていた。でも……」

 陽太は、瑠璃川の顔を正面から見据え、続ける。

「でも、それでも俺は、彼女を愛してしまっていた。そして、彼女も確かに、俺を愛してくれていた」

 陽太は静かに、しかしはっきりとした口調で言った。

「君は、瑠璃川美羅だ。佐伯美羅じゃない」

 瞬間、今まで瑠璃川と過ごしてきた日々が、走馬灯のように頭の中に蘇った。陽太と瑠璃川によって紡がれてきたすべての記憶が、火に包まれたフィルムのように、色を失いながら闇に侵食されていく。

「瑠璃川、本当にごめん……」

「やめて!」

 怒りに満ちた瑠璃川の声が、陽太の謝罪を遮って室内に木霊した。

 曇りガラスの向こうに見えていた、警察官たちの集団がつくり出す黒く巨大な影が、ゆらりと大きく揺らいだ。

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