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到着

四、到着


 白石のマンションが、いよいよ近づきつつあった。

 途中、栗栖は白石のスマートフォンに電話をかけてみた。が、繋がらなかった。

 車は、国道から脇道に入った。ハンドルを切りながら、大前が「それにしても」と、溜め息をつくように言った。

「遺体のDNAが、本当に佐伯美羅のものだったとは、予想外でしたね。でも、そうなると、羽田さんが見た佐伯美羅というのは、いったい誰だったんでしょうか?」

「恐らく、瑠璃川美羅だろう」

 大前が「え?」と驚きの声を上げた。

「でも、瑠璃川と佐伯だと、容姿が全然違いますよ」

 佐伯美羅の遺体が発見されたという報道が誤報にならなかったことにひとまず安堵しながらも、想像もしていなかった新展開に緊張を感じながら、栗栖は続ける

「これはあくまでも推測の域を出ないが、瑠璃川は自分が殺した佐伯に成りすますために、美容整形をしたんだろう」

 そうだと仮定すれば、すべての辻褄が合う。

「なるほど。でも、もしそうだとしたら、瑠璃川は殺した女性の元恋人のマンションに出入りしてるってことですよね。いくら美容整形をしたとしても、恋人に成りすますっていうのは、ちょっと無理じゃないですか? そもそも、白石は佐伯美羅が行方不明になった事実を知っていたわけですし……」

「ああ、そうだな。白石は入れ替わりに気づかなかったわけではなく、佐伯によく似た瑠璃川を別人と知ったうえで受け入れたのかもしれん」

「本当にそうなら、驚きですよね。その白石って男も、いったい何を考えているんだか」

 大前の言う通りだった。だが、喪失感を埋めるために、容姿や性格がよく似た女性を受け入れてしまうという気持ちも、正直な話、まったく理解できないわけではなかった。

 栗栖の思考を遮るように、大前が不意に大声を上げた。

「ひょっとすると、白石も共犯者という可能性もあるんじゃないですか?」

 まるで、自分の思いつきに、自分で驚いたような口調だった。

「確かに、その可能性もあるな」

 栗栖は、大前の推理に小さく頷きながら、顎を撫でた。

「資料によると白石も、瑠璃川や佐伯と同じ高校の出身だったよな」

「確か、そうですね」と、大前が相槌を打った。

 ――瑠璃川と佐伯、そして白石……。

 ――白石は、何をどこまで知っているんだ?

 白石にも、近々事情を聴こうと考えていた。だが、同窓会の出席者に重点を置いて事情を聴いていたことで、白石との接触は後回しになっていた。その判断が、今となっては悔やまれた。

 栗栖は、無意識のうちに歯ぎしりをした。

 そのとき。

「あの……。自分は、栗栖さんに謝らなきゃいけないことがあります」

 大前が、ハンドルを握ったままで静かに言った。

「何だ?」

「やっぱり、瑠璃川に何かあると睨んだ栗栖さんの見立ては、正しかったのかもしれません。生意気なことを言って、すみませんでした」

 ――そんなことか。

 悔しそうにしているのかと、栗栖は大前の表情を観察する。だが、大前の表情は、むしろ清々しそうにさえ見えた。

 栗栖は、自分の第六感がまだ衰えていなかった事実を認められた気がして、取り敢えずほっとした。

 安心感に、気が緩んだのだろうか。気がつくと、以前から薄々感じはじめていた本音を口にしていた。

「なあに、お前さんももう少し経験を積めば、俺以上に目鼻が利くようになるさ」

 大前が、はにかんだように笑った。

「褒めていただいたの、初めてです」

 ――こいつは、意外に見どころがあるかもしれんな。

 多少、距離が縮まった気がした。

 だが、安堵してばかりはいられなかった。

 当然ではあるが、今はそんな二人の距離を確認するよりも、一刻も早く青い建物に到着することのほうが、はるかに重要だった。


          *


 栗栖たちが現場に到着したのは、正午を少し回った頃だった。

 地図アプリで見た水色のマンションの近くに車を止めると、徒歩で建物に入り、階段を上がる。

 栗栖は大前とともに長い通路を進み、二〇六号室の前に立った。

「すみません。どなたかいらっしゃいますか」

 チャイムを押して、声をかけてみる。返事はない。

「すみません。警察の者です。白石さんはいらっしゃいますか?」

 もう一度声をかけると、ドアノブに手を伸ばし、そっと回してみる。ドアは、鍵がかかっていた。

 だが、長年の経験から、栗栖には確信があった。

 ――部屋の中に、人間の気配が感じられる。

 栗栖は、ドア横にある曇りガラスの窓に手をかけると、ゆっくりと横に動かした。

 窓は、音もなく開いた。

 金属製の格子に顔を近づけ、窓の隙間から中を覗く。

 予想だにしていなかった光景が、目に飛び込んできた。

 キッチンがある廊下の向こう側に見える部屋の中央で、一人の女性がこちらに顔を向けた状態で立っていた。妙に冷めた表情で、栗栖の方向を凝視している。

 ――瑠璃川か。

 栗栖は、瞬間的にそう判断した。

 瑠璃川の横には椅子が置かれ、男性が俯いた状態で座っている。いや、ただ座っているのではない。男性は明らかに、後ろに回した手を縛られていた。

 この男性が、恐らく白石陽太なのだろう。

 ――瑠璃川が、白石を拘束している?

 ――ということは、やはり瑠璃川が事件の犯人であり、白石は共犯者ではない。

 犯人である瑠璃川が、ニュースを見て警察の訪問を予想し、白石を人質として拘束したのに違いなかった。

 だが、目が室内の薄暗さに慣れたとき、栗栖は息を飲んだ。

 瑠璃川の容姿は、想像していた以上に佐伯にそっくりだった。いや、遠目には佐伯そのものといってもよかった。

 その容姿には、玉井から受け取った居酒屋の写真に写っている、少々地味だが素朴で真面目そうな瑠璃川の面影は、もはや微塵も残っていなかった。

 やはり、瑠璃川は白石に近づく目的で、容姿を佐伯に似せるための美容整形手術を受けたのだ。

 瑠璃川の執念を、改めて確認させられた気がした。

「思った以上に早かったのね」

 瑠璃川は、栗栖たちの姿に表情を変えることもなく、栗栖から目を逸らすこともなく、感情のこもらない表情で言い放った。

 栗栖は、何気なく女性の右手に視線を遣った。

 ナイフが握られていた。

 栗栖は、愕然とした。

 冷静を装いながら、横に立ち竦んでいた大前に小さく告げる。

「すぐに警視庁と捜査本部に連絡して、応援を要請しろ」

 大前は、緊張した面持ちで「はい」と答えると、通路を階段の方向に駆け出した。

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