復讐⑦
殺害翌日の夜中、瑠璃川は佐伯のバッグに入っていた鍵を使って、独り暮らしである佐伯の部屋に侵入した。瑠璃川が住む安アパートとは比べものにならないほどの、小綺麗なワンルームマンションだった。
部屋に入った瑠璃川は、同窓会の後に佐伯が帰宅したかのように偽装するため、佐伯のバッグと鍵を、テーブルの横に置いた。
佐伯の部屋は、家財道具が不自然なほどに少なく、生活感に欠けていた。多分、白石先輩の部屋に入り浸っていたのだろう。
そんなことを思いながら、机の上に無意識に目を遣る。
一冊の本のようなものが置かれていた。手に取って確認すると、日記だった。
瑠璃川は、躊躇うことなくページを開いた。
最初のページには、大学の最寄りの駅でたまたま白石先輩を見かけ、忘れかけていた恋心が蘇ったこと、その時点で佐伯自身につき合っている男性がいないことなどが書かれていた。
日付は、去年の九月になっていた。
どうやら、白石先輩とつき合うようになる、一ヶ月ほど前から書きはじめた内容らしかった。
そして、次のページには……。
決めた。
白石先輩に告白することにした。
といっても、まだデートしたこともないけど……。
でも、白石先輩とつき合えるようになるまで、自分を励ます意味も込めて、この日記を書こうと思う。
――何が「自分を励ます」だ。ふざけるな。
怒りを押し殺しながら、引き続きページを捲る。
白石先輩の嗜好などを細かく記した文章が、目に飛び込んできた。
好きな料理や好きな飲み物、好きな映画やテレビ番組はもとより、今まで白石先輩がつき合ってきた女性のデータ、女性に求める価値観など、その内容は驚くべき細かさだった。
恐らく、持ち前の人当たりのよさと幅広い人脈を駆使して、白石先輩の高校時代の知人などから情報を集めたに違いなかった。
考えてみれば、高校時代の佐伯は、胸元のリボンをほんの少しだけ緩めているほかは、決して着崩すことなく制服をきっちりと着こなし、顎にかかるかどうかというくらいのショートボブを風になびかせながら、いつも明るく笑っていた。まさに、男子受けのいい可愛い系女子高生の典型のような存在だった。
が、同窓会にあらわれた佐伯は、長い黒髪に加えて、ナチュラルホワイトのTシャツに茶色のロングスカートという、およそ二十歳の大学生らしくない、よく言えば妙に大人びたファッションに身を包んでいた。身のこなしも、心なしか落ち着いて感じられた。
高校時代の彼女を知っている周囲の同級生たちは、口には出さないものの、その変貌ぶりに驚いていたようだった。他ならぬ瑠璃川も、その一人だった。
そのときは不思議に思ったものだったが、その理由が今、はっきりと理解できた。
佐伯は、白石先輩の嗜好を詳細に分析した後、自らの容姿や振る舞いをその結果に近づけ、白石先輩にとっての理想の女性を演じていたのだ。
瑠璃川にとって、佐伯の行動は狡猾そのものに感じられた。佐伯のずる賢さを目の当たりにし、瑠璃川は怒りを新たにした。
そして瑠璃川は、あらかじめ考えていた第二の計画を実行する決意を固めた。
――佐伯によって奪われた白石先輩を手に入れてやる。
――そして、この復讐劇を完成させてやる。
*
まず、アルバイトの貯金を頭金にして、美容整形外科で手術を受けることにした。容姿を可能な限り、佐伯に近づけるためだった。
佐伯の写真を見せ、医師と入念な打ち合わせをした後、手術を受けた。頬骨と顎の骨を削り、鼻にシリコンを入れ、目を二重にした。
手術は数回にわたっておこなわれ、終わるまでに数ヶ月がかかった。
手術終了後に包帯を取り、鏡を見た瑠璃川は驚愕した。
鏡の向こうに立った佐伯美羅そっくりの女性が、こちらを見詰めていた。
――これが、本当に私?
信じられなかった。しかし、これは夢でも何でもなく、紛れもない事実だった。
過去のこととはいえ、自分がかつて憧れていた女性とよく似た容姿になれたこと、そして自分が好きな男性を射止めることができる可能性が格段に高まったことが、この上なく嬉しかった。
同時に、計画が順調に進んでいることに、自信を深めた。
美容整形手術を終えた瑠璃川は、手術費を賄うため、一時的に風俗業で働いた。
切羽詰まっていたが故の真面目さや丁寧さが、客に評価されたのだろうか。あるいは、佐伯に似せた容姿が功を奏したのだろうか。
思った以上の収入を得ることができ、手術代の全額とはいかないまでも、そこそこの金額を返済することができた。
続いて、もともとの顔と運転免許証の顔の間に生じた齟齬を解消するために、免許証を再交付してもらった。
そして、佐伯の日記をもとに白石先輩の嗜好をすべてマスターしたうえで、先輩に近づいた。
佐伯の失踪以来、ショックで無気力になっていた白石先輩は、目の前に現れた佐伯によく似た女性、瑠璃川に驚愕した様子だった。
まず、最初のハードルはクリアした。
出会った日に入った喫茶店で、瑠璃川は自らの名が美羅であることを告白した。
その事実に、白石先輩は運命を感じたのだろう。やがて瑠璃川は計画通り、白石先輩の恋人になることができた。
だが、新しい彼女が容姿も性格も佐伯とよく似ているという事実は、周囲から見れば明らかに不自然だ。
そこで陽太には「恋人が行方不明になって半年足らずで『新しい恋人ができた』なんて友だちに言うと、『あいつは薄情な奴だ』なんて言われかねないよ」と、いかにもアドバイスめいたことを言い、新しい彼女ができたことは周囲の人々に言わないよう、それとなく念を押しておいた。
そして。
佐伯の失踪から約七ヶ月後、彼女の遺体が発見された。
瑠璃川は、遺体が思いのほか早く見つかってしまったことに落胆した。
――上手く隠したはずだったのに……。
そして同時に、間もなく遺体の身元が判明し、自分も捕まるであろうことを予感した。
――そんなことになったら、私を大切に思ってくれている陽太が……。
――可哀想だ。
そう思いながら、瑠璃川は椅子に拘束された陽太を見詰める。
世界中の誰よりも、愛おしく思えた。




