復讐⑥
瑠璃川は、八月十二日に開かれる同窓会の当日を、殺害の決行日に決めた。
その後、瑠璃川は誰にも邪魔されることなく着実に計画を実行するため、実家を出てアパート住まいをはじめた。
もともと、心を病んだ母と引き籠りの兄がいる実家の居心地は、決してよくなかった。一刻も早く独り暮らしをしたいと思っていたが、まさかこんな形で新しい生活をはじめることになるとは思ってもいなかった。
独り暮らしをはじめた瑠璃川は、続いてフリーメールを使って出会い系サイトに登録した。佐伯を運ぶ車を貸してくれる人を探すのが目的だった。
出会い系サイトを使うのは、もちろん生まれて初めての経験だった。戸惑いながらも、佐伯に復讐しなければならないという強い意志が、瑠璃川の行動を後押しした。
素敵な男性とおつき合いできたらいいな。
仲よくなったら一緒にドライブをしたいので、車を持っている人がいいです。
年齢は書き込んだが、写真は載せなかった。覚悟はしていたつもりだったが、やはり怖かった。
にも拘らず、メッセージを書き込むと数時間とたたないうちに、想像もしていなかったほど多くの男からメッセージが届いた。
世の中に「女性と仲よくなりたい。あわよくば男女の関係を結びたい」などという下劣な欲望をもっている男が、これほどまで多く存在しているとは思ってもいなかった。その事実を目の当たりにして、瑠璃川はただ驚くしかなかった。
だが、驚いただけで立ち止まっているわけにはいかない。夥しい数の男のメッセージにざっと目を通すと、自分の希望を叶えてくれそうな四人の男に返信し、取り敢えずデートに誘ってみた。
と言っても、欲望にまみれた男とのデートなど経験はなかったし、どうすればいいかわからない。必然的に、そこから先の主導権は、相手が握ることとなった。
最初の二人には、待ち合わせ場所でドタキャンされて終わった。三人目は、カフェでお茶をしたが、会話のなかで自分の車を持っておらず、デートにはレンタカーを使うつもりだと考えていることが明らかになった。
だが、レンタカーでは、はっきりとした証拠が残ってしまう。
――この男は、ダメだ。
カフェを出た後、ホテルに誘われたが、トイレに行くと言ってその場から逃げた。
四人目は、それまで会ってきた加齢臭にまみれた五十歳前後の親父とは異なり、四十歳代前半くらいの爽やか系の男だった。
瑠璃川と会った男は、明らかに高揚していた。
自己評価ではあるが、瑠璃川は決して万人受けのする容姿ではない。しかし、この男にとって、そのようなことはさほど問題ではないらしかった。
瑠璃川の若さを、容姿のマイナスポイントを補って余りあるほどの魅力的な要素に感じていたのであろうことは、容易に想像がついた。
男は、瑠璃川をサイトでのニックネームである「ミラぴょん」という名で呼んだ。気持ち悪かったが、我慢した。
「ミラぴょん、一緒にドライブデートしたいって書いてたけど、車、好きなの?」
コーヒーを飲みながら、男は聞いた。
「はい。詳しくはないんですけど、好きです」
肝心なのは、車を手に入れることだ。瑠璃川は適当な返事でお茶を濁した。
「じゃ、僕の車で、今からドライブデートにでも行かない? 時間はあるんでしょ?」
一瞬、迷ったが、もしそれで車を手に入れられる結果に近づくなら……。
この機会を逃したくはなかった。瑠璃川は二つ返事で承諾した。
駐車場に止められていた車は、普通の国産車だった。だが、かえってそのほうが、気兼ねなく借りることができそうだ。むしろ、好都合だった。
助手席に座った瑠璃川は、甘えるような声を意識しながら、運転席の男に話しかけた。
「私、運転免許を取って以来、実家の車しか運転した経験がないんです。この車、運転してみたいなあ。そうだ、今度、貸してくださいよ」
我ながら、少々強引な展開かとも思った。
普通なら、出会ったばかりの赤の他人に、車を貸してくださいなどと言われて「はい。わかりました」などという展開があるはずもない。
そう思った。
が、男の返事は、意外なものだった。
「いいよ。今度、貸してあげようか」
驚き、思わず聞き返した。
「いいんですか?」
「いいよ。ただ、誰ともわからない人に貸すのは、ちょっと抵抗があるかなあ。詳しいことは、ちょっと一休みしながら相談しよう。この先に、いい休憩場所があるから」
こうして、瑠璃川は生まれて初めての肉体関係と引き換えに、数日間、車を借りる約束を取りつけた。
*
そして、同窓会の当日、瑠璃川は予定通りに佐伯を殺害した。
現場で佐伯が目を覚ましたのは想定外だったが、そんな佐伯も、すぐに再び気を失った。
瑠璃川は佐伯の意識がないことを確認すると、ロープを手に取って佐伯の首に回した。そのまま、ロープに体重をかけ、渾身の力を込めて引っ張った。
やがて、佐伯の口から苦しそうな呻き声が漏れはじめた。ロープを握る手にさらに力を込めながら佐伯を見ると、顔がむくみ、赤紫色にうっ血していた。
微かに開いた口から舌がだらしなく覗き、唇の端からは泡立ったよだれが流れ落ちていた。
数分もすると、佐伯は動かなくなった。
ロープを緩めて、心臓の鼓動を確認した。心臓は、動いていなかった。
瑠璃川は、憐みの目で佐伯の亡骸を見下ろした。
だが、いつまでも見とれているわけにはいかなかった。
瑠璃川は、佐伯だったものを仰向けにして手首を結び、両腕の間に自分の首を通すと、担ぎ上げた。
意志をもたなくなった人間は、思った以上に重かった。瑠璃川は、渾身の力を込めながら、休み休み佐伯の体を移動させ、小一時間かけて穴まで運び、埋めた。
その後、佐伯のスマートフォンを帰りに通りかかった川に捨て、自分のマンションに戻った。帰り着いたときには、明け方近くになっていた。




