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復讐①

二、復讐


 瑠璃川美羅の兄は、瑠璃川本人よりも三歳、歳上だった。

 兄は、決して成績がいいわけではなく、かといってスポーツに秀でているでもなく、一言で言ってしまえば凡庸という表現がぴったりの人物だった。

 両親や親戚は、勉強の成績がずば抜けて優秀な瑠璃川をつねに誉めそやす一方で、兄に関しては、まるで本人が存在しないかのように振る舞った。

 兄は、そんな大人たちを見ながら、いつもにこやかな微笑みを浮かべていた。

 それだけではない。

 兄は、本来なら嫉妬の対象となるはずの瑠璃川に対しても、とても優しかった。瑠璃川は、そんな兄が大好きだった。

 同時に、大人たちの機嫌を取りながら、彼らの望む通りに振る舞っている自分とは対照的に、兄は人生を自由に楽しんでいる気がして羨ましかった。憧れに似た気持ちさえ抱いていた。

 だが、瑠璃川が中学一年生のときに父親が事故で他界すると、兄は変わった。学校に行かなくなり、部屋に引き籠っていることが多くなった。母親や瑠璃川と会話を交わすこともなくなった。

 父親がいなくなったショックももちろんあったのだろうが、その他にも事故後の裁判などを巡って親戚と母親の関係が上手くいかなくなったこと、経済的困窮により精神的に追い詰められた母親が心を病んでしまったことなども、原因になったのだろう。

 兄はきっと、優し過ぎたのだ。

 瑠璃川は兄の変わりように戸惑い、憧れていた人を失ったという喪失感を抱えながらも、母親の代わりに家事をこなすという生活を続けながら、中学時代の残りの時間を過ごした。

 そのような生活のなかで進学した高校で出会ったのが、佐伯美羅だった。


          *


 瑠璃川が高校に入学して、すでに二ヶ月がたっていた。

 だが、瑠璃川には未だに友人と呼べる同級生はいなかった。

 原因は、はっきりしていた。

 瑠璃川がもともと、人間関係に臆病であるせいだった。

 仲よくなれそうな同級生が現れても、心を開くことが何となく恐ろしく、一線を引いてしまう。友人候補は、やがてその一線に気づき、少しずつ瑠璃川から遠ざかっていく。

 ――同じことを何度、繰り返してきただろう。

 小学生や中学生のときも同じだった。

 ――同じことが、同じように繰り返されているに過ぎない。

 瑠璃川はその状況を、当然のこととして受け入れた。余計なことを考えて、ストレスを感じるのは、ご免だった。

 ――考えなくてもいいことについては、考えない。

 ――何も考えずに受け入れてさえいれば、ストレスはない。

 そう思った。


          *


 その日も瑠璃川は、昼休みの教室で窓際の自分の席から、窓の外を眺めていた。

 教室内の喧騒は、自分とは遠く離れた世界のできごとだった。

 瑠璃川は、学校生活とは関係ないことを無理矢理に考えた。

 ――洗濯物がたまってるから、家に帰ったらみんなの分も洗濯しなきゃ。

 ――今日の晩ご飯は、何をつくろうか。冷蔵庫には、何があったっけ。

 そのとき、一人の人物の影が、机の上に落ちた。

 顔を上げると、ショートボブが似合う整った顔が、瑠璃川を覗き込んでいた。

「ええと、あなたは……」

 佐伯だったろうか、それとも、高木?

 名前が、とっさに思い浮かばない。

「私、佐伯だよ。もう二ヶ月たつのに、まだクラスメイトの名前を覚えてないんだ」

 佐伯は、呆れた様子で、瑠璃川の前の席に後ろ向きに座った。

「ちなみに私の下の名前、何ていうと思う?」

 悪戯っ子のように無邪気な笑顔が弾ける。このような笑顔を、きっと世間では可愛いというのだろう。

 柄にもなく、どきりとした。

「ええと……」

 答に窮していると、待ち切れなくなったのか佐伯が自ら口を開いた。

「あなたと同じ美羅。私たち、同じ名前なんだよ。珍しい名前だし、他人とは思えない。せっかくだから、仲よくなろうよ」

 以来、瑠璃川は校内にいる間の少なからぬ時間を、佐伯と共に過ごすようになった。

 最初はそっけなく反応するだけの瑠璃川に佐伯が纏わりつくという構図だったが、気がつくと佐伯がいないときに寂しさを感じるようになっている自分がいた。

 瑠璃川にとって、屈託なく自由に生きている佐伯の姿は、かつて憧れにも似た感情を抱いていた兄の姿に重なって見えた。

 佐伯と一緒に帰路につきながら、他愛のない日常会話を交わす時間ほど、幸せな時間はなかった。

 だが、残念なことに男子生徒の間で非常に人気が高かった佐伯は、瑠璃川とではなく、男子生徒とともに帰る日も多かった。

「ごめん、瑠璃川。昨日、サッカー部の男子から告られちゃってさあ。今日はその男子の部活が休みだから、一緒に帰らなきゃなんないんだ」

 そう言われると、一抹の寂しさを感じながらも、拒否することはできない。

「うん、わかった」

 瑠璃川は寂しさを押し殺し、笑顔で答えるのが常だった。

 当初、瑠璃川は佐伯の人気の秘密は、彼女の見た目の美しさにあると思っていた。だが、つき合いが長くなるにつれて、それだけではないことがわかってきた。

 佐伯は、とにかく男性を惹きつける能力に長けていた。

 男性を、ほとんど本能的ともいえる優れた観察力と分析力で解析した後、その男性が望む通りの、いわば理想の女性を演じて見せることができるのだ。

 わかりやすく言うと、あざとい女とでもいうのだろうか。

 しかし、これも生まれもった才能なのか、そのあざとさは適度にオブラートに包まれていて、男性にとって決して不快ではないらしかった。

 地味で勉強以外にこれといった取り柄のない瑠璃川は、佐伯の立ち居振る舞いの完璧さに感服するしかなかった。

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