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漏洩①

四、漏洩


 栗栖たちが、瑠璃川のアパートを訪ねた二日後。

 瑠璃川の行方を追う捜査と並行しておこなっていた関係者への事情聴取で、進展があった。

 その日、栗栖たちは朝山市の駅前にあるファミリーレストランで、桜井という女性に事情を聴いた。瑠璃川や佐伯たちとともに同窓会に出席していた人物の一人だった。

 桜井は、とくに佐伯と親しかったらしい。

 簡単な挨拶の後、栗栖は切り出した。

「当日、桜井さんは同窓会に参加されていたんですよね?」

「ええ、でも、私はアルバイトがあったので、参加できたのは、会がはじまって一時間ぐらいたった頃でした」

 桜井は、少々緊張した面持ちで答える。

「佐伯さんや瑠璃川さんとは、お話をされたんですか?」

「いえ、佐伯さんは、そのときすでにかなり酔っ払っていて、私がお店に入って十分ほどでお店を出てしまいました。だから、話をする機会はなかったんです。本当は話をしたかったんですが……」

「佐伯さんは、瑠璃川さんと一緒に店を出られたんですよね?」

「確か、そうだったと思います」

 栗栖は「そうですか」と頷くと、質問を重ねる。

「ところで、瑠璃川さんがジャミと呼ばれていたことはご存じですか?」

 桜井の顔色が変わった。

「はい……。どこでそれを?」

「今まで、何人かのご友人に話を聞いてきたんですが、そのなかで『瑠璃川さんが一部の人からそう呼ばれていたように記憶している』と証言される方が何人かいらっしゃいまして……。もとはと言えば、佐伯さんのお部屋にあったカレンダーに書かれていた文字だったんですがね」

 その瞬間、桜井はテーブルに視線を落とすと、唇を噛んだ。

 明らかに、何かを知っている様子だった。栗栖は、桜井が口を開くのを、敢えて待つ。

 やがて、桜井が小さく呟いた。

「その文字とイラストは、私がかいたんです」

 スカートの上で合わせた両手の指を落ち着きなく動かしながら、桜井は言葉を選んだ。

「その頃の佐伯さん、部屋のものをいろいろ処分してたんです。断捨離っていうんですか? それで、片づけの手伝いをするために、ときどき彼女の部屋に行ってたんですけど、あるとき、出席する予定の同窓会で瑠璃川さんに謝ろうと思ってるって聞いて……」

「謝る?」

 何のことか理解できずに、栗栖は思わず聞き返した。驚きを露わにし過ぎた事実に気づいて、栗栖は小さく咳ばらいをした。

 桜井は、黙って俯いている。

「佐伯さんは、瑠璃川さんにいったい何を謝ろうとしていたんですか?」

 大前の言葉に、桜井の顔が曇ったのを、栗栖は見逃さなかった。

「それが……」

 桜井は一瞬、話すか否か逡巡している様子だった。しかし、意を決したのか、すぐに小さな声で語りはじめた。

「佐伯さんと瑠璃川さんは、高校一年のときに同じクラスになって、そこで初めて出会ったんです」

 桜井は、重い口調で話を続ける。

「彼女たち、高校一年の秋頃までは仲がよかったんです。でも、いつからか瑠璃川さんを嫌うようになった佐伯さんが、友人たちと一緒になって、陰で瑠璃川さんにちょっとした嫌がらせをおこなうようになりました」

 資料にはない、新しい情報だった。

「ほう、嫌がらせですか。その嫌がらせというのは、どのような内容だったのでしょうか?」

「他愛のない内容でした。好きな男子がいることをからかうとか、そんなことだったと思います」

「嫌がらせをされていることは、みなさんがご存じだったんですか?」

「いいえ。普段、周りから見ている分には、そんな雰囲気ではなかったですし、嫌がらせをおこなっていたのも一部の人だけだったので。知っている人はほとんどいなかったんじゃないかと思います」

「なるほど……。そんな嫌がらせの張本人であった佐伯さんは、同窓会で瑠璃川さんに謝罪をしようとしていた。そして、それを聞いたあなたは、カレンダーに、あのようなかき込みをしたと……」

 桜井は俯き、膝の上に置いた両手を握り締めた。

「そのときは、冗談半分だったんです。まさかあの後、彼女が行方不明になってしまうなんて……」

 居酒屋の名、ジャミという単語、頭を下げるイラスト。カレンダーにあった三つの要素が、今、繋がった。

 言われてみれば、あのイラストはタッチこそ異なるものの、ちょうど工事現場で見かける「ご迷惑をおかけいたしております」という文章に添えられたイラストとよく似たポーズをしていた。

 あれは「同窓会で瑠璃川に謝罪する」という意味だったのだ。

 恐らく、この桜井という女性がかいた後、それに気づいた佐伯が消したのだろう。

 栗栖は、新たな手がかりに興奮する気持ちを抑え、ふと思いついたことを聞いてみた。

「桜井さん。ひょっとするとあなた自身も、瑠璃川さんへの嫌がらせに加担していたのではないですか?」

 案の定、桜井は今までにない動揺を見せた。

「はい、私も、ちょっとだけ……。でも本当に、そんなに酷いものじゃなかったんです。ほんのおふざけというか、仲間内でのちょっとした冗談というか……。瑠璃川さんも、それはわかっていたと思います」

 典型的な、加害者の論理だった。

 加害者はつねにもっともらしい理屈を駆使して自身を正当化し、被害者である弱者を悪者に仕立て上げる。

 ――あなたの考えなど、関係ない。被害者が、あなたの行為をどのように受け取ったか。それこそが問題なのだ。

 心の中で、そんなことを考えた。

 ――嫌がらせや苛めの記憶は、加害者はともかく、被害者の心の中にはいつまでも忘れられない深い傷跡として刻み込まれる。その傷は、ちょっとやそっとのことで消すことはできない。

 いつの間にか、犯罪者であるかもしれない人物の気持ちに寄り添っている自分がいた。

 栗栖は、心の中で桜井を問い詰めたい衝動に駆られながらも、何とか耐える。

 そして最後に、確信をもってもう一つの疑問を口にした。

「あなたは、瑠璃川さんがなぜジャミと呼ばれるようになったのか、ご存じですよね?」

 もはや観念したかのようにうなだれたまま、桜井は重い口を開きはじめた。

「はい、それは……」


          *


「……今日は、どうもありがとうございました」

 話を聞き終えた栗栖は、桜井に形式的なお辞儀をすると、テーブルの上の伝票を拾い上げ、席を立った。

 店を後にして車へと歩く栗栖の横で、大前が驚いた様子で息を吐いた。

「あのカレンダーの文字とイラストは、瑠璃川への謝罪を表していたんですね」

 栗栖は、横目でちらりと大前を見る。思わぬ収穫に、興奮している様子だった。

「そう考えると、同窓会で佐伯と瑠璃川がずっと一緒にいた事実についても説明がつきますね」

「ああ。だが、佐伯がちゃんと謝罪できたのか、謝罪があったとして、瑠璃川がそれを受け入れたのかどうかは、わからんがな」

「瑠璃川が嫌がらせ、いや苛めを受けていたとは……。そして、ジャミの意味も……。本当に驚きました」

 そう言いながら、大前は車のドアを開けた。

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