正体
二、正体
栗栖たちは、佐伯の実家を訪れた翌日、寄野市に向かう車の中にいた。
佐伯の高校時代の同級生であり、当日の同窓会にも出席していた玉井という男性と、寄野市にある駅付近のファミリーレストランで事情を聴く約束を取りつけていた。
陵西大学の二年生である玉井は、待ち合わせ場所に近い場所でアルバイトをしており、そのアルバイトが終わり次第、駆けつけてくれるらしい。
約束の時間は、十七時。午前中の捜査に時間をとられたことで、当初はぎりぎり間に合うかどうかという時間に思われた。
だが、幸いなことに、道路は思ったほど混んでいなかった。車は、約束の時間の十分前に、約束のファミリーレストランに到着した。
駐車場に車を止め、正面の入り口から建物内に入る。
近寄ってきた店員に、待ち合わせである旨を告げ、店内を見渡した。
右奥の席に、一人で座っている若い男性の姿があった。服装と髪型から、玉井に間違いないと判断した。
栗栖と大前は、玉井に近づくと、笑顔をつくって恭しく挨拶をした。
「どうも、お忙しいところ、申し訳ありません」
玉井は、立ち上がると軽く頭を下げ、再び着席した。
礼儀正しいが、明らかに戸惑っている様子だった。
玉井は、佐伯らしき遺体が発見されたという事実を知らない。今さら佐伯の話を聞きたいという栗栖たちに対して、戸惑うのも仕方がない話だった。
玉井に続いて席に腰かけた栗栖は、まず玉井の緊張を解きほぐそうと、他愛のない話題を口にした。
「いやあ、三月というのに、まるで五月のような暖かさですな。こういう日は、アイスコーヒーが美味しい」
栗栖がハンカチで大袈裟に首筋の汗を拭くと、それが合図であるかのように、大前がアイスコーヒーを二つ注文した。
「あの、今日は、どんなお話をすればいいんでしょうか。僕が知っていることは、佐伯さんが行方不明になった半年前に、すべてお話ししたと思うんですが……」
玉井は、はっと何かに気づいた様子で、栗栖を正面から見据えた。
「ひょっとして、佐伯さんの行方に関して、何か新しい情報が見つかったんですか。彼女、無事なんですか」
佐伯らしき遺体に関する情報を、今の段階で伝えられるはずもなかった。
「いいえ。とくに著しい進展があったわけではないんですが。ただ、改めて情報を整理しておきたいと思いましてね」
玉井は、明らかに落胆した表情を見せた。
大前が事情を説明し終わったとき、ちょうどアイスコーヒーが運ばれてきた。アイスコーヒーに口をつけた後、栗栖は本題に入った。
「実は先日、佐伯さんの所持品を改めて確認させていただいたんですんがね。そのとき、カレンダーに『ジャミ』という単語が書かれている事実に気がつきまして」
瞬間、玉井の顔色が、微かに変化した。何かを知っていように、栗栖には思えた。
「ジャミという言葉について、何かご存じですね?」
玉井は、やや俯き加減になると、「ええ」と小さく返事をした。
「恐らくですが、瑠璃川さんのあだ名じゃないかと思います」
――瑠璃川?
一瞬、誰のことか理解ができなかった。
「その瑠璃川さんとおっしゃる方は?」
「僕たちの、高校時代の同級生です。佐伯さんが行方不明になった当日の同窓会にも、参加していました」
大前が、行方不明になったときの佐伯の資料を慌てて捲った。瑠璃川の名前を見つけたのか、大前はすぐに顔を上げると、栗栖に向かって小さく頷いた。
栗栖は、玉井の話を聞きながら資料を受け取ると、素早く目を通す。
資料には、同窓会の途中で体調が悪くなった佐伯を、隣の席に座っていた瑠璃川という女性が介抱し、最終的に瑠璃川が佐伯を送り届けるために一緒に店を出たと書かれていた。
「なぜ、瑠璃川さんはジャミと呼ばれていたんですか?」
「それは……、わかりません。そもそも『瑠璃川さんが時々、一部の人からそう呼ばれているらしい』っていう噂レベルの話だったので……。申し訳ありません」
玉井の表情を、それとなく観察する。嘘をついているようには見えなかった。栗栖は頷きながらも、問いかけを止めない。
「同窓会がおこなわれた居酒屋で、瑠璃川さんと佐伯さんは、ずっと一緒にいらしたんですか」
「最初は席が離れていたんですが、途中からみんなが何となく席替えをしはじめて……。佐伯さんも瑠璃川さんの隣に移動しました。以降、二人はずっと一緒にいたと思います」
「店内でずっと一緒で、店を出たのも一緒……。ということは、お二人はよほど仲がよかったんですね」
栗栖は、左手に持った手帳にボールペンを押し当てながら尋ねる。
「確か一年生のときに、佐伯さんが同じクラスだった瑠璃川さんの名前を気に入ったという理由で親しくなったって聞いたことがあります。僕は二年と三年のときに二人と同じクラスだったんですが、その頃はとくに仲よくもなく、悪くもなくといった感じだったと思います。同窓会のときも、佐伯さんが気分が悪くなったので、たまたま隣にいた瑠璃川さんが介抱する流れになって……。それで一緒にいたって感じだったと記憶しています」
「店を出た後、お二人がどうなったか、ご存知ですか?」
「店を出た後は公園のベンチでしばらく休んでいたそうですが、佐伯さん本人が『もう大丈夫』と言ったので、その場で別れたそうです。確か翌日、瑠璃川さんから、そう電話がありました」
佐伯に関する半年前の資料と、齟齬はなかった。
ボールペンを落ち着きなく動かしながら、「ところで」と上目遣いで玉井に視線を送った。
「瑠璃川さんというのは、どんな方だったんですか?」
「典型的な、優等生タイプでした。成績は、もの凄くよかったです。ただ、みんなを引っ張っていくような性格ではなくて、もの静かで、どっちかというと目立つことはあまり好きじゃなかったような気がします。こういうことを言うと、とても失礼かもしれませんが、ちょっと打ち解けにくそうな性格というか……」
玉井は、辛いことを思い出したせいか、眉間に軽く皺を寄せた。
栗栖の頭の奥底に、小さな引っかかりが生まれた。微弱な電流が流れるような感覚だった。
――瑠璃川については、もう少し掘り下げる必要がありそうだ。
そう判断した栗栖は、玉井の顔を覗き込みながら言った。
「もし瑠璃川さんの写真があれば、いただけると助かるのですが」
小さく頷いた玉井は、スマートフォンを起動させて差し出した。
画面には、同窓会で撮影されたものなのだろう、居酒屋らしき場所で談笑する女性の姿が写っていた。いかにも人目を引きそうな整った顔立ちの佐伯に比べ、お世辞にも今どきの美人とは言い難い、地味な容姿の女性だった。
玉井は、大前が示したメールアドレスに写真を送信する。受信を確認する大前の横で、栗栖は捜査資料を示しながら玉井に尋ねた。
「瑠璃川さんの住所は、こちらで間違いありませんか?」
玉井は栗栖の指先付近を覗き込むと、残念そうな表情を浮かべた。
「恐らく、この住所は実家の住所じゃないでしょうか。同窓会のときに本人からちらっと聞いたんですが、彼女は同窓会の前に一人暮らしをはじめたらしくて……。今の住所はわかりません」
玉井は話し終えると、そのまま申し訳なさそうに黙り込んだ。
重苦しい空気を振り払うように、栗栖は笑顔をつくった。
「そうですか。貴重なお話、ありがとうございます。なあに、佐伯さんはきっと見つかりますよ。何かわかったら、すぐにお知らせします」
玉井は「よろしくお願いします」と静かに答え、深く頭を下げた。
店を出て車に乗り込むと、ハンドルを握った大前がエンジンをかけながら、栗栖よりも先に口を開いた。
「瑠璃川は、随分と真面目で、成績もいい生徒だったみたいですね」
先ほど見た資料によると、今は東京都内の茶山台女子大学に通っているらしい。都内でも、有数の難関女子大として知られている学校だった。
「ああ。成績がよくて、もの静か。そして、あだ名はジャミ。そんな瑠璃川が、高校時代のごく短い一時期、仲がよかっただけの佐伯を同窓会で介抱し、二人揃って店を出た……。何か引っかかるな……」
「そうですか?」
大前は、間の抜けた声を上げた。
栗栖は、そんな大前の態度を無視して、腕組みをすると目を瞑った。
――ジャミの正体は、瑠璃川……。
半年の空白期間をへて、何かが動き出しそうな予感がした。




