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ジャミ②

 佐伯の実家は、坂尾市から車で一時間ほど北東に走った深田市にあった。

 大前が運転する車は、カーナビの指示通りに、一面に広がる畑の間を抜ける。JRの駅に近い住宅地の一角に車を止め、サイドブレーキを引くと、大前は「ここです」と助手席の栗栖を振り返った。

 築十年ぐらいの、ごくありふれた二階建ての一軒家だった。玄関の手前には、軽自動車が止まっている。

 二人は車を降り、大前が家のベルを鳴らした。

「はい」という返事とともに玄関のドアが開き、女性が顔を出した。

 恐らく、母親なのだろう。

 遺体の身元に関する情報は、マスコミに向けては伏せていたが、口外しないという条件付きで佐伯の家族には知らせていた。

 その情報が原因なのか、母親らしき女性は明らかに憔悴していた。栗栖は、申し訳ない表情をしながら、警察手帳を女性に向けて提示する。

「埼玉県警捜査一課の栗栖と申します。この度はご愁傷様でした」

 女性は目を伏せながら、小さくお辞儀をした。

「娘さんが行方不明になられたときにお住まいだったお部屋のものを、まだ保管されているそうですね。申し訳ありませんが、それらを改めて見せていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「はい。こちらこそ、この度はお世話になります」

 化粧っ気のない疲れた表情ながら、丁寧な物腰を崩さない女性の健気さが、ことさら気の毒に思えた。

 栗栖と大前は軽くお辞儀をして屋内に足を踏み入れると、彼女に招かれるまま、玄関横の階段を上がる。

 娘の部屋は、二階の奥にあった。女性はドアを小さく二回、ノックする。だが、もちろん返事はなかった。女性は、そのままドアノブを捻った。

 部屋は、六畳ほどの広さだった。

 奥の窓際にクマらしきぬいぐるみが置かれたベッドがあり、入って右側には勉強机が設置されている。その他の家具といえば、シンプルなデザインの本棚や小ぶりな箪笥ぐらいだ。

 全体的に明るく淡い色使いに統一された、いたって普通の若い女性の部屋だった。

 埃一つ、見当たらない。恐らく、娘の帰宅を信じ、こまめに掃除をしているのだろう。

 ほんの少し、胸が締めつけられる思いがした。

 何年、刑事をやっていても、このような状況は苦手だ。

 栗栖は、余計な感情を払拭するように、部屋の左手に視線を移す。隙なくデザインされた部屋には不釣り合いな、数個の段ボール箱が乱雑に置かれていた。

「この段ボール箱が、娘の部屋にあったものです」

 女性が、視線で示した。

「中を確認させていただいてもよろしいですか」

 一応、確認すると、女性は「よろしくお願いします」と弱々しく答え、ゆっくりと部屋を出ていった。

 栗栖は、大前とともに、段ボール箱に向かって軽く手を合わせた。いつもの習慣だった。

 箱を開けると、中には雑多な品物が乱雑に詰め込まれていた。記録を取りながら、その一つ一つを確認していく。

 とはいえ、捜索願が出されたときに一通りの確認はおこなわれていた。そのため、目新しい手がかりはそう簡単に見つかるはずもなかった。

「なかなか、厳しいですね」

 調べた結果を以前の資料に書き加えながら、大前が溜め息をついた。

「いいから、黙って手を動かせ」

 そう言いながら、栗栖はカレンダーを手に取った。佐伯が一人暮らしをしていたとき、キッチンの壁に貼られていたカレンダーとのことだった。

 七月以前のページはすでに破り取られ、事件が起こった八月のページが一番上になっている。

 資料とカレンダーを交互に見比べていた大前が動きを止め、「あれ?」と不思議そうに呟いた。

「何だ」と、栗栖は振り向く。

「八月十二日、失踪当日の欄に、何か書き込まれていたみたいですね。以前の資料には記載がありませんが」

 大前が指差す場所に目をやると、なるほど、確かに鉛筆で書かれた後、消されたような跡が確認できた。

 目を近づけて、薄く残っている文字を確認する。

 同窓会がおこなわれた居酒屋の名前……。

 その横に「ジャミ」という単語が書かれていた。

 ――ジャミ?

 意味不明だった。さらに目を凝らしてみると、そのさらに横には、頭を下げているのだろうか、女性らしき人物のイラストが描かれていた。

「前回の資料にないということは、解読できなかったのかもしれんな」

「何を意味してるんでしょうね」

 栗栖の肩越しにカレンダーを覗き込んでいた大前が、顎に手を当てながら、眉間に皺を寄せた。

 栗栖も一応、考えてみた。だが、この場で思い浮かぶことは、何もなかった。

「取り敢えずメモして、写真も撮っておけ。意味は、あとで考えよう」

 その後、小一時間ほど段ボール箱の中の品々を検めたが、結局、目新しい手がかりは見つからなかった。

 栗栖と大前は、一階に降りて女性に対して深く頭を下げると、家を出た。

 そのまま、車に乗り込む。

 新しい手がかりが一つ増えるとともに、謎が一つ増えた。

 車の中には、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 最初に口を開いたのは、大前だった。

「ジャミ……。ものごとが駄目になることを『じゃみ』っていうって、高校のときに古典で習ったような記憶がありますけど。まさか、そんな意味じゃないですよね?」

 助手席の栗栖は、シートベルトの上から、腕を組む。

「ジャミという言葉だけじゃない。その横に描かれた女性のイラストも、意味不明だ……」

 ――ジャミとは何か。

 ――イラストは、いったい何を意味しているのか。

 住宅街を走る車の中で、栗栖は黙考した。

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