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面接

六、面接


 今日は陽太にとって、就職先の第一志望である大手出版社の面接日だった。同時に、就職活動を通じて初めての面接でもあった。

 陽太は、緊張とともに冷たいパイプ椅子に座っていた。

 足を組み替えるたび、ズボンの生地が擦れ合う音が室内に響く。

 順番待ちの廊下は静寂に包まれていて、壁にかけられた時計の針の音さえ、妙に大きく感じられる。

 もともと、自分は恋愛以外の場面ではあまり緊張しない性格だと思っていたが、さすがに今日ばかりは極度の緊張状態にあった。

 陽太は、想定される質問内容、そしてそれに対する模範回答をまとめたノートを開き、目を通した。

 ページを捲るたびに、かさかさと乾いた音が、室内に木霊した。

 もう何度も見返した内容なので、新たな気づきなどあるはずもない。ただ、ページを開いたり閉じたりして、緊張を紛らわせるほかはなかった。

 向かいに座っている男子学生が、無言でスマートフォンを見詰めている。目が合ったときに軽く会釈を交わしたが、当然ながら、会話を交わすことなどない。

 空気が重い。

 隣の部屋からは、抑揚のない面接官の声と、それに答える学生のくぐもった声が微かに聞こえてくる。

「次の方」

 いよいよ、陽太の番だった。扉の向こうから声がすると、急に鼓動が速くなった。

「白石陽太さん」

 名前を呼ばれて立ち上がるとき、緊張で足が震えているのが、自分でもわかった。

「はい」と返事をすると短く深呼吸をし、手に持った書類を整えた後、扉をノックした。

「失礼致します」と声を張り、扉を開ける。

 部屋の空気はひんやりとしているが、明るい日差しがカーテンの隙間から差し込んでいた。

 部屋の奥、長机の向こう側には、三人の面接官が座っていた。

 面接官に向かって、自己紹介をする。

 最初の挨拶は、練習通りに丁寧な笑顔でこなすことができた。椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばす。

 質問は、ほとんどが想定内の内容だった。

「志望動機をお聞かせください」

「大学で力を入れたことは?」

 事前に用意した回答を思い出しつつ、できるだけ自然な言葉で話すよう心がけた。

 すると、面接官の一人が興味深そうに微笑みながら、質問を投げかけてきた。

「履歴書を拝見しましたが、大学では天文サークルの責任者をされているんですね。どのような活動をされてきたのか、もう少し具体的に教えていただけますか?」

「はい、大学二年の後半から責任者を務めさせていただきました」

 天文サークルは、陽太がもっとも情熱を注いできた活動だった。話したいことは、山ほどある。

 ――何から話そう。

 さまざまな場面が、次から次へと目の前に蘇ってきた。そのなかから、陽太は観測会の話題を選んだ。

「活動としては、月に一度の観測会や、地域の子供たちを招いておこなう星空教室の運営などをしていました。また、機材の調達やメンテナンス、SNSを活用した広報活動もおこない、参加者を増やす工夫もしてきました」

 陽太は、はっきりとした発音を意識しながら、頭の中の一つ一つの場面を、可能な限りのわかりやすさを心がけながら説明する。

「星空教室、面白そうですね。具体的にどんな内容を?」

「はい、子供たちに星座の物語を紹介したり、望遠鏡を使って実際に月や土星を観測してもらったりする体験型のイベントです。とくに喜ばれたのは、星座をテーマにしたスタンプラリーです。学びながら楽しめるよう工夫しました」

 気がつくと、つい先ほどまで全身を覆っていた緊張は、自分でもびっくりするほどに小さくなっていた。

 面接官の一人が小さく頷いて、さらに尋ねる。

「それだけ多岐にわたる活動をまとめるのは、大変だったのではないですか? 何か苦労したことや、乗り越えたエピソードがあれば教えてください」

 陽太は、落ち着いて答える。

「一番苦労したのは、観測会の運営です。天候に左右されやすいイベントなので、雨天の場合の代替案を準備するのに悩みました。とくに、一年目の秋に予定していた大規模な観測会では、前日から台風が接近して中止を余儀なくされました。しかし、代わりに室内でスライドショーやミニ講演をおこない、何とか参加者に楽しんでもらえたときは、大きな達成感がありました」

 多少の緊張は残っていたが、星空の素晴らしさや、自分が情熱を傾けてきた活動について語れる喜びのほうが勝っていた。

 面接官たちが笑顔で頷きながらメモを取っている。手応えを感じた。

 最後の「何か質問はありますか?」という問いにも、面接で感じた素直な疑問を、落ち着いて投げかけることができた。

 退出の際には、深く一礼して「本日はありがとうございました」と伝えた。

 そのまま部屋を出ると、緊張が一気に解け、肩の力が抜けた。まるで、操り人形の糸が切れたかのような感触だった。


          *


 建物の外に出ると、春の温かい風が頬を撫でた。

 視線を上げた。三月の澄んだ青が広がっていた。陽太は、軽く深呼吸をしながら、心の中で呟いた。

 ――まあまあ上手くいった。手応えは悪くない。

 自分の返答や表情を思い返しながら、一人で頷く。

 ――そうだ。

 陽太は、すれ違うスーツ姿の学生たちの不安そうな表情を横目に立ち止まり、スマートフォンを取り出した。

 ――終わったことを、美羅に伝えておこう。

 我がことのように喜ぶ美羅の顔が、頭に浮かんだ。


面接、無事終わったよ。


 連絡を待ち続けていたのだろうか。

 いつものように、すぐに返事が来た。


どうだった?


 返事を確認すると、面接時に緊張していた事実さえ忘れてしまいそうなほどの喜びが、胸の奥に湧き上がってきた。

 面接の正直な感想を、一刻も早く、美羅に伝えたかった。

 陽太は、無我夢中でスマートフォンのキーを叩く。


うん。結構、上手くいったと思う。

これも、美羅のおかげかも。


よかった。

陽太のことだから、きっと大丈夫だよ。

晩ご飯つくって、待ってるね。


 陽太は、充実感に満たされていた。

 思えば、就職活動が思うように進まない時期もあった。だが、今はその遅れを取り戻したうえで余りあるほどの、充実した時間を過ごせている気がした。

 ――やるべきことは、まだまだ残っている。

 そうは思いつつも、少しだけ気が軽くなった。

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