終章 その後
建国から一か月。
「ニーテンブルグ」は一応の形を成していた。
国旗は、「寝そべる猫」の紋章と「N.E.E.T. SIEGT IMMER(ニートしか勝たん)」の文言…
「おい!! マジで何も機能してねえぞ!!」
俺は城――といっても元はただの廃教院――の執務室で頭を抱えていた。
「国主様、でも民は幸せそうですよ?」
横でニコニコと微笑むセシリア。
彼女のいう通り、国民たちは笑顔だった。
「畑はあなたの能力のおかげで勝手に実り、倉庫は食料であふれている。あなたが国主である限り、民は働く必要がありません」
「…いや、そうだけどさ。国って治安維持とか国境防衛とか、色々あるはずだろ?」
その横にいるリーナがいった。
「でも、ここはニートの国だから…」
問題は山積みだった。
国のまわりには帝国軍の残党がうろつき、いつまた攻めてくるかわからない。
次に、リヒトファーアー教からは「勝手に教義を書き換えるな」と抗議が殺到。
上層部は『ニート』を危険思想として、敵視しているという。
だが、何よりも問題なのは―
「国民全員がニートだと、誰も領地の整備をしねえ!」
道路も、橋も、農地だって、放置すれば壊れる一方だ。
修繕する職人もいない。
いや、いたとしても誰も働かない。
唯一の良いことは、治安が良いことだ。
だが、それは俺の能力で、食べ物がタダ同然で手に入るから、なのだが…
「全部、俺がやるしかねえじゃねえか…」
皮肉なことに、俺が一番働いていた。
しかし、しばらくするうちに、ヒマが嫌いで働きたがるという『不思議なヤツら』が現れてきた。
ニートだらけの中でも、こういう人間はいる。
「俺も変わっているといわれたけど、こいつらもだいぶ変わってるな…」
彼らは、リヒトファーアー教の信徒の中でも、とくに真面目なヤツらだった。
どうやら、セシリアが裏で動いているようだ。
彼らのおかげで、国はなんとか動いていた。
人々は幸せで、リヒトファーアー教に感謝する。
つまり、俺は、リヒトファーアー教ニート派の現世天国を作り出したのだ。
セシリアは、ずっとニコニコしていた。
ずっと仕えてきた宗教に、皆が心から感謝する…
――しかもその究極形を、自らが創出する。
彼女が、ご機嫌なのも当然だった。
ある夜。
俺はセシリアに愚痴をこぼしていた。
「なぁ、これって結局、俺が負担をほぼ背負う羽目になってるんじゃないか?」
「ええ、そうですね」
「あっさり認めんなよ! 俺はニートの王なんだぞ!? 一番働いちゃダメだろ!」
「でも、民は幸せですよ。これがあなたの理想では?」
「バカいうな! 俺の理想は『俺が幸せに怠けること』なんだよ!」
思わず天を仰いだ。
それでも、時は過ぎていく…
セシリアは、俺が愚痴をいうたびに、すこしずつリヒトファーアー教徒の負担を増やしていった。
とはいえ、俺は必死で働いている、と思う。
だって、この俺が、『残業』しなきゃいけないんだぞ!
『働かなくていい国』という理想は、俺の能力によって維持されていた。
人々は怠惰に暮らし、それを『自由』と呼び、『信仰』としていた。
「国主万歳! 怠惰こそすべて!」
「ニート様に、祝福を!」
「いや、俺はサボりたいだけなんだよ…」
今日も民衆の歓声は響き渡る。
――ニートの俺は、気づけば誰よりも働き、誰よりも責任を背負っていた。
だが国は平和だ。民は笑っている。
そして俺もまた、たまには布団にくるまって、誰にもジャマされずに昼寝ができる。
「まあ、それなら悪くないか…」
俺は微笑み、まぶたを閉じる…
…と、セシリアのニヤリと笑う顔が、頭に浮かんだ。
「いや!! そんなわけあるかあ!!!」
布団から跳ね起きて、俺は叫んだ。
――あやうく、セシリアの『洗脳』に、騙されるところだった!
「働きたくねえええ!!!!!
みんな最低限は、働けやああああ!!!!!」
それでも、異世界に誕生した「ニーテンブルグ」は、今日も奇妙で平和な日々を送っている…
最後まで、お読みいただきありがとうございました。