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第6章 戦火

戦争は長引いた。

帝国の軍勢は十万。

対してこちらは三万。

数の差は歴然だ。

だが、俺の能力と『ニート教』の思想によって、兵士たちの士気は高まっていた。


「戦いが終わったら、ずっと寝ていいんだよな!」

「給料がなくても飯は国から出るんだよな!」

「遊んで暮らせるって最高だ!」


それを聞いて、さすがに俺もあせって来た。


「お、おい… お前ら、本当にそれで大丈夫か?」


俺自身が、一番戸惑っていた。

だが、兵士たちは本気で信じている。

俺が掲げたのは、単なる怠惰の理想だったはずなのに、彼らにとっては救済の旗印になっていたのだ。


決戦の日。

俺は前線に立ち、剣を構えた。空気は張り詰め、兵士たちの視線が俺に注がれる。


「ニート様! ご指示を!」


結局、自分の名前への違和感は変わらなかったな…

でも…


俺は頭をかきながらも、声を張り上げた。


「いいか! 俺たちの国は、働かなくてもいい国だ! 寝たいときに寝て、食いたいときに食う! そんな理想を守るために、今だけは… ちょっと働け!」

「うおおおおおおお!」


兵士たちの咆哮が、大地を震わせた。

ああ… なんだこれ。

俺は働きたくないのに、なぜか俺が一番働いてるじゃないか。


戦いは、熾烈を極めた。

火球が飛び交い、剣戟が響き、地面は血で染まる。

俺は前線を駆け抜け、雷撃で敵を薙ぎ払い、風の刃で敵陣を切り裂いた。


「ひ、ひいいっ! 化け物だ!」


敵兵は恐怖に駆られ、逃げ惑う。

その背中に向かって、俺の兵士たちは叫ぶ。


「これがニートの力だ!」

「働かないことこそ正義!」


…おまえら、ホント大丈夫?


とはいえ、こんな戦い方は俺の戦い方ではない。

ニートにはニートの戦い方があるのだ。


戦線をセシリアに預け、俺は隠密スキルを使って、敵陣の中に忍び込んだ。

俺を見えない敵兵をかわし、敵の指揮所に入り、敵将軍の背後に回り込んだ。

個人的には、コイツに恨みはない。

しかし…


「あんたが生きてると、やることが増えて、困るんだ。申し訳ないが、俺の幸せのために死んでくれ」


俺は剣で、彼の首を切り落とした。


自陣に戻ると、セシリアが祈るように見守っていた。

俺が敵将を打ち倒したことを告げると、彼女は微笑んだ。


「…まさか、リヒトファーアー教が、帝国に勝ってしまうなんて!」

「おい、勝手に感動なんかするなよ。俺はただ、面倒ごとから逃げたいだけなんだ」

「でも結果として、あなたは人々を導いています」

「導いてるつもりなんて、ないんだよ……」


俺は苦笑した。

だが心の奥では、奇妙な実感が芽生えていた。


…これはもう、止められないだろう。


数日は戦闘を続けていた帝国軍も、ついに撤退した。

勝利の歓声があがり、兵士たちは俺を囲んで口々に叫ぶ。


「ニート様、万歳!」

「俺たちはもう、あなたの国の民です!」

「ニート国、ここに建国!」

「お、おい待て、俺はそんなつもりは…」


俺は戦争に勝つための方便で、本気じゃなかった。

だって、戦争は面倒くさいが、建国も絶対に面倒くさいだろ。


だが人々の熱狂は止まらなかった。

熱狂は、不可能を可能に変える。

ついに、ニート国家「ニーテンブルグ」が作られ、俺が国主になったのだ。


旧宗教自治領サンクタ・ヴァティカリアで、帝国から奪い返した地帯を、俺の統治する領地として、セシリアがリヒトファーアー教上層部に認めさせたのだ。


まさか本当に、国家が成立するとは思っていなかった。

だが、そうなってしまったのだ。


その夜。

焚き火の前で、セシリアが微笑んで言った。


「おめでとうございます、国主様」

「やめろ。俺は国主になんてなりたくない…」

「でも、あなたはもう逃げられませんよ」


俺は頭を抱え、空を仰いだ。


「…くそっ、俺はただニート生活を送りたかっただけなのに」


こうして俺は、望んでもいないのに国主となってしまった。


――ニートが作る、ニートの国。


…その始まりだった。

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