第5章 ニート教
戦場の夜。
焚き火の明かりに照らされながら、俺は干し芋をかじっていた。
周囲では兵士たちが沈痛な顔で次の戦いに備えている。
「…結局、戦争なんて、勝っても負けても、下のヤツらが苦しむだけだ」
俺はため息をついた。
だが次の瞬間、脳裏にひらめきが走った。
「いや、違うな。自由は俺だけが欲しいものじゃない。俺の理想は、俺だけの理想じゃないはずだ…」
その時点で俺の頭の中には、はっきりとしたビジョンが浮かんでいた。
翌日。
俺は神官たちと兵士たちを前に立ち、宣言した。
「いいか。俺はもう従来のルールに従うつもりはない。だから俺は… 新しい教義を作る!」
ざわめく人々。
セシリアは、驚いて目を丸くした。
「俺が唱えるのは、『ニート主義』だ!」
会場が一瞬で静まり返った。
「ニート…しゅぎ?」
「それは…どんな主義なのですか?」
おずおずと兵士の一人が尋ねる。俺は堂々と答えた。
「簡単だ! 働かなくていい! 遊びこそ生きる目的! 好きに寝て、好きに食って、好きに遊んで生きるんだ!」
「……」
あまりの内容に、全員が口をあんぐり開けていた。
だが、数秒後。
「…最高じゃねえか!」
「働かなくていい!? それ夢だろ!」
「オレだって、むちゃくちゃ遊びたい!」
兵士たちは、歓声を上げ始めた。
まるで鬱屈していた心が、一気に爆発したように。
「おいおい… 本当に受け入れられるのかよ」
俺自身が、一番驚いていた。
だが兵士たちの顔は、本気だった。
そうだ、誰だって働きたくない。
本当は、遊んで暮らしたい。
俺は心の奥底に眠っていた欲望を、代弁しただけなのだ。
その夜。
セシリアは俺を睨みつけ、腕を組んで言った。
「本当にあんなことを言うなんて、正気の沙汰ではありませんよ」
「でも、兵士たちは盛り上がってただろ?」
「ええ、確かに。士気は上がりました。でも… そんな国が成立するわけがないでしょう。全員が働かなかったら、世界が回りませんよ」
「宗教なんて趣味と同じだ。その趣味を持った人間たちが働かなくても、他の誰かが働けばいいのさ」
「働かない人は得をしているのに、わざわざ働く人がいますか?」
「そんなこと知るか! 俺はやりたいように生きるんだ!」
「それを我々の宗教で、やろうとしないでください!」
セシリアは、頭を抱えた。
「私の憧れたリヒトファーアー教が壊れていく!」
翌日から、俺は戦いに本腰を入れることにした。
どうせ逃れられないのなら、自分の理想を実現するために戦う。
…そう決めたのだ。
「行くぞォォォ!」
俺は戦場に立ち、火球を放つ。
炎が敵陣を焼き、数百人が混乱に陥る。
雷撃を放てば騎兵が次々と倒れ、兵士たちは「ニート様万歳!」と叫ぶ。
自分で決めた名前とはいえ、少し恥ずかしい…
だが彼らの熱狂は、止まらない。
気づけば俺は、完全に軍の象徴になっていた。
戦闘が終わったあと、セシリアが言った。
「あなたは本当に、神様の奇跡のようです」
「俺は神なんて信じない。ただのニートだ」
「…でも、その『ニート』という思想は、人の理想郷なのかもしれませんね」
「もちろんさ!」
「『働かなくてもいい』『自由でいい』
…みんなどこかでそれを望んでいるんでしょう」
セシリアの言葉に、俺はにやりと笑った。
「そうだな… いっそニート教に改名するか」
「やめてください!」
俺は戦場で力を示し、人々に思想を説いた。
「人は労働のために、社会への歯車化を意識づけられている!」
「人間の価値は労働によって図られるべきではない。その存在自体に価値があるのだ!」
「ニートこそ、自由の究極の姿だ!」
「労働から自由になって、本当の人間になれ!」
次第にそれは、一つの思想を築き始めた。
それは、リヒトファーアー教の名を借りた、ニート教だった。