第4章 戦争
戦争。
それは、俺が最も避けたいものだった。
だってそうだろ?
戦うってことは、働くってことだ。
汗をかき、危険を背負い、命を賭ける。
そんなのニートの俺が、やるはずがない。
「…俺には関係ないことだろ。勝手にやってくれ」
俺が突き放すと、セシリアは必死に食い下がった。
「ですが、もし帝国が勝利すれば、この国も支配下に入るのは時間の問題です。そうなれば、あなたも徴兵されるでしょう」
「マジか」
「帝国の臣民に自由なんてありませんよ。いいんですか? あなたは『ニート』なんでしょう?」
その言葉に俺の顔は引きつった。
徴兵? 軍事国家?
それは、俺が最も避けたい苦役そのものじゃないか!
「ほら、他人事じゃないんですよ!」
「くそっ …なんで、こうなるんだ」
セシリアの説得、というか脅迫で、俺は宗教自治領サンクタ・ヴァティカリアに連れて行かれた。
神殿があるという町の周りは、土塁の上に石垣で囲まれている。
検問所は、セシリアがいるので、待たされることもなく通過できた。
「思ったより質素な雰囲気だな」
「戦時中ですし、リヒトファーアー教は、まじめな宗教ですから」
「まじめねえ…」
ローブ姿の神官たちが歩いている。
神殿が見えて来た。
瓦屋根の素焼きのレンガで作られた壁、屋根の頂点に、光を現す丸から放射線状に線が伸びている教団のシンボルが突き出ている。
「もっとでっかい神殿かと思ってた。寄付はどこに使ってるんだ」
セシリアは、微笑んだ。
「宗徒のために使っているんです」
「へええ…」
「信じてませんね」
「まあ、どうでもいいんだけどね」
神殿の中に入る。
前面は光が入る窓があり、手前は土間で、信徒が座る木の長椅子が置かれていた。
すでに、上層部の神官たちが待っていた。
皆、細身の人間だった。
宗教の幹部なんてデブばかり、と勝手に思っていたので、意外だった。
俺のことを値踏みするように、ジロジロと見ている。
セシリアが紹介した。
「ニート・タダノ氏です」
「サンクタ・ヴァティカリアにようこそ」
彼らの目を見ていると、あまり信用されてないようだ。
セシリアは、どう説明したのやら…
あわててセシリアがいった。
「すごい能力をお持ちですよ!」
「すばらしいですねえ」
神官たちは言葉とは裏腹に、態度は素っ気ない。
さらに、あせったセシリアは、こういった。
「タダノ氏は、神様にお会いになられたそうですよ!」
すると、とたんに神官たちの顔色が変わった。
「まさか! 本当に?」
彼らの好奇の目を浴びて、俺は居心地の悪さを覚えながら、あいまいに答えた。
「ええ… まあ…」
彼らは真剣な瞳で、俺を見つめ、口々にいう。
「救世主よ!」
「神が遣わした戦士よ!」
「どうか我らを、お救いください!」
俺は、慌てて否定した。
「いやいやいや! 救世主でも戦士でもないですから!」
だがセシリアは、勝手に話を進める。
「炎も雷も操り、剣を振れば百人力! 神の奇跡そのものです!」
「おまえッ! 話を盛るなッ!」
しかし神官たちは、完全に信じ切っていた。
俺はいつの間にか『神の代行者』として、戦争に巻き込まれそうになっている。
「ちょ、待て待て! 俺はただのニートだ! 戦争なんかしたくない!」
「しかし、あなたの力がなければ、我々の国は滅びるのです」
「勝手に滅びればいいだろッ!」
俺の叫びに、セシリアは目を細めた。
「では、帝国の支配に従うと?」
「……」
確かに…
宗教は嫌いだが、軍事国家はもっと嫌いだ。
結果として、やはり俺は巻き込まれるのか。
ならば…
「仕方ねえなあ… とりあえずやるよ…」
「やった!」
「あくまで、とりあえずだぞ!」
戦況は最悪だった。
帝国の軍勢は十万。
重装歩兵に騎兵、魔導師部隊まで揃っている。
対する宗教国の軍勢は三万。
しかも装備は貧弱で、士気も低い。
俺は前線を見渡して愕然とした。
「おいおい… これ、どう考えても勝ち目ないだろ!」
セシリアは唇を噛みしめ、俺を見た。
「だからこそ、あなたの力が必要なんです!」
「俺一人で、どうにかできるかよ!」
「できます! あなたなら!」
「根拠は!?」
「神様のご意思です!」
「はあ?」
しかし、皮肉なことに俺の存在は、兵士たちにとって大きな希望となった。
俺がちょっと火球を放てば、「おおーっ!」と歓声が上がる。
剣を振って木を両断すれば、「神の奇跡だ!」と大合唱。
兵士たちは勝手に士気を上げ、俺を中心に団結していった。
「やめろッ! 俺はそんなつもりじゃねえ!」
だが彼らの目は、キラキラと輝いている。
俺はその光景に、不思議な居心地の悪さを覚えた。
夜、天幕でセシリアが語りかけてきた。
「あなたの言葉ひとつで、人々は希望を持てるんです」
「だから俺は、そんなの望んでねえんだよ」
「でも現実は、あなたが旗印になっています」
セシリアは真剣な目で俺を見つめた。
「我々は我々のために戦う。でも、あなたはあなたのために戦えばいい」
「俺のため?」
「あなたは自由を欲しがっていましたよね。だったら、そのために戦えばいいじゃないですか」
その言葉に、俺の心がざわめいた。
これは… 一つのきっかけにならないか?
自由な国。
ニートの国。
誰からも干渉されず、好きに生きられる場所…
「…ニートの国、か」
つぶやいた俺を、セシリアは怪訝そうに見た。
「ニートの国?」
「いや。なんでもない」
俺は気づいてしまった。
この戦争を利用すれば、俺の理想郷を作れるかもしれない、と。