第3章 密輸
税金を払うのは嫌だ。
でも、作物は山ほどある。
食べきれないし、腐らせるのも惜しい。
「…やっぱ密輸しかないよな」
俺はつぶやいた。
国の検問を突破して、他国で売ればいい。
調べてみると、アイテムボックスの魔法は、この世界にあるらしい。
能力に加えなかったのは、神が忘れたようだ。
「密輸を手伝ってくれる魔法使いを探してる?」
町の酒場でそう切り出した俺に、店主は顔をしかめた。
「やめとけ。あんた、カモにされるぞ。そういう連中は高い金をふっかけてくるに決まってる」
「それでもいい。少しぐらいなら払っても…」
「少しじゃ済まねえよ」
そして紹介されたのは、黒いローブを羽織った中年魔法使いだった。
うさん臭い笑みを浮かべ、開口一番こう言った。
「密輸? もちろん協力してやるとも。ただし、前金で金貨百枚だ」
「ひゃ、百!?」
思わず声を裏返した。
金貨百枚って、下級冒険者が一年必死に稼いでも届かない額だぞ!?
「…やっぱやめた」
俺はそそくさと立ち去った。
これじゃあ、税金を払ったほうが断然安い。
結局、頼ったのは宗教団体だった。
以前声をかけた女宗教家――名前はセシリアと言った。
彼女が再び広場で説法しているのを見つけ、俺は近寄った。
「なあ、もう一度聞くけどさ。俺の作物、換金してくれないか?」
「ですから、それには神への献金が必要です」
「だから、それが多すぎるってんだよ!」
俺が食ってかかると、セシリアは小さくため息をつき、俺を教会へと招いた。
中は荘厳で、壁には神々の絵が描かれている。
俺は思わず眉をひそめた。
「ここで真剣に話し合いましょう。あなたのような変人は、野放しにできませんから」
「変人って」
机を挟んで座ったセシリアは、真面目な顔で言った。
「あなたの言葉は、信仰を持たない危うさそのものです。神を信じ、規則を守ることで、人は幸せになれるのです」
「ふざけんな。俺は宗教も国も嫌いだ。俺が信じるのは、俺自身と、自由だけだ!」
セシリアの目が、見開かれる。
しばらく沈黙が続いたあと、彼女はぽつりと漏らした。
「…狂っていますね」
「お前らに言われたくない! そもそも神には会ったことがあるけど、そんな感じじゃなかったぞ」
「神様に会われたことがあるんですか?」
「ああ」
「そんな奇跡に出会って、なぜ宗徒にならないんですか」
「なりたくないからだよ!」
セシリアは粘り強かった。
俺の家にまで押しかけてきて、食事の席で教義を語り、祈りを強要しようとする。
「神はあなたを見守っています。感謝の祈りを…」
「俺はニートだから、祈るより寝たい」
「あなたの名はニート・タダノでしたっけ。あなたはもちろんニートです。それが寝ることと何の関係があるのですか?」
「違う。俺の国ではニートっていうのは、働かない人間のことなんだ」
「あなたの名付け親は、どんな方なのですか。子供にそんな名前を与えるなんて…」
「親の付けた名前じゃない。俺が自分でつけたんだ」
「自分に? そんな名前を? …あなた、本当に救いようがありませんね」
そんな押し問答を繰り返すうちに、妙な関係が生まれてしまった。
俺はセシリアを追い返すが、彼女は懲りずに来る。
そんな関係の中で、俺の能力も知られてしまった。
「あなたは神様に愛されているんですよ。ですから、ぜひ教団に寄付を!」
「むりやり、すべての話を、寄付に持って行くな!」
リーナも、呆れ顔で言った。
「なんだかんだで仲いいねえ」
「よくないわッ!!」
リーナについても、セシリアは聞いてきた。
「あの方はどなたです?」
「村の娘だよ」
「お付き合いされてるんですか?」
「そんな関係じゃない。なんか気に入られて来てるだけだ。俺は女と付き合ったりしない。女なんて俺を金づるとしか見ていないからな」
「また、変なことをいってますね」
「変じゃない。金づるだけならまだしも、女なんて、どうでもいい話を真面目に聞かなきゃいけなかったり、会話の裏を必死で考えたり、とにかく俺が全部悪いって謝らなきゃいけなかったり、面倒くさいことだらけだろ」
「まあ… それは… だいたい合ってますよ…」
「たかがセックスするだけで、そんな苦労を誰がするかっての!」
セシリアが、声を荒げていった。
「異教徒めッ!! 悔い改めろッ!!!」
…だが、平穏?な日々は長くは続かなかった。
ある日、セシリアが血相を変えて飛び込んできたのだ。
「大変です! アイゼンシュヴァルム帝国が、わたしたちのサンクタ・ヴァティカリアに侵攻してきました!」
「はあ?」
聞けば、軍事国家アイゼンシュヴァルム帝国が、セシリアのリヒトファーアー教の自治領サンクタ・ヴァティカリアに侵略してきたという。
たまたま俺の転生先だった農業国のバウエルンマルクは、セシリアの宗教に寛容で、持ちつ持たれつの関係だったが、軍事帝国は、皇帝ヴォルフガングが自らを神と考えていることもあり、自らに反抗的な宗教を毛嫌いしていて、支配下の領地では宗徒を火あぶりで処刑するという。
「このままでは信徒は虐殺され、神殿が焼かれてしまいます! どうか助けてください!」
「いや… むしろ、俺はその皇帝との方が、気が合いそうだけどな」
「冗談はやめてください!」
セシリアは、涙を流して俺に縋りついた。
「宗徒たちが、火で焼かれて殺されます。私だって… そうなったら、あなたも寝覚めが悪くないですか?」
「いやあ、別に…」
「冷たい… ニートは冷たい…」
「そんなもんじゃない? 今まで俺から金を奪おうとしてたし…」
「人聞きの悪い! 神様のためです!」
「でもなあ…」
「神様から能力を授かっているのでしょう? その力はきっとこの時のために与えられたのです!」
「そんなわけあるか!」
「いえ! 絶対にそうです!」
それでも俺は、気楽に考えていた。
しょせん自分には関係ない話、と思っていたからだ。