第1章 転生
目を覚ますと、そこは草原だった。
青い空、澄んだ空気、遠くに見える森と山。
まさにファンタジー世界。
俺は試しに手をかざすと、火の玉がポンと浮かんだ。
剣を拾えば軽々と振り回せるし、鑑定スキルを使えば土の成分まで読める。
でも。
「働きたくない」
俺の心は変わらなかった。
能力は手に入れたが、俺は社会に出たいわけじゃない。
冒険者として名声を得たいわけでも、王に仕えたいわけでもない。
そんな俺が望むのは、静かな田舎で、誰にも邪魔されず、スローライフを送ることだ。
一見大変そうに見えるが、能力があるので、思うほど面倒ではない。
冒険者や勇者より、だんぜん楽だ。
そう決めた俺は、近くの森を探索し、木材を集め、石材を掘り出した。
もちろん、能力のおかげで一瞬だ。
たった一日で家を建て、井戸を掘る。
森で動物を獲り、肉に変えて、料理。
「けっこう楽だな」
俺は満足げに腰を下ろした。
そんな生活を続けていたが、さすがに肉だけの生活はキツい。
能力で畑を作ったものの、植える野菜の種がない。
そこで回りを探索して、村を見つけた。
肉との物々交換で、野菜を手に入れ、種を植える。
能力の早期成長で、野菜の自給自足もできるようになった。
ただ困ったことには、アイテムボックスの能力がない。
「絶対必要だろ! 使えねえな、神!」
そんなある日。
「こんにちはー」
やってきたのは、村の娘だった。
年の頃は十六、七。
名前はリーナ。
化粧をしていないせいか、可愛い印象だ。
「あなた、ここに引っ越してきたんですか?」
「…ああ …まあ」
「すごい畑! どうやってこんなに短期間で……」
彼女は目を輝かせ、あれこれ質問してきた。
どうやら好奇心旺盛な性格らしい。
俺は適当に「ちょっとした工夫でね」とごまかした。
名前を聞かれて、俺は答えた。
「ただのニートだよ」
「タダノ・ニート?」
「いや、ニート・タダノかな」
その方が名前っぽいと思ったからだ。
彼女はよく遊びに来るようになった。
一緒に収穫をしたり、料理を食べたり、村のウワサ話を聞かせてくれたり。
でも、恋愛に発展させるつもりはなかった。
関係を持てば、女は、俺を必ず働かせようとするから。
このくらいの距離感が、ちょうど良いのだ。
とはいえ、そこそこ働かなければいけない現状は、なんとかならないものか。
それに娯楽がないのはツラい。
リーナに聞くと、町に行けば、色々と娯楽らしきものはあるという。
ただ問題は、金だ。
楽しむには、現金が必要だ。
能力で野菜は楽に作れるのだから、売ろうと思い、リーナのツテで業者に来てもらったが…
「す、すごい量ですね… これ全部ですか?」
商人は、目を丸くした。
そしてしばらく帳簿をめくったあと、渋い顔で言った。
「これほどの量を継続的に出荷するとなると… 税申告が必要になりまね。領地の農地として、正式に登録させていただきます」
「はあ?」
俺の顔が引きつった。
税? 農地登録?
なんでそんなもん必要なんだ。
俺の土地は、俺のものだろう。
誰の世話にもなってない。
国の管理なんて御免だ。
「いやいや、ちょっと待て! 俺は別に、国に守ってもらうつもりはないんだ。だから税なんて払う必要ないだろ?」
「しかし、この国に住んでいる以上、法律に従っていただかねば」
「だから、それがイヤなんだよ!」
俺は思わず声を荒げた。
前世で社会不適合者だった俺は、国に縛られるなんて、絶対にごめんだった。