序章 タヒ
「働いたら負け」
ずっと、そう思って来た。
だから俺は、小金を稼ぐとすぐに会社を辞め、デイトレードで金を稼いでいた。
嫌々ながら働いてはいるが、せめて体は動かさない。
そういえば、ベーシックインカムって、最近聞かないな。
トレード業務が終わって、遅い昼飯を近所の弁当屋まで買いに行った。
自宅のマンションに戻ろうとすると、玄関に男がいた。
俺宛の○マゾンの置き配を、パクろうとしている。
「おいッ!」
声をかけると、男は俺に向かって来た。
胸に痛み。
ナイフが刺さっている。
どこかシュールですらあった。
男は逃げ去った。
「あいつバカだな。置き引きと強盗の刑期の差を知らんのか」
そう思っていたら、急に意識が遠くなっていった…
気がつくと、俺は『何もない』空間にいた。
天井も壁も床も区別できず、ただ自分の体だけが浮かんでいるような、不思議な感覚。
「気分は、どうですか」
声がした。見上げると、そこには男がいた。
「ええと、これは?」
「…ちょっと、手違いがありましてね」
何かのサービスの手違いか。
ああ、○マゾンだな。
「○マゾンの担当者の人?」
「違います」
「じゃあ、誰?」
「神です」
神? マジで??
「初めて見たわー。 ホントにいるんだね。だったら戦争のこととかどう思ってんの?」
「私がしたくて、世界がこうなってるわけじゃないんです」
「そうなんだ。で? 俺に何の用?」
「あなたは少し変わった方ですね」
「そう? ふつうじゃね」
「…あなたは死にました」
ん? ん? 何の話?
「生きてますよ。いま」
「魂はある状態ですが、体はない状態です」
「あの世ってこと?」
「すこし違いますね。あなたが生きていた世とあの世との間の場所です」
「はあ…」
よく飲み込めないけど…
「ただ… これは手違いなんですよ」
「はあ…」
「だから、あなたをこのままあの世には送れなくて」
「はあ…」
「なので、あなたにはもう一度、生きてもらいたいんです」
神?の話では、俺の死が予想になかったものなので、あの世の空きがないそうだ。
「戻してもらえるってこと?」
「それもできません」
「はあ…」
気づくのが遅くて、肉体が滅んでしまったので、もう戻せないらしい。
すべて神?ルールの話なので、俺には「はあ…」としかいえない。
「あなたはこちらのミスで死んでしまった。ですから、新しい世界で別の人生を歩む権利を与えることになりました」
「はあ…」
ふと思った。
「つまり… 異世界転生ですかね…」
「あなたの世界の言葉でいうと、そうなりますかね」
「新しい世界は、どんなところです?」
「文明は今より劣っていますね。魔法がありますよ」
「はあ…」
「願いはありますか?」
「働きたくないですッ!!」
俺は力強く答えた。
神様がいった。
「はあッ!?」
元より俺の望みは一つ。
働きたくないのだ。
「困った人ですね。神としては、あまり推奨できない生き方ですが、こちらのミスでもありますし…」
「能力をチートでください!」
「チート?」
「チートって、知りませんか?」
「わかりますけどね。神ですから。でも、神と話すときは、スラングを入れないものですよ」
「ダメですか?」
「う~ん。あなたが前の世界で感じたツラさと同じくらいの負担で、稼げるようにはしてあげましょう」
「そこを、もう一声!」
「う~ん。じゃあ、もう少しオマケで。…これ以上は授けられませんよ」
「あざっす!」
「だから、言葉使い!」
さすが神様、ツッコミもできるんですね…
こうして、俺は異世界に転生した。